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GOBLINSシリーズ  作者: マリモネコ
PIZZA PANIC
2/5

02

 「お久し振りの依頼だねぇ」


 嘉一は何か嬉しいのか、そうやけに弾んだ声を出しながらスキップを踏んでいる。ただ、同じ側の足と手が一緒に出ているステップを『スキップ』と呼んでよいのかどうかは分からないが。


「ルフったらもうあんなところにいるよ」


 傍らにいるタクヒは、そんなのんきな少年を眺めながら、自分達のはるか何メートルか先を歩く少女、ルフの姿を目で追いかけていた。

 ダウンヒルの街から未だ薄暗がりに包まれた道を歩き始めて早一時間。子供たちは現在、隣町であるスパイクヒルの街の外縁近くまでやって来ていた。


 「スパイクヒル」は元々、そこにあった海岸沿いの山を切り崩して造成した土地に築かれた街である。漁業のほか海運業や工業も盛んなのか、高台の公園から見渡せばその海岸に色とりどりのコンテナボックスが整然と並んでいるのが一望できる、そんな街である。高低差が激しいのが良くも悪くも特徴で、急な斜面やひな壇状の地形からにょきにょきと天へと伸びた高層ビル群は海側から眺めればその街の名の通り、びっしり並んだスパイクの様だとよくいわれている。


 彼ら3人が地元のダウンヒルではなくこのスパイクヒルにわざわざ足を運んでいるのには理由がある。

 多くの住人が中~低所得層であるダウンヒルに比較すると、スパイクヒルで請け負う仕事の方が金払いが良いのである。

 最低限の売り上げの保障は期待出来るが……。

 ふと、おおよそロウティーンらしからぬ算盤勘定を無言でしていたタクヒに、ある疑問が浮かびあがった。


「あ、嘉一。ちょっと気になったんだけどよ」

「ん~? なあに?」

「あの公衆電話……」


 そう疑問を口に上らせようとした矢先……


「あんたら、なにしてんの……」


 先を行っていたルフの、地を這うような低い声が何故か二人の背後から響き、思わずタクヒと嘉一はビクリと身体を固まらせた。

 ビクビクと恐ろしいものを見るかのように振り向けば、幼い顔に今にも爆発させんばかり怒りの表情をたたえたルフが仁王立ちで立っていた。


「あれ……、ルフ……前の方を歩いてたんじゃ……」

「あんたらの目は節穴!? よく見なさいよ。アレどう見てもおっさんじゃない!」


 ルフの指差した先には、朝霧のせいで多少霞がかかっているが、何かの塊のような影が見受けられた。

 知らず知らずのうちにルフの姿をきちんと確認せず、前を行く人影をルフと勘違いして付いて行きかけたらしい。


 いや、考え事を優先していた自分自身はともかく、何故かなにがしかに集中していた素振りなどまるで無かった嘉一までが同じ様になっているのか、と言いようのない疑問も胸中に生まれたりしたが、タクヒはそれを口から出すことなく胸に押し込んだ。

 影の主は見ず知らずの子供に突然指を差されるマナー違反に怒っているのか、それとも“おっさん”という単語に過敏に反応するお年頃だったのか「誰がおっさんだ! 聞こえてるぞ!!」などと抗議の声を発しているようだが、ルフが気にかける様子はかけらもない。


「大体、嘉一もタクヒもマイペース過ぎ! 電話鳴っても気付かないし……」

「ちょっとストップ!」


 ルフの口から平素より溜まっていた同居人への不満が流れ出したが、話題の中に先程の疑問が再浮上してきたことでタクヒは待ったをかけた。


「なによ」

「今朝、滅茶苦茶鳴ってたのは……どう見ても公衆電話だよな」

「ああ、“間借り”している」

「うぉーい!? ちょっと待てぇ!」

「じゃあ、“お借り”している」

「同じことだー!!」


 ルフは、どころか嘉一までもが造作もなく悪びれもせず、まるで菓子のつまみ食いを告白するかのように言い放った。借りている云々のような細かい言いまわしはさほどの問題ではない。

