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第八章 未来への継承


**現在 二〇二四年 秋**


 結衣の暴露から三ヶ月が経った。世界は大きく変わり始めていた。AI検閲システムの透明性を求める国際的な運動が広がり、複数の国でデジタル権利章典が制定された。


 しかし、変化は一様ではなかった。一部の国や企業は更に巧妙な検閲システムを開発し、地下に潜ったのである。結衣は新たな脅威を察知していた。


「第二世代の検閲が始まっています」結衣が国際会議で報告した。「表面的には自由を装いながら、実際には更に強力な統制を行うシステムです」


 参加者の中には、世界各国の研究者、ジャーナリスト、そして元検閲官まで含まれていた。彼らは結衣の呼びかけに応じて集まった「真実の守護者」たちだった。


 山口記者も参加者の一人だった。「結衣さんの研究は氷山の一角です。我々はより大きな脅威に直面しています」


 新たな脅威とは、「予測検閲」だった。AIが個人の思考パターンを分析し、問題のある内容を発信する前に先回りして制限する技術である。


「これは思想統制の究極形です」結衣が警告した。「人々は検閲されていることに気づかず、自然に自己検閲するよう誘導されます」


 この新事実を受けて、結衣は新しいプロジェクトを立ち上げた。「認知的自由プロジェクト」——人間の思考の自由を守るための国際的な取り組みである。


 プロジェクトの中核は、祖母澄子の暗号技術を発展させた「思考保護システム」だった。個人の思考プロセスを暗号化し、外部からの操作や監視を防ぐ技術である。


 しかし、技術だけでは十分ではなかった。結衣は教育の重要性も認識していた。


「人々が検閲の仕組みを理解しなければ、いくら技術を発達させても意味がありません」


 結衣は世界各地で講演活動を行い、検閲の歴史と現代的手法について啓発活動を続けた。特に若い世代への教育に力を入れた。


 ある日、結衣の元に一通の手紙が届いた。差出人は黒沢中尉の孫だった。


「祖父の記録を整理していたところ、あなたの祖母との約束について記された文書を見つけました。ぜひお会いしたいのです」


 黒沢の孫である黒沢健太は、現在サイバーセキュリティの専門家として働いていた。彼もまた、祖父の意志を継いで真実を守る活動に従事していたのである。


「祖父は戦後ずっと、自分の行為を悔いていました」健太が語った。「そして、いつか森川家の方と再び協力できる日が来ることを願っていました」


 二つの家系が再び結ばれることで、新しい可能性が開かれた。戦時中の検閲官と図書館員の子孫が手を組み、現代の検閲と戦うのである。


 結衣と健太は共同で「歴史的検閲データベース」を構築した。古代から現代まで、あらゆる検閲の記録を収集し、パターンを分析するシステムである。


「検閲の手法は時代と共に進化しますが、根本的なパターンは変わりません」健太が説明した。「このデータベースがあれば、新しい検閲の兆候を早期に発見できます」


 データベースの分析結果は衝撃的だった。現代の検閲は確かに過去のパターンを踏襲しており、しかも複数の手法を同時に使用するハイブリッド型に進化していたのである。


 結衣たちの活動は世界的な注目を集めた。しかし、それと同時に新たな敵も現れた。国境を越えた検閲カルテル——複数の国や企業が連携して情報統制を行う組織である。


「我々は新しい冷戦の時代に入ったのかもしれません」結衣が憂慮した。「情報の自由を巡る戦争です」


 しかし、結衣は希望を失わなかった。祖母澄子の最後のメッセージが、彼女に勇気を与えていたからだ。


『真実は必ず勝利する。それがどんなに遅くても、どんなに困難でも、人間の自由への渇望は止められない。技術は進歩し、新しい世代が現れる。彼らが真実の炬火を受け継ぎ、更に高く掲げてくれるだろう』


 結衣は次の世代への継承を考え始めた。自分が学んだ暗号技術、検閲対策、そして何より真実を求める精神を、若い研究者たちに伝えなければならない。


 彼女は「デジタル・レジスタンス・アカデミー」を設立した。世界中の若者が集まり、検閲対策技術と歴史を学ぶ教育機関である。


 アカデミーの初代学長として、結衣は開校式で挨拶した。


「皆さんは新しい時代の守護者です。我々の先祖が物理的な書籍を守ったように、皆さんはデジタル時代の知識と自由を守ってください。技術は進歩しますが、人間の尊厳と自由への渇望は永遠です」


 聴衆の中には、世界各国から集まった優秀な若者たちがいた。彼らの目には、真実への情熱が輝いていた。


 結衣は祖母の写真を見つめた。澄子の暗号は時空を超えて現代に届き、新しい世代に受け継がれようとしていた。


「ありがとう、おばあちゃん。あなたの意志は永遠に生き続けます」


 桜の季節が再び巡ってきた。庭の桜の木は満開の花を咲かせ、新しい命の始まりを告げていた。結衣は木の下で、祖母の日記を読み返した。


『真実の種を蒔く者は、必ずしもその実りを見ることはできない。しかし、種は確実に根を張り、やがて大きな木となって多くの人に影を与えるだろう。我々の使命は種を蒔くことである』


 結衣は新しい日記帳を開いた。次の世代への記録を始めるのだ。


『二〇二四年春。デジタル検閲との戦いは新たな段階に入った。技術は日々進歩するが、人間の自由への渇望も同様に進化する。我々は諦めない。真実の炬火を次の世代に託し、更なる高みを目指すのだ』


 書架の向こう側から、新しい時代が始まろうとしていた。


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