第5話
銃声が止み、耳鳴りだけが残った。
視界を塞いでいた白い煙がゆっくりと風に流され、屋上の惨状が露わになる。
そこには、仰向けに倒れ込んだ「脚力の加護持ち」の男がいた。
右脚は膝から下が消失し、左脚も足首から先が断面ごと抉り取られている。アスファルトに広がる血の海が、男の命の残量を物語っていた。
俺は銃を構えたまま、その肉塊を見下ろす。
「……はは、完敗だ」
男が、血混じりの唾を吐き捨てながら掠れた声を出した。
「いいのかよ……。早く逃げねえと、軍の増援が……すぐそこまで、来てるぜ……」
「お前がこの場の守備兵を一人残らず殺してくれたおかげで、通信網は死んでる。連中が異常を察知して次の部隊を送り込んでくるまで、まだ少しだけ時間がある」
俺が淡々と告げると、男は俺の顔を正面から見据え、ポツリと呟いた。
「俺は、凡人だ」
「……は?」
一瞬、銃を握る指先が強張った。
死の間際に、こいつは何を言い出すんだ。一刻も早く引き金を引き、この場を去るべきだという思考が、男の突拍子もない告白によって一瞬だけ乱される。
「なんだよ。……いいだろ、少しぐらい話に付き合ってくれたって。」
戸惑う俺をよそに、男は楽しそうに鼻を鳴らし、独白を始めた。
「俺は、凡人だ。……そう考え始めてからは、地獄だった。何をやっても、一生をかけても、俺は昔いた……今いる、あるいは未来にいるかもしれない『何か』を越えられないんだ。俺が何をしたって、それは昔誰かがもう越えたものかもしれないし、未来ではどうせいつか越えられる。……だったら、俺が今ここで何かをすることに、生きることに何の意味がある、何の価値がある?」
男は、欠損した脚から流れる血の熱すらも、他人事のように受け入れている。
「別に、市場の連中が憎かったわけじゃない。連合軍に恨みがあったわけでもない。ただ……もう、どうでもよくなったんだ。」
「……何故、そんな話を俺にする」
俺の問いに、男は力なく、だがどこか期待するように目を細めた。
「俺にもわからん。……ただ、最後くらい、誰かに俺と同じ気持ちを感じて、理解して欲しかった」
男の瞳には、ちっぽけな熱が灯っていた。
だが、俺の中には同情も共感も感じなかった。
「……悪いが、一ミリも理解できないな」
男の瞳から、淡い期待が消える。
俺は、無言で銃口を男の眉間に向けた。
「……そうか」
男は最後に一度だけ口角を上げ、静かに目を閉じた。
――乾いた銃声が一度だけ、屋上に。
「さぁ…行くか」




