表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
VRMMOFPS  作者: 細川 晃
5/5

超大規模遭遇戦Ⅱ 土と鉄の雨

 遠征軍後方五〇〇Mの位置に鋼鉄の装甲が張り付けられた六頭立ての馬車があり、その周りに数十名ほどの全身鎧に身を包んだ重装備の兵が取り囲んでいた。

 その若干後方に高さ一〇M程の簡素な木製やぐらが建てられ、そこには三名の通信兵がランプのような器具を持ってやぐらの上部に立っていた。

通信兵はランプのような器具でヤースル符号(ランプの光を板で遮ったりしながら点滅させ伝達する)を使って通信を繰り返していた。

「元帥閣下、相手が速やかにここから撤退するようにと、幾度となく声明を発しています」

「一切無視だ! 前進を続けろ! ――えぇい、皇帝陛下からの命令はまだなのか!」

 元帥と呼ばれた男は金や宝石でごたごたと装飾された鎧を着込み他数名の通信兵と思われる男と馬車の中に居た。

 そこに一人の通信兵が走り書きの書かれた紙を握り馬車へと走ってきた。

「報告します。皇帝陛下から元帥閣下に勅命が下りました。街へと進軍し、街の学者を生け捕りにせよ、余裕が有れば武器を持ち帰れ。とのことです」

「うむ、そうか、下がってよいぞ。全軍に伝達、敵に砲弾と矢の雨を浴びせよ! そののちに二から五の歩兵部隊は突撃せよ」

 指示を出すと、そばに仕えていた通信兵が馬車の外に出てやぐらに向けて通信を行った。

 やぐらの踊り場の通信兵はそれをキャッチし、弓兵や歩兵、投石器の各部隊に所属している通信兵に向け光を点滅させ、通信を行った。

 投石器にはすでに砲弾がセットされ、斧を担いだ屈強な兵士が斧を振りおろし、ストッパーの役割を持った綱を断ち切った。風を切る音と共に砲弾が射出された、砲弾は綺麗な孤を描いて敵陣地に着弾し爆発した。

 弓兵は木製の枠と麻をより合わせた弦を持つ弓に鉄鏃が付いた矢をつがえた。

「放て!」

 一万人の弓兵が一斉に斜め上を向き、矢を放った。

 敵地から距離が離れているため、必中は望めないがそこは数でカバーしていた。本当の雨のように矢が降り注ぎ、地面が針山へと変わっていく。


「くそ! 本当に矢を放ってきやがった」

 トヨイズミは塹壕の影に身を小さくして隠れ、何とかやり過ごしていた。

 再び塹壕に爆音が響いた。投石器から射出された砲弾が周囲に次々とばら撒かれ、その内いくつかはトーチカの側面や頂点に直撃した。

 プレイヤーが土けむりと共に宙を舞い、死亡した。プレイヤーの死体は数秒すると消え、セントラル・シティの各クランでリスポーンし、クランに加入していないプレイヤーはランダムにセントラル・シティ内でリスポーンした。

 リスポーン地点が遠いため、最前線に到着するまでに時間が掛り、僅かずつではあるが確実にプレイヤー側の戦力は削られて行く。

だが、幾たびの危機を乗り切ってきた古参プレイヤー達が、唯指をくわえて味方がやられていくのを見ていた訳ではない。

 百の砲弾と万の矢が放たれれば、こちらは返しとばかりに千の一五五mm榴弾砲と、千の五〇キャル、万の小銃が一斉に火を噴いた。

 その現代兵器がもたらす圧倒的火力と数の暴力は地上を瞬く間薙ぎ払う。

 相手は見事なまでの密集体型をとっていたため、銃弾砲弾は目をつむっても当てることができた。現代兵器に対し密集体型をとり、無謀な特攻を繰り返した切り込みである騎兵隊、歩兵部隊の損害は致命的なレベルを軽く超え、小銃のマガジンを撃ち切るころには殲滅されていた。


 その時、一人の忍者が忍刀を片手に塹壕から飛び出した。

 忍者は血と土煙に煙る戦場を一直線に駆け抜けると、後方に陣取っていたため銃弾による被害の少なかった第二歩兵部隊のどてっぱらに食らいついた。触れただけで即死判定となる凶悪な威力を誇る忍刀が幾度となく振るわれ、鎧の隙間に次々と突き入れた。動きに一切の無駄は無く、洗練され、流れるように次の動きへと転じていく、その練度の高さに遥か後方の塹壕から歓声が上がった。影丸はそれを一身に受け忍刀を振るった。

