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月をナイフに  作者: 倉永さな
《三》ひたすら南へ
28/67

09

 ジャーグナはいきなり立ち止まったようだ。姿はまだ見えないが、地響きがしなくなったことでそれが分かった。

 真珠たちは必死で走り、追いついた。

 ……ところまでは良かったのだが、状況は最悪と言って良かった。

 ジャーグナの小さな瞳は、とある少女をしっかりと捕らえていた。その人物は、カーネリアンだった。


「カーネリアン!」


 ルベウスの叫ぶ声が聞こえる。


「ルベウスさま……」


 カーネリアンのか細くて震える声がかろうじて聞こえた。


「カーネリアン、落ち着いて聞いてくれ」


 真珠たちは極力、音を立てないようにして、ルベウスの側まで移動した。ジャーグナの真後ろと言っていい位置で、真珠の鼓動は早くなった。ジャーグナが動いたら、間違いなくその尻尾で身体を吹っ飛ばされる位置だ。今すぐ逃げたい衝動に駆られたが、ジャーグナの真正面にいるカーネリアンはもっと怖いはずだ。恐ろしかったが、それでもどうにかカーネリアンを助けることが出来ないか真珠は考えたが、なにも思いつかなかった。


「ジャーグナと目を合わせないようにしながら、ゆっくりと後退しろ。ジャーグナに背中を見せたらダメだぞ」

「え……でっ、でもっ」

「助かりたかったら、言われた通りにしろ」


 今にも泣き出しそうな表情のカーネリアンはうつむき、拳を握りしめ、小さくうなずいた。

 ルベウスに言われた通り、カーネリアンはうつむいて地面を見つめたまま、ゆっくりと後退している。肩が激しく上下しているのを見ると、激しく怖がっているのは分かったが、静かに見守ることしか出来ないでいた。

 ジャーグナはそれを見て、不思議そうに首を傾げた。


「ジャーグナ!」


 ルベウスは近くに真珠たちがいるにも関わらず、大声を張り上げた。


「ちょ、ちょっと!」


 いくらなんでも酷すぎると真珠が抗議をしようとしたら、ルベウスは二刀を構え直した。そして真珠たちのことはかまわず、二刀を交差させ、ぶつけ合った。硬質な音が辺りに響き渡る。その音は、ジャーグナの気を引くのに充分……ではなかったようだ。

