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黄昏のノワール  作者: りっか


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5/13

 喉元に突きつけられた冷たい切っ先。リュミエールの瞳は本気だった。青い炎のような殺気が、私の肌を刺す。


「答えろ。……見たのか?」

「み、見てない! 何も見てないわよ! ただ、あんたが一人でファッションショーしてるなーって!」

「それを『見た』と言うんだ!」


 リュミエールが剣を振り上げる。だめだ、殺される! 私はギュッと目を閉じて、最後っ屁の魔法を放とうと杖を握りしめた。


 その時だ。


『――そこまでになさい、愚かな娘』


 脳内に直接、氷水を浴びせられたような声が響いた。私はビクリと震えて目を開けた。リュミエールの動きが止まっている。いや、彼女だけじゃない。風に揺れる木々も、噴水の水しぶきも、ポッコの悲鳴も。世界そのものが、灰色に凍りついたように静止していた。


「こ、これは……時空凍結……!?」

「久しぶりですね、ノワール。家出などというふざけた真似をして、楽しんでいますか?」


 私の足元の影が、ドロリと盛り上がった。漆黒の闇が人の形を成し、見慣れた、そして最も恐ろしいシルエットを形成する。女王オブシディアン。母様の影分身だ。


「ひいぃぃっ! 母様!? な、なんでここに!?」

「お前の魔力反応など、どこにいようと感知できます。……さて」


 母様の影は、凍りついたリュミエールの方へと滑るように移動した。そして、はだけた胸元――さらしの隙間から微かに漏れ出る、虹色の光を見つめた。


「ほう……。間違いない。あれが『光の心臓』ですか」

「光の……心臓?」

「古の伝説にある、無限の魔力を生み出す生体機関。まさか、光の王家が代々、人間の体内に埋め込んで継承していたとはね」


 母様の影が、リュミエールの胸に触れようとする。私はとっさに叫んだ。


「待って! 何する気!?」

「決まっているでしょう。このまま心臓を抉り出し、我が国へ持ち帰るのです」

「え……」


 抉り出す? それって、つまり……。


「し、死んじゃうじゃない! この人はどうなるの!?」

「光の加護を失い、死ぬでしょうね。それが何か? 我が国にとって最大の脅威を排除し、最強の力を手に入れる。一石二鳥です」


 母様の影から、ドス黒い魔力の手が伸びる。リュミエールの無防備な胸へ向かって。


 ――嫌だ。脳裏に浮かんだのは、さっき見た彼女の涙だった。『もっと強くならなきゃ』震える声でそう言っていた、私と同じ「縛られた少女」。ここで彼女が殺されたら、あの涙はどうなるの? 誰にも知られないまま、ただの肉塊になって終わり? 


「やめてぇぇぇッ! !」


 私は無我夢中で杖を振った。ドンッ! 放たれた闇の衝撃波が、母様の影を吹き飛ばす――ことはできなかったけれど、魔力の手を逸らすことはできた。


「……ノワール? 私に逆らうのですか?」

「ち、違う! そうじゃないわ!」


 私はガタガタ震えながら、必死に頭を回転させた。ここで逆らったら、私もリュミエールも消される。母様が納得する理由を作らなきゃ。


「い、今ここで殺したら、光の国と全面戦争になるわよ! 私たち、まだ準備不足でしょ!?」

「……ふむ」

「それに! 心臓を無理やり取り出して、壊れたらどうするの!? もっとこう、スマートに、確実に奪う方法があるはずよ!」


 母様の影が、動きを止めた。冷たい視線が、私を射抜く。


「……一理ありますね。確かに、光の心臓は繊細な魔道具。宿主の感情とリンクしているという説もある。強引な摘出はリスクが高い」


 助かった……? 私がホッと息を吐こうとした瞬間、母様は言った。


「ならば、お前に任せましょう」

「え?」

「ノワール、これは勅命です。この城に潜伏し、あの王子――リュミエールを油断させなさい。そして、心臓を無傷で摘出できる隙を作り、奪い取るのです」


 母様の影が、私の目の前に迫る。


「もし失敗すれば、あるいは逃亡すれば……お前の大切にしているあの黒猫。八つ裂きにして、城門に吊るしますよ」

「ポ、ポッコだけは勘弁して!」

「期限は次の満月まで。……期待していますよ、私の可愛いお人形さん」


 フッ。影が消滅した。同時に、世界の色が戻る。


「――っ!」


 リュミエールの剣が振り下ろされた。私はギリギリで身をかわし、地面を転がる。


「待って! タイム! タイム!」

「問答無用! 我が王家の秘密、知ったからには生かしてはおけん!」

「ち、違うの! 私も同じなの!」


 私は両手を上げて叫んだ。


「私も、隠してるの! 本当の自分を!」

「……何?」

「私は……私は、東の小国から来た留学生なんだけど、実は国を追われた身なの! 男装なんて可愛いもんよ、こっちは命狙われてるんだから!」


 口から出任せがスラスラ出てくる。嘘つきの才能があるかもしれない。


「お願い、私をこの城に置いて! 匿って! もし追い出されたら、私、殺されちゃう!」

「……」

「その代わり、あなたの秘密は絶対に守る。墓場まで持っていく! むしろ、協力するわ! 男として振る舞うコツとか、女子にバレないテクニックとか、私が外からの視点でアドバイスしてあげる!」


 リュミエールが剣を止めた。彼女は狐につままれたような顔で、私を見下ろしている。


「……協力、だと?」

「そう! 共犯者よ! 秘密を知ってる私が側にいれば、いざという時のフォローもできるでしょ? 『毒を以て毒を制す』って言うじゃない!」

「使い方が合っているか分からんが……」


 彼女は迷っていた。当然だ。私を殺せば、秘密は守れる。でも、彼女は根っからの正義の味方だ。助けを求める少女を、口封じのために斬り捨てるなんて、彼女の良心が許さないはず。


「……はぁ」


 長い沈黙の後、リュミエールは剣を引いた。


「分かった。信じよう」

「ほ、本当!?」

「ただし! もし他言したら、その時は即座に斬る。そして、ボクの目の届く範囲にいること。それが条件だ」

「交渉成立ね! ありがとう、王子様!」


 私は満面の笑みで彼女の手を握った。その手は、剣ダコで硬くなっていたけれど、体温は温かかった。

 リュミエールは少し顔を赤らめて、


「そ、そういう馴れ馴れしいのは人前では禁止だ!」


 と手を引っ込めた。


 こうして。私は「命を狙われる可哀想な留学生」として、城に潜り込むことに成功した。リュミエールは安心した顔をしている。私が彼女の「秘密」を守る味方だと思って。


 ごめんね、リュミエール。私が本当に狙っているのは、あなたの秘密なんかじゃない。その胸に埋まっている、心臓そのものなんだ。


(でも……八つ裂きにされるよりはマシよね? しばらくは友達ごっこにつきあってあげるわ)


 私は胸の奥の罪悪感に蓋をして、ニカッと笑って見せた。常闇の国で培った、最高の作り笑顔で。


読んでいただきありがとうございます♪


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