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「……あつっ! 痛い痛い! 肌がチリチリする!」
「ノワール様、大げさですよ。これが『日光』というものです」
「なにこれ、殺人的な熱量じゃない! 紫外線ケアの魔道具なんて持ってきてないわよ!」
私は両手で顔を覆いながら、へっぴり腰で草原を歩いていた。無事に「常闇の国」の結界を突破したのはいいけれど、たどり着いた「白光の国」は、想像を絶する眩しさだった。
空が青い。意味が分からないくらい青い。そして太陽。あんな巨大な火の玉が空に浮いていて、なんでみんな平気な顔をしてるの? 正気? 私たちは夜目が利く種族だから、この明るさは正直キツイ。サングラスを持ってこなかったのは一生の不覚だ。
「でも見てください、ノワール様。色ですよ、色!」
「うわ……」
ポッコに言われて、恐る恐る指の隙間から景色を覗く。息を呑んだ。そこには、雑誌で見た以上の光景が広がっていた。緑の絨毯のような草原。風に揺れるピンクや黄色の花々。遠くに見える街の屋根は、レンガ色や白で塗り分けられている。私の国には「黒」と「紫」と「グレー」しかなかった。世界って、こんなにカラフルだったんだ。
「……悔しいけど、ちょっと感動」
「でしょ? 来てよかったですね」
「うん。でも暑い。早くあそこの街に行きましょう。屋根のあるところに入らないと、私、干し椎茸になっちゃう」
私たちは、丘の下に見える大きな城下町を目指した。
白光の国の首都「ルミナス」。街の中は、活気に満ち溢れていた。石畳の道を、たくさんの人々が行き交う。みんな、肌の色艶が良くて、笑顔だ。私たちの国の住人みたいに、目の下にクマがあったり、虚空を見つめてブツブツ呟いたりしていない。
「いらっしゃい、いらっしゃい! 採れたてのサン・アップ』だよ! 太陽の恵みをたっぷり浴びて甘いよ!」
「奥さん、素敵なレースのリボンはいかが? 今流行りの聖女風だよ!」
市場の賑わいに、私は目を回しそうだった。いい匂い。焼き菓子の甘い香りや、焼いた肉の香ばしい匂いが漂ってくる。
「ねえポッコ、私、あれ食べたい。あの串に刺さってるやつ」
「お金はどうするんですか? 常闇の国の通貨なんて、ここではただの不気味なメダルですよ」
「あ……」
盲点だった。家出計画、杜撰すぎるぞ私。お腹がグゥと鳴る。背中のリュックには非常食の干し肉が入っているけれど、目の前でジュウジュウ焼かれているお肉を見た後じゃ、あんなゴムみたいなもの食べる気になれない。
と、その時だった。
「おい、そこの黒いマントの嬢ちゃん」
ドスの効いた声に呼び止められた。振り返ると、柄の悪そうな男たちが三人、ニヤニヤしながら立っていた。ガラの悪さは万国共通らしい。
「なんだか見ない顔だな。随分と厚着だが、どこの田舎から来たんだ?」
「……あなたたちに関係ないでしょ」
「冷たいねえ。俺たちが街を案内してやるよ。ちょっと路地裏まで来な」
男の一人が、私の腕を掴もうとする。うわ、ベタな展開。私は反射的に、懐の杖に手を伸ばした。 (……燃やす? いや、街中で火事はまずい。氷漬け? それとも、カエルに変身させてあげる?)
