表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
GOBLINSシリーズ  作者: マリモネコ
PIZZA PANIC
5/5

05

 どうやら自分は、他人とは少し違うらしい。


 物心ついた頃から、少女はそう感じていた。鳥の囀りも野良猫の鳴き声も、他の人間からはただの雑音でしかないそれを、彼女の耳は意味を伴う「声」として受け止めるのだ。

 そうして、さしたる知識や技術も必要とせずに彼女は動物の話す言葉を理解すること幼い頃から可能だった。その影響なのか、鳴き声を真似しなくても彼女は動物と「話す」ことが出来た。


 それが異常なことであると初めは分からず、身近な大人たちにそのことを伝えてみたこともあったが、彼らはみな彼女の言う事を子供時代特有の絵空事であると真面目に取り合う事はなかった。

 そのうちそれはどうやら特異なことであると、いつの間にか彼女は肌で理解していた。人間は動物と話せるわけはないのが人間社会の常識だと。そしてその「常識」から外れるのは危険な行為である、と。

 いつしかこのことは彼女と、彼女と話したことのある動物達との公然の秘密となっていた。



 明るい色のポニーテールをなびかせながら、ルフは古ぼけたアパートの屋根を疾駆する。

 建材に足を受け止められるたび、ガシャリと靴のローラーは絶え間なく硬質な音を立てる。

 建物の屋上に申し訳程度に取り付けられた華奢な鉄製の手すりの上を靴のローラーをなすりつけるように滑走すれば、耳障りな摩擦音が湧く。

 脚からの強い振動と抵抗を振り切るように、滑走の勢いに任せて手すりの角から弾みをつけて隣のアパートの屋上めがけて彼女の身体は空中に飛び出した。抵抗する空気がルフを包み、耳元ではびゅうびゅうと風の唸るような音が聞こえた。


 大きくがしゃんと音を立てルフは隣の建物の上に着地し、また何事もなかったかのように滑り出し、スピードを全く緩めることもなく屋根から屋根へと飛び移っていく。

 まるで映画のワンシーンの様にファンタジックな光景ではあるが、これを彼女は何気ない行動のようにこなしている。


「え~っと、次の予約は……」


 そうルフは呟きながら手元の紙切れに視線を落とす。


「ヒュー……ガ? ヒューゴさん?」


 彼女の持たされた伝票用紙の表面には、踊る人形に見えなくもない文字がある。

 この伝票は店長の手書きという事らしいのだが、どうやら書いた本人に似て字は豪快だったようだ。

 悪筆に加えてところどころにあるミススペルのせいで、ルフは伝票の内容を確認しようとするたびに、しげしげと見つめ解読しなくてはならなくなっていた。


「もー……また文句言わないと!」


 ブツブツと言いながらも目的地の地区番を地図上で確認する。

 あの店長は確かに、素直に改善要求を呑んではくれるのだが、それらを長く覚えていた試しはない。

 イレギュラーに働かせてもらっている手前、あまり強く指摘をするのは気分的に進まないが、この難解な伝票に毎回付き合わされている店員達の気苦労は今の彼女の比ではないだろう。

 アットホームな職場を店主は謳っているのだが、それには若干店主の筆跡と性格はワイルドすぎるような気がする、とルフは思った。

 気を取り直して、地図上で現在地と目的地を見比べれば、目指す家はもうすぐそこであった。


「あ、もう、すぐ隣のブロックじゃない?」


 ただし、ここ一帯に共通して言えることだが、その周辺にはある罠が存在していた。


 そこは都市の中心街に近い場所であるためどうしても地価が高い。

 そのためひとつ建物を建てるにしても郊外などの一軒家などとは違い1階は店舗、それより上階は住居、など複数の利用形態を想定した建て方をしていることが多い。

 そしてそれらはたいていエントランスを完全に分離している間取りである事が多く、それは道の裏手であったり建物の影であったり、一見しただけでは想像できないような場所にあったりする。

 酷い時になると、無理やり外壁に階段を取り付けてやっと上階へのアクセスが確保できるようになった建物や、逆に、店舗階にある出入り口を利用しないと目指す階にたどりつけないといった建物の例もある。


