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月をナイフに  作者: 倉永さな
《三》ひたすら南へ
25/67

06

 切迫した様子に、三人の表情は自然ときつくなる。真珠たちが近寄ると、助けを求めてきた人は顔を上げた。口はきつく結ばれ、赤い瞳には涙がたまっている。それでも助かったと、ほっとした空気を感じた。


「年端もいかない少女じゃないか」


 モリオンは顔を見て、驚きの声を上げた。マリはひざまずき、すぐに少女の怪我を見始めた。


「アタシのことはいいので、早く、あのっ、その……」


 赤茶の髪の少女はモリオンを見て、マリを見て、最後に真珠を見て、口を閉じた。希望を感じていたような表情が、急激に落胆の色に変わった。


「……いいです。もう、大丈夫」


 少女はそう言うと、手当てをしようとしていたマリの手を振り払い、立ち上がった。


「おい、待てよ!」


 歩き出そうとした少女を見て、モリオンは慌てる。


「いいです。あなたたちでは、無理ですから」


 少女はきっぱりと言い放ち、足を引きずりながら歩き出した。


「なんだよ! どういうことだよ!」


 無理と言われて、血の気の多いモリオンがそのまま引き下がるわけがなく、少女に食いつく。


「オレは神様の屋根サンブフィアラで護衛をしているんだ!」


 その声に少女はちらりと振り向くが、強く首を振ると、前を向いて歩き出す。


「おいっ!」


 馬鹿にされたと感じたモリオンは声を荒げ、少女を追いかける。


「モリオン、ちょっと」


 真珠はモリオンを止めようとしたが、手を伸ばすのが一瞬遅くて、少女に詰め寄っていた。


「馬鹿にするなっ!」


 モリオンは少女の腕をきつくつかんで引き寄せ、上から怒鳴りつけた。少女は首をすくめて、おびえている。しかもモリオンがきつく腕をつかんだせいで傷が痛むのか、口からうめき声が漏れた。


「モリオン!」


 真珠が慌てて、モリオンと少女の間に入る。真珠は少女を背中に隠して、モリオンを見た。


「そんなことしたらダメじゃないか!」

神様の屋根サンブフィアラを馬鹿にするとは!」


 語気を荒げるモリオンが怖かったが、それでも真珠は震えそうになる自分を叱責しながら、少女をかばった。


「モリオンさま……」


 マリが控えめに背後から声を掛けてきた。


「そんな風に怒鳴りつけたら、話したくても話せないではないですか」

「……おまえ、アメシストみたいなことを言うな」


 モリオンの言葉に、マリは笑みを返し、少女を見る。


「わたしはアメシストさまにお仕えしております。今、ここにはアメシストさまの命でやってきております」

「……アメシストさまの?」

「はい」


 マリは少女を安心させるように、にっこりと笑みを浮かべた。

 真珠はマリの言葉を聞き、目が点になってしまっていた。

 アメシストの命でというより、アメシストのためにここにいるわけだが、真実を告げると少女をますます不安にさせてしまうので、嘘でもこういうしかないのだろう。もしも真珠がマリの立場だったら、しどろもどろとなって、あやしまれてしまっただろう。


「アメシストさまに助けを求めに行こうとしていたのでしょう? ここでわたしたちと会えたのも、なにかのご縁。あなたたちの日頃の行いがよい証拠でしょう」


 マリの言葉を少女は信じたのか、話をしてくれた。


「アタシたちの村が、見たこともない生き物にいきなり、襲われたんです! もう、あの村は、おしまいですっ!」


 興奮する少女をなだめ、マリはまず、名前を聞き出した。少女はカーネリアンと名乗った。カーネリアンの住む村は、コランダム族 の中でも赤に所属する者たちで構成されている、小さな村だという。そこを前触れもなく、いきなり襲われたというのだ。