私が物騒な三択で悩んでいると、ポッコが耳元で囁いた。
「ダメですよノワール様! ここで魔法を使ったら、すぐに身元がバレます! 穏便に、穏便に!」
「穏便にって言われても、こいつの手、脂ぎってて気持ち悪いんだけど!」
「離せよ、このチビ!」
私が男の手を振り払うと、男の顔色がサッと変わった。
「チビだと……? 誰に向かって口きいてんだ、あぁ!?」
「ひいぃっ! すいませんすいません! うちのお嬢様、世間知らずで!」
ポッコが私の肩から飛び降りて、地面に土下座(猫だけど)する。情けない。男は逆上して、腰のナイフを抜いた。
「痛い目見なきゃ分からねえようだな!」
キラリと光る刃物。私は舌打ちして、杖を抜こうとした。その瞬間。
「――そこまでだ」
凛とした声が、市場の喧騒を切り裂いた。まるで鈴の音のように澄んでいて、でも不思議な威厳のある声。男たちの動きが止まる。人混みが割れ、一人の青年が歩いてきた。
眩しい。物理的にじゃなくて、存在が眩しい。透き通るようなプラチナブロンドの髪。宝石のサファイアみたいな青い瞳。真っ白な騎士服に、金の刺繍が入ったマントを羽織っている。絵本から飛び出してきたような、完璧な「王子様」だった。
「リュ、リュミエール王子……! ?」
男たちが裏返った声を上げる。へえ、こいつがこの国の王子様? 確かに顔はいいけど、ちょっとキザすぎない?
「女性相手に武器を抜くとは、感心しないな。騎士道精神に反するとは思わないか?」
「へ、へい! ですが、こいつが俺たちを愚弄して……!」
「か弱い少女が、屈強な男三人を愚弄する? 状況を見るに、君たちが絡んでいたようにしか見えないが」
リュミエール王子は、優雅な動作で腰のレイピアに手をかけた。それだけで、男たちは怯んで後ずさりする。
「く、くそっ! 覚えてろよ!」
男たちは捨て台詞を吐いて、逃げるように去っていった。……弱っ。私の出番、ゼロじゃん。
「怪我はないかい? お嬢さん」
王子が私の方を向き、ニコリと微笑んだ。その瞬間、背後にバラの花が咲いた気がした。幻覚だ。いや、光の国の特殊効果かもしれない。
「……別に。助けてなんて頼んでないわよ」
「ノワール様! ?」
ポッコがギョッとして私を見る。だって、なんか癪じゃない? こっちは汗だくでボロボロなのに、この人は涼しい顔して、キラキラしてて。「光の心臓」だか何だか知らないけど、生まれつき恵まれてる人の余裕って感じがして、無性に腹が立つ。
でも、王子は私の無礼な態度にも怒らなかった。それどころか、困ったような、でも優しげな笑みを深めて、私に手を差し出したのだ。
「それは失礼。でも、君のような可憐な花が、無粋な輩に踏み荒らされるのは見ていられなくてね」
「か、可憐な花……! ?」
ブワッと顔に熱が集まるのが分かった。な、ななな、何を言ってんのこの人! ? 私の人生で言われたことのない単語ランキング・トップ3に入る言葉を、さらっと!
「服が汚れてしまっているね。よかったら、これで拭くといい」
王子は懐から、真っ白なハンカチを取り出して私に渡した。いい匂いがする。太陽とお花の匂い。
「……ふん。もらうだけもらってあげるわ。ありがと」
「どういたしまして。この国を楽しんでくれると嬉しいな。小さな旅人さん」
王子はウィンクをして(ウィンクまで完璧だった! )、颯爽と去っていった。取り巻きの女性たちが「キャーッ!」「リュミエール様ー!」と黄色い声を上げて彼を追いかけていく。まるでアイドルの出待ちだ。
私は呆然と、手の中のハンカチを見つめた。シルクの滑らかな手触り。隅には王家の紋章が刺繍されている。
「……何よ、あれ」
「ノワール様、顔が赤いですよ? もしかして、一目惚れ?」
「はぁ! ? バカ言わないでよ! ああいうキザなタイプ、一番苦手なの!」
「そうですか? 僕は『助かったー』って思いましたけど。それにしても、さすが『光の心臓』の持ち主ですね。オーラが違います」
「光の心臓……」
私は去っていった王子の背中を睨みつけた。完璧な王子様。誰からも愛される英雄。私とは正反対の存在。
「……なんか、ムカつく」
「えっ、そっち?」
「決めたわポッコ。この国にいる間、あの王子の化けの皮、いつか絶対剥がしてやるんだから!」
ハンカチを握りしめ、私は心に誓った。この時の私はまだ知らなかったのだ。あの完璧に見える王子様が、私と同じように「本当の自分」を隠して生きているなんてことを。そして、この出会いが、私の運命を大きく狂わせることになるなんてことを。
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