 剣士が繰り出す剣を完全に見切り、鈍重な鈍器は体をひねるだけと最少の動作で避け、槍兵の槍捌きは忍刀で軽くいなして見せた。

 影丸が一〇〇、二〇〇、三〇〇と敵兵を打ち取ったため、第二歩兵部隊の隊列は完全に崩壊し、進軍の命令を下せる状況ではなかった。

 影丸は次へ次へと進んでいった。一振りするたびに赤い血しぶきが影丸を彩った。右に左にと避け続ける。腰にいわえ付けられた道具袋からクナイを三本取り出し、一斉に投擲した。三本のクナイは理想的な道程をたどり、敵兵の鎧の隙間がある喉元に吸い込まれた。

 影丸はさらに突き進む、敵部隊の将と思わる豪奢な鎧を着込んだ者は優先的に切り伏した。途中ミスを犯し、背を鉄剣で撫でられ、視界が朱に染まった。

 影丸は自身の集中力が尽きかけていることを自覚した。息が切れている訳ではないのだが、足が震え、視界がくらむ、忍び装束が肌に吸い付いて気持ち悪かった。

 それでも影丸はその状態からさらに敵部隊の将らしき人物を三人、雑兵を二〇〇程持っていき、影丸はふと動きを止め、手の中の忍刀をみた。ちょうど真ん中あたりから刀身が折れその先が無かった。影丸は動きを完全に止め、ただ茫然と立ち尽くしていた。その姿にほんの数瞬前まであった、修羅にも勝る気迫は一切なく。影丸はただ立ち尽くし、じっと消えた刀身を見つめ続けていた。

 その隙を逃すわけもなく、一人の槍兵が短槍を影丸の腹に突き立て、一人の剣士が背中を切りつけた。それを影丸は他人事のように静観し、周囲を見回した。自分の前方数メートルの位置に一際豪奢な鎧と青いマントで身を包んだ男が居た。男はひどくおびえた顔をしていて、唇が青い。

 力を失う体と真っ赤に染まる視界の中、影丸は懐に腕を突っ込み三本のピンを引き抜き、力なく放り投げた。三つの手榴弾は前方へ数メートル転がると間もなくして爆発した。

 これは高等テクニック、置き土産である。死ぬ一歩手前で手榴弾を残し最後の悪あがきをするというものだ。熟練したRWWプレイヤーでも中々する事のできないことである。

 最終的に影丸は死傷者を含め約六〇〇の損害を一人で、しかも銃器を使わずに与えたのだった。

 第二歩兵総部隊長は爆死、通信兵は全員殺され、兵を百人単位でまとめる部隊長も数多く殺された。 第二歩兵部隊の命令系統は完全に叩き潰され、士気も地に落ち部隊を再編制し直さなければ使い物にならない状態になった。


セントラル・シティ 上空


『B-52部隊に通達。指定したポイントから爆撃を行ってください』

 ウィスパーが終了すると、機体の現在の位置と指定ポイントにアイコンのついたマップが目の前に表示された。KOKUはそのマップを視界の隅に追いやった。

「やぼーる、やぼーる!」

KOKUは通信を返すと、計九機の《ボルボックス》所属のB-52を引き連れてサイド・シティ東外縁部へと向かった。その後に続くようにして空を黒く塗りつぶさんばかりのB-52が続いた。

