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月をナイフに  作者: 倉永さな
《三》ひたすら南へ
26/67

07

 村の中を走り抜け、声のした方へと向かう。

 ルビーがいた建物は頑丈な造りのため壊れていなかったが、周りの家で無傷なところは皆無と言っていいほど、無残な状態になっていた。確かにこれを見たら、村が終わりと思いたくもなる。


「他の村の人たちは?」


 真珠は走りながら、カーネリアンに質問する。


「たぶん、森に避難しています」

「さっきのルビーって子は、あそこにいても大丈夫なの?」

「あの子は、生まれながら身体が弱くて、家も無事だったから、たぶん、あのまま」


 それほど大きくない村の集落を抜けると、本来なら草木が目の前に広がるのだろうが、今は荒れ果てた地面しか見えない。


「ぎゃうぉおお!」


 遠くで聞こえていた声が、はっきりと聞こえた。


「……獣?」


 立ち止まり、耳を澄ませる。森の奥の方から聞こえてくる。


「たぶん、村を襲った生き物だと思います」


 村を襲い、さらには森の奥へと進んでいるようだ。

 鈍い青色で光っていて、しかもそれは、今までに見たことのない見た目だという。真珠はスアヴァーリですでに驚いていて、こちらの世界の生き物は想像も付かないし、それはモリオンとマリも同じようだった。

 モリオンは背負っている大剣を抜き、構えながら声の方へと近づいている。


「おまえたちは安全な場所にいろ」

「安全な場所って、どこだよ!」

「そんなの、自分で考えろ」


 モリオンはそれだけ言うと、食料などが入っている袋をマリへと投げつけ、駆けだした。


「待って! ぼくも」

「来ても足手まといだ」


 モリオンにばっさりと言われ、真珠は足を止めた。事実過ぎて、言い返せなかった。

 残されてしまった真珠とマリ、そしてカーネリアンは、顔を見合わせた。


「森に避難している村の人たちと、合流できます?」


 マリはカーネリアンに確認をしている。


「出来ますけど」

「それでは、あなたは村の人たちと合流してください」


 マリはそれだけ言うと、モリオンの後を追いかけようとした。


「え、ちょっと! マリ、ぼ、ぼくはっ」

「カッシーもカーネリアンと一緒に……」


 と言いかけ、なにか思い直したのか立ち止まった。


「やっぱり、カッシーはわたしと一緒に来てください。カーネリアン、とにかくあなたは、自分の身の安全を第一に考えてくださいね」


 それだけマリは言うと、真珠が自分に向かって走ってきているのを確認すると、走り出した。

 カーネリアンはそれを見て、拳を握りしめて、真珠たちとは反対の森の中へと入っていった。


┿─────────────┿


 モリオンはあっという間に奥へ行ってしまったのか、後ろ姿さえ見えない。村を襲った生き物の声か音がすればいいのに、さっきの一声以来、なにも聞こえてこない。

 耳を澄ませても、風が木を揺らす音だけで、生き物の気配を感じられない。恐れをなして、逃げてしまったのかもしれない。


「どこに行ったのかしら……」


 先を走っていたマリが立ち止まり、ぼそりとつぶやいた。


「困ったわ。完全に見失ってしまったみたい」


 マリは眉を下げ、真珠へと視線を向けてきた。


「え……まさか」

「ええ、そのまさかの……迷子になったみたい」


 マリに着いていけば大丈夫と思っていた真珠はもちろん、ここがどこか分かるはずもない。たぶん、頼っていなくても分からなくなっていただろう。


「ここから来たから……」


 マリは周りを見回して、元来た道へと戻ろうとしている。

 周りの木や草は、地球にいたときには想像も付かないほど、色とりどりだ。だからそれなりに特徴があるから帰りやすいだろうと記憶をたどって戻ろうとするのだが、行きと帰りの風景は違うとは、先人はよく言ったもので……。


「まずいわ、分からない!」


 いつもは冷静なマリが焦り始めた。それを見て、真珠もつられて焦る。


「ぼっ、ぼくたち、このままこの森で一生を暮らさないといけないんですかっ」

「そっ、そんなこと、あるわけ、ないじゃない!」


 真珠の馬鹿な質問に、マリは少し、冷静になれたようだ。


「とにかく、ここに留まっていたとしても、助けは来ないでしょう。無闇に動くのもよくないのは分かっていますが、どこかにはたどり着けるはず」

「どこかって?」

「さっきの街道か、運が良ければ村か……」


 マリの言葉はあてにならないと思ったが、それでもじっとしていられなくて、真珠とマリは歩き始めた。

 マリは懐から片刃の短刀を取り出すと、いきなり木の幹に傷をつけた。


「マリ、なにをするのっ!」

「なにって、森で迷った時は木に印をつけて、目印をつけておくの。こうしておけば、またここを通ったら、分かるでしょ?」

「なるほど!」


 真珠は感心して、マリの後についていくことにした。




 それから、どれほど経っただろうか。

 いつまでも同じ風景が続きすぎて、真珠は飽きてきた。そしてなによりも、疲れてきた。


「ねえ……マリ。どこまで行っても同じって、なんかおかしくない? さっきもここ、通ったような気がするよ」


 萎れているとはいえ、色とりどりで特徴的なので、真珠は風景を覚えてきた。


「ほら、ここのこの黄色から橙色になるあたりと、桃色からいきなり藍色になるこの落差の激しいところとか!」

「……言われてみたら、確かに」


 マリは立ち止まり、首を傾げる。


「木に印をつけたはずなのに……さっき、これとよく似た木に傷をつけたはずなのに」

「ねえ、マリ。傷じゃなくて、この布を裂いて、草に結んで印にしてみない?」


 真珠は自分が羽織っている布を指さした。その提案に、マリは袋の中から余り布を取りだして、細く切り裂いていく。


「これなら、傷をつけることに罪悪感を覚えなくていいですね」


 マリは近くにあった赤色の萎れた草に細く切り裂いた布をぐるぐるときつく巻き付けた。


「それでは、行きましょうか」


 真珠はうなずき、もう一度確認して、歩き出す。


 それほど経たずに、やはりまた、同じような場所に立っていた。


「……おかしい」


 さっき、マリが念入りに巻いたはずの布が見当たらない。しかし、ここは先ほどの場所に違いない。


「もー! どういうことよっ!」


 真珠はマリから布を受け取り、今度は青い葉っぱに結びつけた。


「今度こそ!」


 結ばれているのを確認して、真珠とマリは歩き出す。

 少し進んで、真珠は突如、振り返った。


「……あっ」


 真珠は思わず、自分の目を疑った。

 今、結んだばかりの布がほどけて、地面に落ちたのを。


「どういうこと?」


 マリも振り返り、それを見て、頭を抱えている。


「まさかここが、迷いの森ニラオジャナだったなんて!」

「ニラオジャナ?」


 また始めて聞く言葉に、真珠は首を傾げた。


「一歩踏み入れたら、ここが迷いの森ニラオジャナと気がつくまでずっと、さまよう羽目になる場所なのです」


 真珠一人だったらそんなことに気がつかずに、永遠にさまよい続けていただろう。


迷いの森ニラオジャナよ、お退きなさい!」


 マリのその言葉と同時に、周りの草木がほんのりと瞬いた。


「これで迷いの森ニラオジャナを抜け出せました」


 マリのほっとした言葉に、真珠は身体から力が抜けた。




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