 最終的に、総じてこの地区の地図は複雑怪奇な表記となり、目指す建物を無事に見つけたとしても、その構造をも正確に推察してやらなければ、ただいたずらに時間が過ぎてしまうという、そういった問題を抱える地区であった。


「えーっと……確かあっちがセントラルパークで、向こうがマーケット……で、この通りが」


 ルフは建物の屋根でも更に視界の開けたところに立ち地図を掲げ、実際の街並みとを見比べながら正確な建物の配置を把握しようとした。

 そんな彼女の視界の端の空に、何か、小さな黒いゴマ粒が集まったようなものが映っているのが見えた。

 そのかたまりのようなものに彼女は異変を感じ、何だろうと思って顔を上げれば、それが結構な速度で空中を飛び、こちらに向かっているのが見て取れた。

 そのかたまりが大きくなってくるに従って、カァカァと人の声が枯れたような音が聞こえてくる。


「なっ……なん!?」


 そしてそれは全く遠慮なくルフの立っている場所を目がけまっすぐ飛んでくる。

 しゃがれた鳴き声に加え、バッサバッサと幾つもの翼の羽ばたき音も今ははっきりと聞こえている。

 それはカラスの群れであった。何かに追い立てられているのか、かなり騒々しい鳴き声を上げながら、わき目も振らずに元凶から遠ざかろうとしているようだ。


『クルマー!』

『ジコー!』

『アブナイアブナイ!!』

「ちょっ!! ちょっと、あんたたちストップ!!! 」


 ルフには幸い彼らの言い分は理解できるはずであった。しかし口々にわめきあい、すっかりパニックを起こしているカラス達に落ち着けなどという言葉は届くことはなかった。


「高度上げて!!」


 彼女の要請も空しくカラスの大群はルフを避けることなく、少女の姿はすっぽり群れに呑みこまれてしまった。

 カラスの羽はというものは、その見た目以上にしなやかで力強い。群れに巻き込まれたルフは両腕でみずからの身体を庇うことしかできず、それらの衝撃に完全に押され、あっという間に立っていた屋根の端へ、そしてそこから更に外の何もない空間へと放り出されてしまった。


 ふわり、とした不快なまでの浮遊感がその瞬間ルフを襲った。

 背負ったピザの保温器が重石となり、空中でルフは完全な仰向けの状態となり落ちていく。


「うっわぁああ!?」


 視界いっぱいに広がる空の青が、やけに冴えわたっている気がした。



 注文したピザが届くのを待っている間の暇つぶしにと、葵は趣味と化している新聞のクロスワードパズルを解いていた。


 生死不明と思っていたエシュも取りあえず五体満足であったことがわかったし、今現在は上階の住まいで死んだようにでも眠っているのだろう、とても静かなものである。

 葵自身が現在抱えている仕事も、ちょうど仕上げチェックの結果待ちの状態である。

 頭を悩ませる者とも頭を使うこととも直面せず、のんびりと時間を過ごしているのは葵にとっては久しぶりのことであった。


「うっわぁああ!?」


 そんな葵の貴重な時間は、少女と思しき者の叫び声に突如破られた。

 ガン、ギン、と鉄部に何かがぶつかったと思しき打音も響く。前触れもない突然の出来事に葵は慌てて音のした方を確認しようと顔を上げた。


 そこからは居間を挟んで窓の外、常時上の住人が利用している非常用梯子が見えるのだが、そこの踊り場部分に、見慣れぬ丸まった影があるのが見て取れた。


「あいたたぁ……」


 その影がもぞもぞと動き出し、まだ幼さの残る声が聞こえた。


「……おい、大丈夫か?」


 葵は慌てて窓に駆け寄り窓ガラスを大きく開け、影に向かって声をかけた。


「いや、ハシゴ付いてて助かりました」

「そうか?」


 そこにいたのは、見るからにピザ屋の店員らしいポップな制服に身を包み、身体の小ささに対して馬鹿でかいくらいの保温器を背負った、十代前半と思われるやせた少女であった。

 どう見たところで彼女の体のあちこちにあるのは擦り傷切り傷に打ち身のアザだ。

 本人が言うほど大丈夫そうとは思えないありさまだが、この場を誤魔化すように「あはは」と少女は声を出して葵に笑って見せた。


 しかし彼女は突如何かに気付いたように、はっと表情を変えた。そして手に握りしめていたおつかいメモのような伝票の書きつけを確認するように見つめ、そしてシワを伸ばした表面を葵の鼻面に突き付けた。


