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喉元に突きつけられた冷たい切っ先。リュミエールの瞳は本気だった。青い炎のような殺気が、私の肌を刺す。
「答えろ。……見たのか?」
「み、見てない! 何も見てないわよ! ただ、あんたが一人でファッションショーしてるなーって!」
「それを『見た』と言うんだ!」
リュミエールが剣を振り上げる。だめだ、殺される! 私はギュッと目を閉じて、最後っ屁の魔法を放とうと杖を握りしめた。
その時だ。
『――そこまでになさい、愚かな娘』
脳内に直接、氷水を浴びせられたような声が響いた。私はビクリと震えて目を開けた。リュミエールの動きが止まっている。いや、彼女だけじゃない。風に揺れる木々も、噴水の水しぶきも、ポッコの悲鳴も。世界そのものが、灰色に凍りついたように静止していた。
「こ、これは……時空凍結……!?」
「久しぶりですね、ノワール。家出などというふざけた真似をして、楽しんでいますか?」
私の足元の影が、ドロリと盛り上がった。漆黒の闇が人の形を成し、見慣れた、そして最も恐ろしいシルエットを形成する。女王オブシディアン。母様の影分身だ。
「ひいぃぃっ! 母様!? な、なんでここに!?」
「お前の魔力反応など、どこにいようと感知できます。……さて」
母様の影は、凍りついたリュミエールの方へと滑るように移動した。そして、はだけた胸元――さらしの隙間から微かに漏れ出る、虹色の光を見つめた。
「ほう……。間違いない。あれが『光の心臓』ですか」
「光の……心臓?」
「古の伝説にある、無限の魔力を生み出す生体機関。まさか、光の王家が代々、人間の体内に埋め込んで継承していたとはね」
母様の影が、リュミエールの胸に触れようとする。私はとっさに叫んだ。
「待って! 何する気!?」
「決まっているでしょう。このまま心臓を抉り出し、我が国へ持ち帰るのです」
「え……」
抉り出す? それって、つまり……。
「し、死んじゃうじゃない! この人はどうなるの!?」
「光の加護を失い、死ぬでしょうね。それが何か? 我が国にとって最大の脅威を排除し、最強の力を手に入れる。一石二鳥です」
母様の影から、ドス黒い魔力の手が伸びる。リュミエールの無防備な胸へ向かって。
――嫌だ。脳裏に浮かんだのは、さっき見た彼女の涙だった。『もっと強くならなきゃ』震える声でそう言っていた、私と同じ「縛られた少女」。ここで彼女が殺されたら、あの涙はどうなるの? 誰にも知られないまま、ただの肉塊になって終わり?
「やめてぇぇぇッ! !」
私は無我夢中で杖を振った。ドンッ! 放たれた闇の衝撃波が、母様の影を吹き飛ばす――ことはできなかったけれど、魔力の手を逸らすことはできた。
「……ノワール? 私に逆らうのですか?」
「ち、違う! そうじゃないわ!」
私はガタガタ震えながら、必死に頭を回転させた。ここで逆らったら、私もリュミエールも消される。母様が納得する理由を作らなきゃ。
「い、今ここで殺したら、光の国と全面戦争になるわよ! 私たち、まだ準備不足でしょ!?」
「……ふむ」
「それに! 心臓を無理やり取り出して、壊れたらどうするの!? もっとこう、スマートに、確実に奪う方法があるはずよ!」
母様の影が、動きを止めた。冷たい視線が、私を射抜く。
「……一理ありますね。確かに、光の心臓は繊細な魔道具。宿主の感情とリンクしているという説もある。強引な摘出はリスクが高い」
助かった……? 私がホッと息を吐こうとした瞬間、母様は言った。
「ならば、お前に任せましょう」
「え?」
「ノワール、これは勅命です。この城に潜伏し、あの王子――リュミエールを油断させなさい。そして、心臓を無傷で摘出できる隙を作り、奪い取るのです」
母様の影が、私の目の前に迫る。
「もし失敗すれば、あるいは逃亡すれば……お前の大切にしているあの黒猫。八つ裂きにして、城門に吊るしますよ」
「ポ、ポッコだけは勘弁して!」
「期限は次の満月まで。……期待していますよ、私の可愛いお人形さん」
フッ。影が消滅した。同時に、世界の色が戻る。
「――っ!」
リュミエールの剣が振り下ろされた。私はギリギリで身をかわし、地面を転がる。
「待って! タイム! タイム!」
「問答無用! 我が王家の秘密、知ったからには生かしてはおけん!」
「ち、違うの! 私も同じなの!」
私は両手を上げて叫んだ。
「私も、隠してるの! 本当の自分を!」
「……何?」
「私は……私は、東の小国から来た留学生なんだけど、実は国を追われた身なの! 男装なんて可愛いもんよ、こっちは命狙われてるんだから!」
口から出任せがスラスラ出てくる。嘘つきの才能があるかもしれない。
「お願い、私をこの城に置いて! 匿って! もし追い出されたら、私、殺されちゃう!」
「……」
「その代わり、あなたの秘密は絶対に守る。墓場まで持っていく! むしろ、協力するわ! 男として振る舞うコツとか、女子にバレないテクニックとか、私が外からの視点でアドバイスしてあげる!」
リュミエールが剣を止めた。彼女は狐につままれたような顔で、私を見下ろしている。
「……協力、だと?」
「そう! 共犯者よ! 秘密を知ってる私が側にいれば、いざという時のフォローもできるでしょ? 『毒を以て毒を制す』って言うじゃない!」
「使い方が合っているか分からんが……」
彼女は迷っていた。当然だ。私を殺せば、秘密は守れる。でも、彼女は根っからの正義の味方だ。助けを求める少女を、口封じのために斬り捨てるなんて、彼女の良心が許さないはず。
「……はぁ」
長い沈黙の後、リュミエールは剣を引いた。
「分かった。信じよう」
「ほ、本当!?」
「ただし! もし他言したら、その時は即座に斬る。そして、ボクの目の届く範囲にいること。それが条件だ」
「交渉成立ね! ありがとう、王子様!」
私は満面の笑みで彼女の手を握った。その手は、剣ダコで硬くなっていたけれど、体温は温かかった。
リュミエールは少し顔を赤らめて、
「そ、そういう馴れ馴れしいのは人前では禁止だ!」
と手を引っ込めた。
こうして。私は「命を狙われる可哀想な留学生」として、城に潜り込むことに成功した。リュミエールは安心した顔をしている。私が彼女の「秘密」を守る味方だと思って。
ごめんね、リュミエール。私が本当に狙っているのは、あなたの秘密なんかじゃない。その胸に埋まっている、心臓そのものなんだ。
(でも……八つ裂きにされるよりはマシよね? しばらくは友達ごっこにつきあってあげるわ)
私は胸の奥の罪悪感に蓋をして、ニカッと笑って見せた。常闇の国で培った、最高の作り笑顔で。
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