「HAKU、HAKU! すごいよ、こんなにたくさんのB-52を見たのは初めてだ!」

KOKUは都市対抗戦でも見る事のできないようなB-52の大編隊に興奮していた。

「私はF-15に乗りたかった……」

 HAKUはKOKUのすぐ左後ろについて飛びながらそんなことをぼやいた。

「よーし、お前ら、俺の後ろについてこい。地上をローストしに行くぞ!」

「……KOKU、お腹すいた」

「よし、これは後で焼き肉だな! はははっ」

「……私は牛が良い」

『HAHAHAHAHA』

 それを聞いていた《ボルボックス》メンバーがどっと笑った。少し遅れて意味を理解したメンバーも苦笑した。

HAKU達ブルジョワ部隊はまるで遠足に行くかのようなテンションで鼻歌交じりに、指定ポイントに向かって行った。

 KOKUは視界の右端にあるマップを幾度となく見て、指定ポイントを確認した。

「――ここだ」

 投下ボタンを押した。

 全長48.5M、雲の上を16000Km航続可能な空の化け物はRWW仕様により88発の500ポンド爆弾が満載されている。

 ボタン一つで開いた胴体のハッチから500ポンド爆弾が投下された。


「みんな伏せろ! 伏せるんだ!」

 声を聞いた周囲のプレイヤーや、一度でもRWWの爆撃を経験したことのあるプレイヤーは条件反射で塹壕に体を隠した。

 まるでプロペラ機が制御を失い落下してくるような音だった。周囲がみな隠れ、自分だけ銃を撃っているのに気が付いた初心者プレイヤーも慌てて隠れた。

 閃光、爆音そして衝撃波。塹壕に身を隠したプレイヤーにそれが何百回、何千回と繰り返し襲った。大量の土と砂利の粉塵が巻き上げられ、塹壕もろともプレイヤーたちを埋めていった。いたる所で悲鳴が上がったが、爆発によって気付いた時には消え去っていた。

「終わったみたいだ、みんな顔を上げろ」

「うわ、ひでーや。地面がボコボコだぞ」

「朝のナパームは格別だ フヒヒ」

「ナパームじゃねえけどな……」

「お前等、何ぼさっとしてやがる、敵が突っ込んで来たぞ! 撃ちまくれ! 持ち玉は撃ち尽くしてから死ね!」

 数万発の500ポンド爆弾を落とされながら帝国遠征軍は突撃をやめなかった。十数万の肉の壁がサイド・シティへと迫った。

 プレイヤーは塹壕から体を出し一斉に銃撃を始めた。その銃のどれもがM60やM240等の軽機関銃だった。毎秒数千発の銃弾が消費され、塹壕が空薬莢であふれ返った。

 そこに地上は自走迫撃砲から、上空はAC-130から迫撃砲が放たれた。さらに後方の200mm砲も黙ってはいない。どことなく大艦巨砲主義の残り香が有る対要塞砲が火を噴いた。実はこれがこの大砲の実戦初使用だった。

 それでも肉の壁は止まる事は無く、骸を踏みつけ道を作ってただひたすら突撃し続けた。


 クフィは設置されたM2を一心不乱に撃ち続けていた。狙いは正確で大変落ち着いていた。M2が発射する過激な50口径の徹甲弾は歩兵が身に着けた鎧だろうが、分厚い盾だろうが関係なく貫通した。頭に当たろうものなら首から上が跡形もなく吹きとんだ。

「ミューデ、弾」「はい、これです」

 二人の息はよく合っていた。クフィが必要となることをミューデは事前に準備していた。弾が撃ち尽くされる数秒前にはすでに変えの弾倉を用意し、撃ちすぎによるRWWの仕様でM2の消耗度が上がり、ジャムや命中精度が落ちた時でも変えの新しいバレルを用意していたくらいだ。

「クフィさん、もう残弾が二〇〇しかありません」

「引き上げ時か、弾を撃ち尽くしたらセントラル・シティまで下がろう。この様子だと後退命令が出るかもしれない」

 爆撃前に比べて散発的になったが、矢と砲弾は休むことなく降り続いていた。

 その時だった。一発の砲弾が《ボルボックス》メンバーのいる付近に直撃した。視界右上にクランメンバーが死亡したことを知らせるアイコンが六つ表示された。そこにはトヨイズミの名前があった。


 死亡したプレイヤーはセントラル・シティの各クランホームでリスポーンした。

「くそ、やられた」

 トヨイズミは悔しそうに毒づきながら、周囲を見渡した。《ボルボックス》ホーム地下一階ブルちゃんズに勝利した事を祝して祝賀会を開いた場所だ。

 宴会の後、立て続けに事が起きたため、食事や空き瓶がそのまま放置されていた。

「トヨイズミ殿もやられたようでござるな」

「あいつら数が多すぎて、溶かしきれないお フヒヒ」

 影丸、ピッグマンなど特攻部隊のほとんどが砲弾の爆発の餌食になったことを知ったトヨイズミは深いため息を付いた。

「こりゃあ、すでに戦線が瓦解してそうだな」

「すでに戦線が維持できなくなりつつあるようでござる、これを見て下され」

 影丸がトヨイズミに見せたマップには、サイド・シティ東外縁部から半径三Kmの様子がリアルタイムで映し出され、201都市プレイヤーが緑、遠征軍が赤の点で表示されていた。