「あ! あの、アオイ・ヒューゴさんですか!? ピザお届けにまいりました!!」

「苗字はヒューゴではなくヒュウガだ」


 とにかくこのまま吹きさらしの踊り場に長くいるわけにはいかず、ひとまず葵は目の前の少女を家の中へ案内することに決めた。

 少女に窓から室内へと入るように促し、ついでに靴は脱いでくれと忘れずに断りを入れる。

 一応けが人の少女の負担になると思った葵は少女の荷物を持ち上げたが、彼の予想に反してピザの保温機は重たかった。

 成人男性の手で持ち上げるには苦労はないが、葵の目の前にいる華奢な子供が背負うには重量が大きい。さらに彼女はローラーブレードも履いていた。

 これらの装備品を身につけての配達とは、この国のデリバリー業界には恐れ入る、と葵は勝手な感想を持つのであった。

 届いたピザを確認するため葵は、テーブルに乗せた保温器の蓋を開けた。


「……次からは絶対に玄関から来てくれ。」


 中を見た瞬間、葵はそう言っていた。

 トマトソースの甘酸っぱい香りとともに彼の目に飛び込んできたものは、保温器内ですっかり踊り疲れて斜めになった上に、形が若干ひしゃげてしまったピザの箱であった。

 蓋も浮いたその箱からは少しチーズやソースが飛び散ったような形跡が見え、箱の表面にも油染みが出来ている。ピザの配達という業務の結果から言うと、目も当てられないものであった。


 気を取り直して葵は少女に椅子に座るよううながすと、居間にある棚から消毒薬や絆創膏など常備薬がぎっしり詰まった救急箱を取り出してきた。

 この救急箱も、上階の住人がしょっちゅう擦り傷切り傷を作ってくるのでと、なぜか勝手に備え付けられてしまったものだ。

 銀色に光るピンセットで脱脂綿をつまみ、たっぷりと消毒液を含ませ、べちり、とすりむいた傷に当ててやる。


「いでっ!! ちょっと、乙女なんだからもうちょっと優しく扱ってよねー」

「そんな恰好で何が乙女だ。乙女の判断基準を根本から覆す気か?」


 配達員の少女はミニスカートの下にスパッツをはいていることをいいことに、椅子の上で胡坐をかいている。指摘をしたところで本人には全く恥じらう気配はない。

 この娘、容姿こそは少女だが中身は中年男性なのかもしれない、と要らぬことを葵は考えてしまった。

「痛がるのは首がもげた時だけにしろ」

「それって死んでるよね!!?」


 少女の抗議などは無視し、葵は黙々と手当を続ける。


「脚を振り回すな。まだ血が出ているところがある」

「だって、この恰好じゃないとスネの後ろの怪我、見えないじゃない」


 勢いよく右に左に脚を振り回し、傷の位置を確かめようとする少女を葵は制止する。それでも彼女が大人しくそれに従ってくれたおかげで、やっと葵は脱脂綿の目標を定めることが出来た。

 擦り傷だらけの配達員を一瞥しながら、葵は手当てをてきぱきとこなしていく。


「取りあえずはこんな感じか」

「お~、ありがとうございます!!」


 現金なもので、先程まで痛い痛いと言い募っていたくせに手当てが終われば配達員は、大きな瞳で肘や膝に貼り付けられた絆創膏を物珍しそうに眺めている。

 そんな少女を尻目に葵は届いたピザを改めて確認し、支払いの為に財布を取り出した。


「あ、やっば! そろそろ戻んないと!!」


 少女の慌ただしい声が部屋に響いた。居間の壁には掛け時計がかかっており、気軽に時間を確認できるようになっているのだが、それを見てのことだろう、少女はスケジュールの遅れを知って慌てふためいていた。