 もしかしてルベウスの言っていた村ではないかとあたりをつけて、マリはカーネリアンに質問をした。


「その村に、ルベウスという青年が住んでいたり、しませんか?」

「はい! ルベウスさまは、村の救世主なんです!」


 三人は思わず、顔を合わせた。


「ルベウスとは、ちょっとした知り合いなんです」


 カーネリアンはその途端、赤い瞳をきらきらと輝かせた。


「すごいです! ルベウスさま、神様の屋根サンブフィアラの人と知り合いなんて!」


 カーネリアンが心からルベウスを尊敬している様子が気に入らないのは、モリオンだ。しかめっ面をして、さらには眉間に深いしわを刻み込んでいる。


「わたしたちを、その村まで案内してくださいますか?」


 マリのお願いに、カーネリアンはいきなり、躊躇し始めた。


「あの……でも、そのぉ」

「わたしたちは、困っている人たちを助けることが義務。ダイアンとディーナも、そしてアメシストさまも、そう願っております」


 カーネリアンは一度うつむくと、意を決したように顔を上げた。


「分かりました、村までご案内いたします」


 真珠たちはカーネリアンに案内してもらい、コランダム族の村へと向かうことになった。


┿─────────────┿


 色とりどりの萎れた植物の合間を縫うようにして、真珠たちは村へと向かっている。村に近づくにつれ、異変が感じられた。

 無残に地面がえぐられて、あちこちに木や草の切れ端が散乱しているのだ。


「突然、あいつが襲ってきたのです」

「……あいつ?」


 カーネリアンは小さくうなずき、続けた。


「鈍い青色に光る、見たことのない生き物でした。すごく大きくて、村の側でこうやって大暴れして……。たまたま戻っていらしたルベウスさまでさえ、まったく歯が立ちませんでした」


 それだけ言われても、どんな生き物かさえ想像も付かない。


「他には、なにか特徴は……?」

「わっ、分かりません! 恐ろしくて、とにかく、助けを求めてこいと言われて……無我夢中で」


 耳を澄ましても、特になにか聞こえてくるわけでもない。不気味なほど、静まり返っている。


「村は、こちらです」


 カーネリアンに案内してもらわなければ分からなくなっているほど、村を囲っていたと思われる塀も破壊尽くされている。側にあった家も、片っ端から壊されている。


「これは……酷い」


 地面はあちこちがえぐられている。


「カーネリアン!」


 無事な建物に潜んでいた村の人が、真珠たちの気配を感じて顔を出し、見知ったカーネリアンを見つけて声を掛けてきた。

 村に入ってすぐの壊れた家だったと思われる場所は、木片が飛び散っていたので木の家だったのだろう。しかし、村人が顔を出した建物は、他の家より頑丈な造りのようで、外壁は草と土を混ぜて作った物で固められていた。


「ルビーさま! 寝ていなくて、大丈夫なのですかっ」


 カーネリアンが慌てて、装飾が施された扉から顔を出している少女に声を掛ける。

 薄赤色の長い髪に、薄赤色の瞳。柔らかくて暖かそうな薄茶色の部屋着をまとっている。そこからのぞく手足が異常に細くて、真珠は心配になった。


「だって、お兄さまが大変なのに、心配で寝ていられないわ!」

「ルビーさま、お願いですから、寝ていてください」

「でもっ」


 ルビーと呼ばれた少女は、それでもかたくなに戻ろうとしなかった。

 カーネリアンとルビーの声を家の中の者が聞いたのだろう、慌ただしい駆け足が聞こえてきた。


「ルビーさま! お休みになられておいてくださいとあれだけ!」

「だって……」

「さあ、中へお戻りくださいませ! ルベウスさまが心配なのは分かりますが」

「……分かったわ。カーネリアン、またね」


 名残惜しそうに、ルビーと呼ばれた少女は戻っていった。

 今の会話の中で、かなり気になる事柄が多く含まれていたので、真珠がカーネリアンに聞こうと口を開いて言葉を発する前に、少し遠くで聞いたことのない声がした。

 真珠たちは顔を合わせ、走り出した。


 

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