 最大の問題点はその使用方法であった。

 元々公衆電話にも実は一台一台に電話番号が設定されている。ルフ達は現在社会的にも経済的にも固定回線の電話をもてない生活状況である。

 そんな中で糊口をしのぐためにも金を稼ごうとすれば、仕事を請け負う際に結局のところ通信手段が要り用になる。依頼の受諾もままならない、矛盾した状況を打破したのは「公衆電話の無断私用」だった、というわけなのであった。


 ただ、公衆電話だって世のため人のために存在するものだがそれは“公衆”のためであり、こういうために使われるのは公衆電話だって不本意、いや想定外だっただろう。


「まぁまぁ、そんなピリピリしないの」

「あんまり気にしていると、禿げちゃうよ~」


 まだ夜明けからそう経ってもいない朝っぱから、スパイクヒルの路上にタクヒの「道徳の授業」リサイタルが響き渡り、ただただタクヒ一人だけが仕事内容もまだ知らぬうちから、疲れを覚えてしまう破目となった。




 いつの間に眠っていたのだろうか……

 窓の外からはきゃあきゃあとした子供たちのはしゃぐ声がかすかに聞こえてくる。目が覚めた青年は、卓上の時計を確認する。もう朝の7時だ。どうやらワーク中に体力が尽きたのか、彼は机でパソコンとにらめっこしている姿勢を崩した状態で居眠りをしていたらしい。


「ん。……もうこんな時間か」


長時間のデスクワークで凝り固まった肩を2~3度大きく回し、続いて指先で目頭を柔らかくほぐしてやる。それだけでも彼の体感する疲労感は少し軽くなった。


 青年の名は葵。

 中性的な顔立ちをしているとよく評され、その面差しに釣り合った細身の体格をしている。デスクワーク歴の長さのせいか少し青白いほどの薄い色の肌と、その年齢にそぐわない白髪も相まってか、特にめかしこんだ格好をせずとも外を出歩けば目立つ男である。

 同居人にはかつて「女に不自由する辛さとは縁が薄いだろう」と悔しそうに言われたこともあったが、しかし心身共に引きこもりがち、プラス現在はある理由から女性という存在に距離を取りがちになって久しいため、すぐれた容姿のである自覚も薄いが、その恩恵を実感したこともまたありがたいと思ったことも少ない。


 葵は軽く伸びをしながら、開け放したままスリープモードになっていたラップトップを閉じ、立ち上がった。

 背中の真ん中ほどまで伸びた長い髪を手早くひとつに結いながら、今日一日のタイムテーブルを頭の中で構成する。仕事部屋の扉へ向かいながら、ふと葵はひとつの事に気がついた。


「そういえば、まだ帰ってこないのか……」


 その頭脳中のタイムテーブルでもやたらに長時間関わるために割くだろう、と予測して組み込まれている、上の階に住まう人物がどうやらまだ帰ってきていない事を思い出したのだ。

 上階の騒々しさが消えて早や4日。


 この街ダウンヒルでは『失踪』なんて良くあることだが、住人本人の意思はどうあれ、この葵という男は自身が関わってしまった“知人”が消えるのはなんとも寝覚めが悪くていただけないようだ。


 (日ごろの印象から、殺しても死ななさそうな男だと思ってはいたが、まさか危機が迫っているのか、ならばそろそろ警察に届けた方がいいのだろうか、よからぬ悪巧みの激流に飲み込まれているのではないか、もしかしたら今頃は


・内臓を売り飛ばされている

・魚のえさになっている

・銃の試し撃ちになっている

・なにかの人柱にされている


の、どれか引き当てているかもしれない、何を引き当てているか預かり知らないことだが気にはなる、それならばあみだくじで占ってみるとか、しかしもし死体になって帰ってきたら本人確認は誰がするんだろうか?自分か?いや違うか?)