 単純に商品の配達と料金を受け渡しということだけならば、ものの一分もかからないのであろうが、今回は応急手当などで相当な時間的ロスが出ている。


「玄関は向こう側だ」

「あっ、はい、ありがとうございます!」


 所定の料金を受け取ったのち、空になったとはいえ大きさ故にまだまだ重い保温器を少女は背負い上げ、そして床に置いておいたローラーブレードを掴んだ。

 葵はそんな彼女を玄関まで案内しようと席を立つ。


 その時突如、窓の外から物音がした。

 音のした方を二人が見ると、窓ガラスを挟んで向こう側にエシュが立っていた。彼が窓を外から開けようとした音が先程のものであったようだ。

 勝手知ったる他人の家を地で行くように、男は我が物顔で葵の部屋に入ってきた。少し仮眠をして休めたのか、彼の顔の疲れの色はだいぶ薄くなっていた。


「あれ……っと、誰?」

「あっと、すいません!!お騒がせしてます!」


 配達員はするりとエシュの脇をすり抜け、窓枠を越えて鉄製の足場に乗ると、ローラーブレードを彼らの目の前でてきぱきと装着してみせる。

 すっかり支度が終わると彼女は、ただ呆然と様子を見守る二人に簡単に挨拶をした。


 そして、その場で足場の細い手すりに助走もなく飛び移っていった。



 一瞬エシュと葵は目の前に起こったことを理解できなかった。


 ぎしぃっ、と手すりが踏みつけるローラーに向かって抗議を上げるような音を立てる。ほんのわずかな間に全身のバランスを制御した少女は、さも当たり前のように手すりの上を駆け出し、手すりの端から隣の建物にある小さな足場へと飛び出して行った。


 まるでその様は空を飛んでいるようであった。大の男二人が呆けた表情で見守る中、ガチャガチャというローラーの奏でる音を残しながら少女の姿はあっという間に遠くなっていく。

 あの配達員のいるピザ店は、普段どんな配達の仕方をさせているのだろうか……。

 彼らの脳裏にそんな疑問がよぎった。


「いつからこの街はカートゥーンみてえな世界になったんだ……?」


 エシュは、少女の消えていった先を見て、そうぽつりとつぶやいたのだった。



「……つーかこれ、食ってもいい?」


 ダイニングに置かれたままのピザを指しながら、まるで大きな子供が親の機嫌を窺いながらも、ものをねだるような素振りでエシュは葵にそう尋ねた。

 さっきまでここにいた少女が配達してきたピザである。


 今朝がたまでのハードワークで疲労しきっていたエシュの様子を見かねて葵が頼んだものだったが、こうして相手の現金な反応を見てしまうと、なぜこんな奴に同情をしてしまったのだろうかと、僅かながらも後悔をしてしまう。


「勝手にしろ」

「サンキュー」


 そんな葵の内面の葛藤など知る由もないエシュは、葵の横を大股で通りながらもいそいそとピザの箱を開けた。

 大きく開いたボール紙の蓋の中には、バジルの緑とトマトの色合いも鮮やかなピッツァマルゲリータが待ち構えていた。

 日頃からシンプルであることを好む葵が選びそうな王道のチョイスだ。

 だがその道中は穏やかでなかったようで、箱の天井にはとろけたチーズが少しへばりつき形も崩れている。

 蓋の裏にくっついてしまったモッツァレラチーズをまず剥がしてつまみ上げ、口に放り込む。

 チーズの油の甘さに塩気、そして空っぽの胃袋にはまたとない刺激をもたらす甘いくせに香ばしい香りに口の中をくすぐられ、エシュの顔はほころんだ。


 彼はここ最近、仕事内容のせいもあって満足できるほどのボリュームのある食事をとっていなかった。治安の悪い地区には飲食店やコンビニエンスストア、自動販売機などが極端に少なくなる。

 そんな地区に何日も入り込んで情報をかき集めていた彼には、「ごく自然な飲食の調達」というものが頭を悩ませる問題であった。

 そのせいか、チーズのたったひとかけらですら今はありがたいようだ。


 ちなみにエシュは、ピザにはキンキンに冷やしたコーラが最高の組み合わせである、とよく主張している。歳を取った彼の変貌が今から心配になるかもしれないが、それは彼自身の問題である。


