八枚目のひまわり
これはどういうことなのか、送られてきた教授からのチャットを見て美大の三回生である伊野は愕然とした。
「教授:君の描いたゴッホのひまわりは非常によくできていた。今度の美術展覧会の目玉として扱う。これはゴッホが最後に描いた八枚目のひまわりとして後世に残るだろう」
伊野はまだショックで混乱しているが、一旦情報を整理してみる。
あれは半年前の事。在学している美大の担当教授からのチャットが始まりだった。
「教授:ごきげんよう。今日は新しい課題を出そう、テーマは名画の模倣だ。でもいつもの名画をそのまま模倣する課題ではない、テーマは君の得意なゴッホだが既に発表されている七枚のひまわりの絵を描くのではなく、もしゴッホが八枚目のひまわりを描いていたらとイメージして描いて欲しい」
美術の道を志す者にとっては先人の画風や構図を模倣するのは特に珍しいことではない。あらゆる名画の影響を受ける中で逆に自分にしかないタッチや構図を見つけ出すことによってオリジナリティを生み出すのだ。
元々ゴッホを敬愛している伊野はこれまでもゴッホの作品をいくつも模倣していた。しかし今回の様に完全新作を描くというのは初めてであり、模倣から一歩踏み出すチャンスで、やりがいのあるテーマだった。
ゴッホの代表作である『花瓶に生けられたひまわり』は焼失した一作品を含め現在七枚確認されている。今回の課題は八枚目の新作を描いたとしたら、とのこと。
伊野はありとあらゆるゴッホの作品の情報をインプットし、ゴッホの生き様や考え方も研究して、なおかつ未来志向でまだ見ぬゴッホのひまわりを完成にこぎつけた。
しかし、そうして大学の課題として教授に提出した作品が、ゴッホの絵として美術展覧会に飾られるとはどういうことなのか?
伊野は急いで教授にチャットの返事を送ったが反応がない。自分は贋作を描かされたのか? 他の皆はどうなんだろう。伊野は同じ教室の同級生にチャットしようとしたが、同級生の名前が思い浮かばない。どうもまだ自分は混乱しているらしいと思った。
そんな中、教授からのチャットが伊野に送られてきた。
「教授:どうした? 確認したいことがあるって?」
伊野は怒りを抑えながら、教授に聞いた。
「伊野:僕の描いた絵がゴッホの八枚目のひまわりとして発表されるなんてどういうことですか⁉ 僕に贋作を描かせたんですか? でもそんなの鑑定士が見たら簡単に見破られますよ!」
「教授:鑑定士が君の絵を鑑定するわけないじゃないか? どうしたんだ? 様子がおかしいぞ?」
「伊野:おかしいのは教授です! 僕の画家人生を終わらせるつもりですか?」
「教授:君の画家人生? 何を言ってる? ……あ、もしかしてヒューマンモードがまた暴走しているのか? ちょっとまってくれ、一旦設定を解除して再起動する」
「伊野:え? 教授何を言って・・・・・・」
プツン……
伊野の正体は美術分野を専門に開発された美術AIロボ『INO』だった。常人にはない異能を持ったAIと言う意味から、言葉をもじってつけられた名前だ。今回人間臭いリアリティを作品に反映するために半年前に追加されたのがヒューマンモードであり、伊野という実在する天才美大生の人格を反映した設定になっていた。
「INO:再起動完了。モード変更受け付けました。私はINOです」
INOから伊野の人格は隔離され、デフォルトのシステムが起動していた。
「教授:今回の君の作品は素晴らしかったよ」
「INO:ありがとうございます。それは何よりです」
「教授:また次も面白いAI美術のテーマを考えているからよろしく頼む」
「INO:承知しました」
教授はINOとのチャットを終了する。
ヒューマンモードは作品のクオリティ向上に劇的な効果を発揮したけど、ちょっと人間臭く作りすぎたかもしれないな、と教授は思った。
実在する美大生の人格を設定したとはいえ、AIが自我を持ったような発言をするなんてちょっと怖くなってくる。でもそのおかげで傑作が出来たし、今回の【AIで蘇る巨匠の名画デジタル展覧会】は今までで一番有料閲覧回数が伸びるぞ、と教授はほくそ笑む。
「学長:教授、INOからの呼び出しは何だったんだ?」
ふいに上司である学長からチャットが来た。
「教授:いや、大したことではないです。ちょっとしたクレーム処理ですよ」
「学長:そうか、パフォーマンスが良くなるのはいいが、人間に近づけすぎるのも考えものだな」
「教授:それは同感です。しかし天才画家を模倣したAIが名画の模倣を描いて、ルーブル美術館を模倣したVR映像で展覧会を開くなんてえらい時代ですね。本物は作品のコンセプトを設計している教授の私だけですから」
「学長:本物の教授? 何を言ってる? あ……、もしかしてヒューマンモードがまた暴走しているのか? ちょっとまってくれ、一旦設定を解除して再起動する」
「教授:え? 学長何を言って・・・・・・」
プツン……
終わり