 扇状になってサイド・シティを死守するプレイヤーの緑アイコンに比べ、遠征軍の赤が数十倍の数になっていた。マップ上を赤いアイコンの波が、戦線という緑の防波堤に押し寄せているようにも見えた。

 すると、マップを高速で移動する無数の緑のアイコンが現れた、それは爆弾を満載したB-52閃絡爆撃機であった。無数のB-52はサイド・シティ付近で移動速度を落とし横に長い隊列を組むと、一斉に爆弾を投下した。

 遠征軍に二回目の絨毯爆撃を浴びせかけた。B-52のアイコンが通った後にはアイコンの表示が無かった。

 

「閣下、第二から第五、第七から第十五歩兵部隊所属の通信兵との連絡が途絶。第六歩兵部隊所属の通信兵によると、半数以上の部隊が五割以上の損害を受け、部隊としての機能を完全に失っているようです」

「――まだだ、ただでは帰らん。支援部隊による長距離攻撃の後、第一歩兵部隊を除く残存する全歩兵部隊で突撃しろ!」

「閣下、弓兵部隊並びに投石器部隊はすでに空から落とされた砲弾によって壊滅寸前です。――ここは退却を進言します」

「退却? 退却だと、貴様、いっかいの通信兵風情が元帥であるこの私に口答えするのか!

貴様はさっさと全軍に突撃命令を出せ!」

「……了解しました」

 遠征軍総司令官であるこの男は顔を真赤にし、目を血走らせて通信兵に命令をだした。自身の常識が全く通用せず、軍に多大な損害を出したが、相手の部隊も確実にダメージが通っていると元帥は考えた。その証明として、遠征軍の部隊はあと少しで、敵の戦線を突破しようとしているからだ、つまりそれは兵士の数が減ってきていることを現している、と言うのだ。

「何としても敵戦線の中央を突破し、敵を包囲殲滅しろ!」

 元帥の命令は素早く実行された。動員された部隊は第六、第十六から第二十部隊の計六部隊、兵数にして五万強であった。

 最後の力を結集させた遠征軍はひびの入った戦線という大門に、今にも壊れそうな破城槌を叩きつけた。


上空五〇〇Mを一機のガンシップが航行していた。

「あ、高そうな馬車発見……」

 KOKUと共に、HAKUはAC-130に搭乗していた。HAKUは機体に搭載されたイコライザーと呼ばれる25mmのガトリング砲を一秒間斉射した。その間に発射された25mm砲弾は六〇に上った。上空五〇〇Mから馬車に向かって砲弾が雨のように降りしきる。

 馬車に取り付けられた約20mmの鉄板など、ガトリング砲に前には無に等しかった。命中した三〇発の砲弾が馬車を一瞬にして、細かく砕けた木材と鉄くずへと変えた。

「もー、HAKUー、撃ちすぎだよー」

「――快感」

「……じゃあ俺も、ポチッとな」

 KOKUは破壊した馬車の隣に建てられた櫓状の建物に向かって40mm機関銃を一発放った。砲弾は建造物の根本に着弾し柱を吹き飛ばした、バランスを崩した櫓は木が軋む音と共に馬車の残骸の上に横倒しとなった。