 ジャーグナはうっとうしそうに、尻尾を地面に叩きつけた。

 地面は大きく揺れたが、真珠たちはかろうじて立っていられた。必死で足を踏ん張り、大地に転がることはなかった。


「きゃあっ」


 悲鳴が聞こえたと思ったら、ゆっくりと後退していたカーネリアンが転げてしまった。


「馬鹿っ!」


 真珠は思わず、ルベウスにそう叫んでいた。

 ジャーグナの正面にいるカーネリアンに標的を定め、ぎざぎざの牙がたくさん生えた大きな口を思いっきり開き、顔を振り上げた。


「やめろっ!」


 真珠はとっさに、駆けだしていた。助けないとという思いが、怖いという気持ちを凌駕した。

 ジャーグナの巨大な足の横を通り抜け、簡単に木々を引っこ抜いていた腕の下をすり抜け、カーネリアンめがけて駆けた。

 どう見てもジャーグナの口がカーネリアンに到達するより遅いのが分かったが、真珠は諦めなかった。


「ダメだ!」


 真珠が叫んだ途端、身体からまたもや白い粒がたくさん飛び出してきた。それはジャーグナめがけて飛んでいき、口先がカーネリアンに届く寸前で音を立てて弾けた。


「!」


 カーネリアンは驚き、とっさに腕で顔をかばった。ジャーグナはそれをもろに浴びたようだ。


「グギャアッ」


 と雄叫びを上げ、ジャーグナの動きは間一髪で止まった。


「カーネリアン、今だ!」


 ルベウスの声にカーネリアンは立ち上がり、ルベウスに向かって走り出した。

 それを見て、真珠はほっとして足を止めた。真珠は今、ジャーグナのあごの付け根の下にいるようだった。

 よく分からないけど、またあの変な白いのが助けてくれたらしい。

 それにしても、あれはなんだろうかと考えていたら、真珠の真横に熱い風を感じた。


「カッシー!」


 マリの声に、真珠は恐る恐る、熱い風が吹いてくる方向へ視線だけ向けた。


「!」


 真珠の真横に、ぎらりと光る赤い玉が見えた。


「えっと……これって、な、なんだろなぁ。あははは」


 思わず乾いた笑い声を上げてみたが、状況が変わるわけがなく。


「カッシー、くっそー」


 モリオンの声も聞こえるが、真珠はどうすればいいのか分からない。動くことが出来ず、じっとしていたのだが……。


「グルルルゥ……」


 真珠の頬にぺちゃりと冷たい感触がした。


「う……えっ」


 こんなところで食べられてしまうのだろうか。

 琥珀、ごめんね……と真珠が思っていると、その冷たい感触が去り、またもや熱風を感じた。


「クゥ?」


 妙に甘えた声に、真珠は混乱する。


「クゥン」


 熱風が遠ざかり、真珠の視界にジャーグナが見えた。今まではあまりにも近すぎて、それがなにかさえ分からなかったのだ。

 赤く光る体表、心配そうな赤い瞳。


「え……あれ? おまえ、さっきまで青かったよね?」

「クゥ」


 真珠の疑問に、ジャーグナが答えたようだ。


「カッシー、大丈夫ですか?」


 遠くから、心配そうなマリの声がする。


「え……っと。なんかよくわかんないけど、大丈夫みたい」


 あんなに荒れていたジャーグナだったが、今は借りてきた猫のように大人しくなっているようだった。

 困ったときは、なにか知っていそうな精霊ファナーヒに頼ってみようと真珠は眼鏡を少しずらしてみた。


──カッシーってば、やっぱりすっごーい!

──暴れてるジャーグナを一瞬で手なずけるなんて!


「手なずける?」


 眼鏡の隙間から見える精霊ファナーヒは、ひらひらと楽しそうに話をしている。


──ジャーグナって気難しいから、ねー。

──ねー。


 それ以降、あまり有益そうにないことを繰り返し始めたので、真珠は眼鏡を掛け直した。


「よく分からないけど、ジャーグナは大人しくなったらしいよ?」


 真珠の横で大人しくしているジャーグナを見ても、だれ一人、そのことを信じようとしてくれていない。今までの暴れっぷりを見ていたら、致し方ないことだろう。


「みんなが怖がってるみたいだから、おうちに帰ろっか?」


 真珠の言葉にジャーグナはうなだれ、名残惜しそうに周りに注意を払いながら、とぼとぼとどこかへと消えていった。


「え……?」


 さすがにそれを見て、信じてくれたようだ。


「なにをどうやったの、カッシー」

「うーん……ぼくも全然わかんない」


 真珠の身体から出てきたたくさんの白い粒が原因としか分からないのだが、それがなになのかさっぱり分からない。


「まあ、ジャーグナが大人しくなったから、いいとしようよ」


 というあっけらかんとした真珠の言葉に、残りの人たちは納得するしかなかった。


 ルベウスはジャーグナの尻尾の輪切りをカーネリアンに託すと、大きく伸びをした。あれって重たくないのかなと真珠が思っていると、ルベウスは明るく声を上げた。


「さて、じゃあ、楽園パラディッサへと行きますか!」

「はあ?」

「あの……ルベウスさま」


 カーネリアンは受け取ったジャーグナの尻尾の輪切りを持ったまま、途方に暮れていた。


「それ、ルビーに渡してくれる? 使い方はあいつが知ってるから。それだけあれば、しばらく持つだろ」

「え……っと、あのぉ」

「ボク、ちょっと遠出してくるよ。なあに、心配はいらない。必ず帰るってルビーに伝えて。顔を見せたら、きっと止められるから」


 戸惑っているカーネリアンをその場に残し、ルベウスは歩き出した。


「ルベウス! 勝手だな!」

「いいんだよ。それとも、村を救った英雄さまとして崇められたいのかい?」


 そんなつもりのなかった真珠は、頭を振って大きく否定した。


「それなら、とっとと出かけよう。ここで時間を食ってしまったからね」

「っておまえが言うなよ!」


 モリオンのツッコミに、ルベウスは笑う。


「おまえたちがお節介をしてくれたおかげで早く終わったけど、ボク一人でも楽に退治することは出来ていたからね」

「なに偉そうなことを!」


 ぎゃいぎゃいと言い合いながら、モリオンとルベウスは先々歩いて行っている。置いて行かれたら困る真珠は、カーネリアンを見て、悩んだ。

 ジャーグナがいなくなったとは言え、こんなところに少女を一人、放置していっても大丈夫なのだろうか。


「えっと……」

「あの、大丈夫ですっ。ここには危ない生物はいませんから」


 と言われてもともじもじしていると、マリに腕を引っ張られた。


「カッシー、わたしたちの旅の目的、忘れてないでしょうね?」


 言われてみれば、そうだ。

 カーネリアンも危険がないと言っているし、とりあえずの用事は済んだとみていいだろう。

 真珠はカーネリアンに向かって頭を下げて、歩き始めたマリの背中を追いかけて走り出した。





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