 レイモンドの件に関しても一応は彼の頭の中にある。

 だがそれは彼にとって、ピザを食べた後にでもゆったり考えるべき問題だ。エシュにとって今はピザの旨さをいかにして味わい腹に収めるかが最優先事項であった。


 エシュはピザのトレイ箱を抱えたまま、すっかり部屋の主よりも愛用している革のソファに体を思い切り投げ出し、葵に何の断りもなくリモコンを操作してテレビの電源を付ける。


「おい、リモコンに油をつけるな」

「へいへい、気をつけますー。なんか面白い番組ねーかな……」


 エシュはソファにだらしなく横たわり、まだ熱いピザの一切れを自分の口に運びながらリモコンのボタンをいじくりまわす。

 この国はケーブルテレビ網の普及のおかげでやたらとチャンネルの数が多い。

 ニュース、政治、経済、歴史、科学、芸術、スポーツ、ドキュメンタリー、テレビドラマ、アニメーション、映画。映像という形態で現されるあらゆる情報とエンターテイメントが画面の向こう側に存在する。ローカル番組や有料チャンネルも含めると、それは膨大な数に上る。

 各家庭が、各個人がテレビ番組を好きな時に好きなものを好きなだけ、たらふく飽きるまで楽しむ。世界でも指折りの先進国を自負するこの国が提供する、拒否する者などいないはずの「完璧な娯楽」である。


 特に見たいと思う番組を引き当てられないのか、つまらなさそうな表情でリモコンをひたすら操作していたエシュが、何かに目を留めたのかやっと手を止めた。

 画面に映っているのはニュース番組だった。


「しばらくニュースなんて見てなかったし……おとなしくこれにしとくか」


 ニュース番組で妥協したエシュは右手に持ったピザのピースをもうひと口とかじりつく。


 放送ではちょうど、コートニー州立大学の連続殺人事件についての特集が組まれている。エシュ達の住まう地区からもさほど遠くはない距離にある大学だ。

 特に工学と科学分野の実績が目覚ましいらしいとエシュも聞いてはいる。

 画面の中には神妙な面持ちのニュースキャスターと、肩書きを読み上げるだけでも舌を噛みそうな専門家らが軒を連ねていた。


 最初の被害者は研究棟に忍びこんだ泥棒だった。その1~2カ月後頃、今度は同校の学生が死亡した。

 両名とも当初は転落死したと言われていたのだが、調べが進むにつれ何か外的な力によって死に至らしめられた後、高所から落下させられたようであることが判明した。

 そして今週になってついに三人目の死者が出たらしい。

 新聞やネット、テレビなどの報道メディアはこぞって大学に巣食う殺人鬼と囃したて、皆その正体を探ろうと躍起になっているそうだ。


 画面に映っている胡散臭い「専門家様」が語るのは、人体に致命的なダメージを与えるには人の想像以上の力が必要であること、それを為し得る腕力を持つ人間が存在するならばカートゥーンに描かれる超人のような容姿だろう、という荒唐無稽なものだ。


 すっかり画面の向こう側では事件が娯楽と化していた。

 エシュにはその空気を楽しむことが出来なかった。彼は無言でチャンネルを変えようとテーブルの上のリモコンにもう一度手を伸ばそうとする。


 その時、番組の途中ですが、とキャスターの前置きが入り緊急ニュースが読み上げられた。

 それによると、違法薬物の所持・使用の疑いがある男が警察の追跡を振り切り自動車で逃走しているという。


 現在、その男の乗った車はスパイクヒルズの中心街を危険走行中であり、該当地域付近の一般人へ外出抑制と注意喚起を促す内容となっていた。ニュース画面にも、ヘリコプターがテレビで中継報道をしているのだろう、速度を上げて街中を走る多少へこみのついた車輌と物々しい雰囲気の警察車両数台が映し出されている。


「なんか派手なことになってるな。なあ葵、見てみろよ。カーチェイスだってよ」


 キッチンでコーヒーを淹れるためにと湯を沸かしていた葵をエシュは呼びよせた。

 エシュの指したその画面には、中継カメラが警察側にクローズアップしたのだろう、必死の形相を隠すことなく無線機でどこかと連絡を取っている捜査官と思しき人物が大映しになっている。

 それは、あのレイモンドだった。


「あれっ……あいつ?」


 エシュは思わず口に運びかけていたピザを取り落としていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