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月をナイフに  作者: 倉永さな
《二》旅立つのも困難なのですっ
14/67

04

 真珠は、いくら待っても来ない痛みに、恐る恐る、目をあけた。


「!」


 真珠はその光景を見て、言葉を失った。なにがどうなったら、一瞬にしてこんなことになっているのだろうか。

 真珠は目を閉じていたため見えていなかったが、モリオンは確実に大剣を真珠に向かって振り下ろした。一瞬後には、経験したことがない焼けつくような痛みをこの身に受けるはずだったのだ。それなのに、モリオンの大剣ははるか遠くで地面に突き刺さり、それを操っていたモリオンはなぜか真珠の後ろに伸びていた。

 マリは呆然と真珠とモリオンを見ていたが、すぐに状況を思い出したようで、地面に刺さっている大剣に駆け寄ると、抜いた。


「モリオンさま、わたしたちの話を聞いてください!」


 マリは大剣を質に取り、話を聞いてもらおうとしているようだった。しかし、モリオンは気絶している。


「アレクさま……いいえ、アレクは、アメシストさまを裏切ったのです!」


 マリの一言に、真珠はようやく気を取り戻し、マリへと視線を向ける。


「マリ……そのモリオンって人、意識を失ってるよ?」


 真珠の突っ込みに、マリは驚いた表情をして、モリオンにゆっくりと近づく。

 地面に落ちていたモリオンが切った枝を拾い、それを使って遠くからつついた。

 モリオンはうっとうしそうに枝を腕を使って払うと、むにゃむにゃと口を動かし、寝返りを打った。気絶をしているというよりかは、眠っていると言った方がいいような状況のようだ。

 真珠はそのおかげで助かったわけだが、どうして大剣が地面に突き刺さり、さらにはモリオンが一瞬にして眠りについてしまっているのか、さっぱり分からない。真珠は周りにいる精霊ファナーヒに説明を求めるように視線を向けた。


──カッシーってば、やっぱりすごいよ!

──うん、すごいよね!


 精霊ファナーヒは口々にすごい、すごいと褒め称えているが、それだけだ。期待はずれだったのかとがっかりしながら、両端の眼鏡のつるを持ち上げ、直した。精霊ファナーヒの姿と声は、感じられなくなった。

 モリオンにこっそりといたずらをしているマリに視線を向け、口を開いた。


「マリは、見ていた?」


 真珠の声に、マリはあからさまに身体を大きく跳ねさせ、取り繕うように枝を後ろに投げ捨てて、大剣を抱え直して真珠を見た。


「え……っと、見、見てました」


 動揺しているマリに苦笑して、真珠は続きを促した。


「モリオンさまが剣を振り下ろした瞬間、カッシーから不思議な白い球のようなものが大量に出てきて、それが弾けて、大剣が吹っ飛び、さらにはモリオンさまも飛ばされて、気が付いたらこんな状況になってました」


 マリに説明をされても、意味が分からなかった。


「どういうこと?」

「わたしは見たままのことをお伝えしたのですが……どういうことかと申されても、わかりかねます」


 マリの視線は、おまえはわかってるんだろ? と言わんばかりの非難がましい瞳をしていた。

 真珠はマリに言われたことを反芻してみる。


 モリオンが剣を振り下ろした瞬間、白い球が大量に出てきた?

 しかもそれが弾けると、大剣とモリオンが飛ばされた?

 ……わけが分からない。

 言葉通りのことが起こったと素直に受け取っても、それでも意味が通じない。真珠は、自分が理解できるようにと悩んでみたが、どんなに考えても理解不能だった。すぐに考えることを放棄した。よくわからないが、無事だったからいいじゃないか、という結論に達したからだ。


「マリ、街に向かおうか」


 切り替えが早いのは、真珠の長所というか短所というか。いつまでもここに留まっていれば、第二・第三のモリオンのような追手が現れる可能性が高い。用もないのにここにいるのは得策ではない。


「これ……どうしましょう」


 マリは大剣をさして言ったのだが、真珠は眠っているモリオンのことだと受け取り、腕を組んで、顎に手を当てた。


「うーん……。目が覚めるまで、放置でいいのでは?」

「目が覚める?」


 マリは目を見開き、自分の持っている大剣に視線を向けた。まさか自分の持っている物が魔剣だなんて思ってもいなかったため、血相を変え、あわてて大剣を投げた。一歩間違えれば、モリオンに突き刺さっていたが、幸いなことにモリオンの脇の地面に突き刺さった。

 モリオンの持っている大剣は強い加護の掛かった物であり、魔剣ではないので、思いっきり勘違いをしてしまったようだ。


「うわっ、危ないっ!」

「すっ、すみませんっ!」


 マリもそれを見て、ひやりと背に冷や汗が流れ落ちたのを感じた。

 真珠は幸せそうに眠っているモリオンに怪我がないのを確認して、マリとともに街へ向かう。

 ここでどれくらい時間を取られたのか分からないが、空の様子には変わりはなく、現状はこれ以上は悪くならないのではないかと前向きにとらえることにした。そうとでも思わないと、手遅れ感に絶望したくなってくる。真珠は袋を抱え直し、歩みを進める。

 マリと並んで歩く。

 聞きたいことはたくさんあるが、なにを優先して聞けばいいのか分からない。

 無言で二人は歩き続けた。

 真珠は時々、街道の木々に視線を向ける。力なく萎れたそれらを見て、なんとも言えない気持ちになった。

 真珠がこの世界に召喚されたことによって、今回のことが引き金になったのなら。そう思うと、いたたまれなくなる。

 だけど、と真珠は心の中で反論する。

 アメシストはずっと、助けを求めていた。きっと、彼女は真珠を召喚してまでも助けてほしい『なにか』があったのだ。それを聞く前に、アメシストはあんなことになってしまったのだが……。真珠がこの世界に訪れるのが遅かったのだろうか。アメシストの口から話を聞いていれば、現在いまが違っていたのだろうか。

 考えたところで答えは出ないし、不毛なことだと気がつき、そこで考えるのをやめた。

 それより、街に行って、だれになにを聞けばいいのか、ということを考えた方が建設的なような気がしてきた。

 真珠はそのことに気がつき、横を歩いているマリに相談しようとマリを見て、躊躇した。唇をかみしめ、今にも泣き出しそうな表情をしている。なんと声を掛ければいいのか悩み、結局、前を向いて歩くことに専念することにした。

 空はなんだか変な色をしているし、植物たちも萎えているし、マリはスンスンと鼻をすすり始め、どんよりとした空気が二人の間に漂っていた。

 こういう時、慰めの言葉をかけた方がいいのかな。

 身近な人間を思い出し、真珠はしかめっ面をすることとなった。

 真珠はどちらかというと、お気楽な性格をしている。よって、落ち込むことはほとんどないのだが、それでもやはり、たまにはそういうときもある。が。珊瑚はそんな真珠を見て、いつも鼻で笑って、

『馬鹿じゃない、単細胞が落ち込んだってなんの解決にもならないでしょ』

 と罵られ、琥珀に至っては、さらに追い打ちをかけるようなことを言ってくる。

 改めて考えると、二人してひどいと思うのだが、落ち込んでいることがなんだかとっても小さくて馬鹿らしいことと思えるようになり、下手に慰められるよりは浮上するのが早い。真珠のことをよく把握しているんだなと、この異世界の地に来て、再認識させられた。やはり、真珠の居場所はあそこにしかない。

 唇をかみしめ、握り拳を作る。決意を新たにしたところで、後ろからだれかが走り寄ってきている気配を感じた。あわてて振り返ると、そこには……。




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