 彼は一応、心配はしているのだ。物事を心配しているうちにあらゆるファクターをより悪い方悪い方に考えるのは葵の悪い癖である、と過去何人かにも指摘を受けている。


 (とりあえず……昼までは待ってみるか……)


 ただし、この間数秒。

 彼は一応、心配は、している。

 夜中からすっかり放置して死んだように不味くなったコーヒーを飲みほし、居眠りのせいで途中となっていた仕事の最後の仕上げをするために、葵は机から立ち上がった。

 仕事部屋のドアを開け、廊下に出る。

 いつもと同じ、いつもの動作だ。


 ごつっ。


 いつもと違うところは、いきなり何かを蹴飛ばしたこと、くらいだ。

 室内履き越しの爪先に残る、生温い温度を発するボールの様な、硬い様で柔らかい様な…何とも形容のし辛い感触に、葵は目線を己の足元へと降ろした。


 そこには何日分かの無精ひげを生やし、眼の下に隈をこさえた上階の住人が、まるで海岸に打ち上げられたクラゲのように、だらしなく床の上に転がっていた。

 幸いというか当然というか、頭と胴体がサヨウナラしていたなどという惨状ではないし、死んでもいない。


「……捨て置くぞ」


 葵は、本日一本目のため息を吐いたのだった。

 先程までの話だが、彼は一応、心配は、していた。




「ところでさ、ルフ」

「んー、何?」

「僕らはどこに向かっているの?」


 上機嫌で3人組の先頭を歩くルフの背中に、嘉一は至極まっとうな質問を投げかけた。彼らのいる場所も少し変わり、生活雑貨や食品などの、普段の生活に密着した物品の販売店がちらほらと見えるエリアまでやって来ている。

 上々気分で鼻歌を歌っていたルフはしばらく考えたのち、にっこりと明るい笑みを浮かべながらこう言った。


「着いてからのお楽しみってことで」

「「良くない!!」」


 少年達は即座に彼女の返答を撃ち落とした。


「『可愛い犬の散歩』で ドーベルマンは無いと思う!」

「このままの流れだと、マグロ拾いとかになりかねねーんだよ!」

「今日は大丈夫!……って、信じてないわね、あんたたち…」


 過去の様々なバリエーションに彩られた依頼の数々は、たいていルフの“少女らしい可愛らしい形容”による修飾の果てに『聞いていたのと違う!!』という悲鳴をほぼ毎回タクヒおよび嘉一から吐き出させており、彼らに確実にトラウマを刻み続け増やしているのだ。

 嘉一とタクヒの恨み節から話をそらす…もとい、気持ちを切り替えさせるため、ルフはあることを思いついた。

 ぽん!と、ルフが振り向きざまに両手を合わせた音が鳴る。


「じゃあヒント!」


 出してきたのはなぞなぞだった。


「おいしくて

 みんな大好き

 不思議な円盤

 な~んだ?」


 ………


「「フリスビー屋!」」

「よし、帰れ。」


 この間、一秒。

 この年頃の男児の特徴なのだと言うべきか、それともこの二人の元々持っている資質なのか、全くもってこの異口同音の回答に彼らが頭を使った様子は見受けられない。


「二人ともハズレ。正解は……」


 急に早歩きになったルフはある建物の入り口で立ち止まり、くるりと二人の方向へと向き直った。

 そしてみずからの頭上にぶら下がっていた看板を指で指し示した。彼女が示したその先にあるものは……具材の乗った円盤型でおなじみな食べ物をかたどった看板だった。

 そこに書き込まれている店名はこうだ。


『Speed Pizza』


「ピザ屋さんでした!」


 にひっ、といたずら好きな一面が垣間見えるような笑顔を添えてルフは言った。


「……クイズにしてはイマイチだな……」

「そうだね」

「駄目出しか、あんたら」


 ルフの抗議から逃れるため、クイズの正解にかすりもしない誤答をしたのを棚に上げて、タクヒと嘉一はそそくさと店舗に入って行くのであった。

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