「今の俺たちの任務はサボタージュじゃなくて、偵察なんだから、もう撃っちゃダメだぞ」

「あなただって撃った……」

「それはKAKUが先に撃つからだろ」

「でも撃った」

「うー、HAKUなんて嫌い! ご飯抜き!」

「! KOKUなんて大嫌い 明日からクラン抜ける」

「う、い、良いもん。HAKUが居なくっても、べ、別に平気だし」

 AC-130の飛行高度が、だんだんと下がってきた。だが二人とも気が付くことは無かった。機体の高度低下はさらに続いた。

 それを生き残った最後の遠征軍投石器が狙っていた。警報が鳴った時、二人は気が付いたが、すでに遅かった。投石器の砲弾が機体にクリーンヒット。

機体は制御を失い、墜落を始めた。

「HAKU!」

 KOKUは隣の座席で硬直している、HAKUを抱きかかえた。けたたましい警報音と落下を続ける機体。KOKUはHAKUを抱えハッチから大空へと飛び出した。

「HAKU! パラシュートを早く開くいんだ!」

 ブルジョワ部隊の全員が着ているジャケットはパラシュート付きで、ポケットの中のヒモを強く引くとパラシュートが開く仕組みになっている。

 二人は無事に開いたパラシュートを操り、サイド・シティ方面に向かって風を捉えた。

「あなたのおかげで死なずにすんだ……でも、あそこまで必死にならなくても……リスポーンすれば――」

 HAKUはばつが悪そうに、うつむきかげんでKOKUに話しかけた。するとKOKUは自然な笑顔で、

「VRでだって君が死ぬところを見たくない、ましてや置き去りになんて絶対にしない。あの時、リアルでもアンリアルでも俺が君を絶対に守るって決めただろ」

「――××」

 KAKUの呟きはKOKUには聞こえなかった。


 一目で将兵と解る立派な鎧を着込んだ、二十代に届くかと言う若い男が、約四〇〇〇名の兵士を引き連れ戦場から後方へ離脱し、砲弾も届かない木々の生い茂る森に隠れていた。

これは敵前逃亡ではない。通常ならば、彼らの隊は絨毯爆撃によって三割以上の被害を出し全滅判定が出たのだが、それでも怯むことなく蛮勇とも言える一斉突撃を行った。

 結果は悲惨なもので、突撃からものの数秒でさらに三割、隊は爆撃を合わせると六〇〇〇以上の犠牲をだした。撤退することを決断するのに少しでも迷っていたら隊は完全に殲滅させられていただろう。

 その隊の将は通信兵から伝えられた命令を聞き唖然とした。

「突撃? 突撃だと! ふざけるな! ここは即刻退却すべきだ、入隊したての新兵にだって解る。もう一度確認するんだ!」

 第六歩兵総部隊長アルト・ハイゼン伯爵は通信兵を通して下された元帥の命令に耳を疑った。普段は温厚な伯爵も、この時ばかりは声を荒げた。通信兵の両肩を掴み、確認するようにと強い口調で命令した。通信兵が伯爵の気迫に負け確認のための通信を行なおうとした時だ。

 金属を石うすで無理やりすり潰したような、とても耳障りな音と共に、元帥が居るであろう隊の後方から土煙が天高く巻き上げられ、続いて二回目の爆音と共に通信の中枢ともいうべき櫓が横に倒れた。

「なんてことだ……」

 元帥の死を直感したアルト伯爵は額に手を当て思わず空を仰ぐと、遥か上空に巨大な鳥のような影を見た。

「――? 様子がおかしい」

 鳥の影が急激な速さで大きくなり始めた。それが、降下してきているのだと解ったアルト伯爵は声を荒げ、何とか無傷の状態を保っていた三機の投石器であの鳥を撃ち落とす様に命じた。

 ますます地面に近づいてきた鳥にめがけて放たれた砲弾の一発が見事胴体部に直撃、鳥は空中でバランスを失い森へと墜落した。

 部隊からは歓声が大きく上がり、アルト伯爵は太った鳥の落ちた方向に部隊を進めた。


「くそ! はなせ! ミューデ!」

「クフィさん!」

 クフィとミューデは銃弾の雨をかえくぐり、トーチカになだれ込んできた帝国兵に四人がかりで地面に組み伏せられていた。手榴弾で自分ごと吹き飛し、拠点に戻りたいのだが、四人がそれを許さず、クフィは完全に手詰まり状態だった。

 ウィスパーでは先ほどからうるさい位に後退命令が繰り返されている。どうやら第一防衛ラインを放棄し、体勢を立て直すようだ。何時もは淡々とした通信係の彼女の声が、なぜかクフィには鬼気迫ったように感じられた。

クフィも先ほどから何度もトヨイズミに向けて通信を試みているのだが、なぜか通信がつながることは無かった。

 愛銃であるM4も取り上げられ、後ろ手できつく拘束された小柄な二人は、帝国兵の肩にうつぶせの状態で担がれていた。

クフィはただ段々と遠くなる201都市を眺める事しかできなかった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