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第三章 デジタル時代の検閲


**現在 二〇二四年**


 結衣は田原研究室で、解読した目録カードの分析を続けていた。リストに載っている書籍の多くは、現在では古典として扱われているものばかりだった。


「信じられないですね」結衣がモニターを見つめながら言った。「『学問のすゝめ』まで発禁対象だったなんて」


「当時の検閲基準は現代人には理解し難いものでした」田原が説明した。「『個人の独立』を説く福沢の思想は、国家への絶対服従を求める体制にとって危険視されたのです」


 結衣は自分の研究テーマを思い出した。現代のデジタル検閲と戦時中の物理的検閲には、どのような共通点があるのだろうか?


「先生、現代でも似たようなことが起きていませんか?」


「どういうことですか?」


「SNSやプラットフォームによる投稿削除、検索結果の操作、AIによる自動検閲……形は違いますが、本質的には同じような気がするんです」


 田原の表情が曇った。「確かに、技術的手段は進歩しましたが、検閲の本質は変わっていないかもしれませんね」


 その時、結衣のスマートフォンに通知が届いた。彼女がSNSに投稿した戦時中検閲に関する投稿が「コミュニティガイドライン違反」として削除されたのだ。


「まさに今、起きていることですね」結衣が苦笑した。


 翌日、結衣は祖母の目録に記載されていた隠し場所を訪れることにした。現在の国立図書館の前身にあたる建物の地下に、秘密の書庫があるはずだった。


 図書館の館長は田原の知人で、特別に地下室への立ち入りを許可してくれた。古い地下室は現在は使用されていないが、戦前の書架がそのまま残されていた。


 結衣は暗号を解読して得た座標に従って、第七書架の奥を調べた。すると、書架の背板に小さな隠し扉があることを発見した。


 扉の向こうには、想像を超える光景が広がっていた。数十冊の古書が、まるで時間が止まったかのように保存されていたのである。


「これは……」結衣は震え声で呟いた。


 書籍の中には、戦時中に発禁となった貴重な初版本が含まれていた。しかし、最も注目すべきは一冊のノートだった。表紙には「真実の記録」と記されている。


 ノートを開くと、戦時中の検閲の実態が詳細に記録されていた。どの本がいつ発禁になったか、検閲官の氏名、そして検閲の真の目的まで。これは単なる図書館の記録を超えた、歴史的証言だった。


 しかし、結衣の発見は思わぬ波紋を呼んだ。彼女がSNSで発見を報告すると、瞬く間に拡散された。しかし、同時に激しい批判も浴びることになった。


「戦時中の美化だ」「軍国主義の肯定につながる」「不適切な歴史修正主義」


 批判の多くは誤解に基づくものだったが、結衣の投稿は次々と削除され、アカウントも一時停止処分を受けた。


 さらに困ったことに、IT企業大手の幹部から圧力がかかった。佐々木洋介——AI検閲システムの開発責任者として知られる人物だった。


「森川さん」佐々木が大学を訪れ、田原研究室で結衣と面談した。「あなたの研究は非常に興味深いですが、社会的な混乱を招く恐れがあります」


「どういう意味ですか?」結衣が警戒心を露わにした。


「歴史的事実であっても、現代の文脈で語られれば誤解を生みます。我々のAIシステムは、そうした有害コンテンツを事前に検出し、社会の安定を保つ役割を果たしているのです」


 佐々木の言葉は丁寧だったが、その底には明確な威圧があった。結衣は戦時中の憲兵と現代のIT企業幹部の間に、奇妙な相似性を感じた。


「私は事実を伝えているだけです」結衣が毅然として答えた。


「事実の解釈は立場によって変わります。あなたが善意で行っていることでも、悪用される可能性があることを理解してください」


 佐々木が去った後、田原が深刻な表情で言った。「結衣さん、これは想像以上に大きな問題かもしれません」


「どういうことですか?」


「戦時中の検閲資料が公になることで、現代の検閲システムの問題点も浮き彫りになってしまう。それを避けたい勢力がいるということです」


 結衣は祖母のノートを再読した。その中に、現代への警告とも取れる記述があることに気づいた。


『技術が進歩しても、真理を隠そうとする者の本質は変わらない。未来の世代は、形を変えた検閲と戦わなければならないだろう』


 祖母は既に、現代の状況を予見していたのかもしれない。


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