第7章-EP02 佐々木家は私のもの、涼子の決心
【はじめまして、お義父様・お義母様(と涼子の特技)】
リビングの襖が静かに開くと、畳の上に座っていた二人が顔を上げた。
翔太の父・巌は、がっしりとした体格に、きりりとした眉。けれど今日は少し表情が硬い。母・静子は、にこやかな微笑みをたたえた、いかにも「和の家庭の母」という印象の女性だった。
「……初めまして、高橋涼子と申します」
涼子は緊張しながらも、背筋を正して、丁寧にお辞儀をした。
何度も練習したフレーズ。けれど、本番になるとやっぱり心臓の鼓動が早くなる。
「このたびは、お時間をいただきありがとうございます。翔太さんと、将来について真剣に考えておりまして……本日はご挨拶に伺いました」
頭を下げたまま、心の中で「頼むから変な汗かいてませんように」と祈る涼子。
巌は静かに頷き、ひとこと。
「遠いところを、ありがとうな」
それだけだった。でも、その言葉に、涼子はほんの少しだけホッとした。
静子はすぐに席を立ち、お茶を出しながら涼子に声をかけた。
「涼子さん、まぁまぁ。遠慮なさらず、座ってくださいな。暑かったでしょ?」
「い、いえっ、ありがとうございます……!」
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座卓の上には、湯気の立つ煎茶と、和菓子の盛り合わせが並べられていた。
涼子は丁寧に正座し、両手で湯呑を手に取ろうとした——その瞬間。
(あ……)
完全に“癖”だった。
涼子の視線が湯呑みに向けられると、それはスッと空中に浮き上がり、彼女の口元へ――
「あっ」
ピタッ
時が止まるような空気。
涼子は咄嗟に湯呑を手で受け取りなおし、満面の笑みでごまかすも、時すでに遅し。
巌と静子は目をぱちくり。
翔太も一瞬固まったが、すぐさま笑顔でカバーに入る。
「えっと、えーと、先輩……じゃなくて、涼子には昔から特技がありまして」
「うんうん!」とYUMIも間髪入れずにフォロー。
「手を使わずにお茶を飲めるっていう、なんか器用な技があるんです!地味だけどめっちゃ便利!」
涼子「……そ、そうなんです♡ ちょっとした、アハハ、職場芸っていうか……えへへ……」
巌「ふうん」
静子「……あらまぁ、でもすごいわね〜!お茶こぼさずに持てるなんて、便利じゃない」
巌「うんうん、旅館とかに勤めたら人気出そうだな。俺も昔、手を使わずにあれを食べるので優勝したことがあるけどな」
涼子「……(え、何それ!?お義父さんもテレキネシスを!?)」
静子「お父さんそれパン食い競争でしょ、ちっとも便利じゃないわ」
涼子「……」
YUMI「いや~、あたしも教えてもらいたいよねーその特技♪」
REN「ぼくもおちゃ、うかせてみたーい!」
翔太(やっぱり、うちの家系ってちょっとズレてるけど異能耐性高すぎだよな……)
――どこかで誰かが驚いたり、警戒したりするはずだった。でもこの家では誰も「否定」しなかった。自然に受け入れられたその事実に、涼子は静かに感動していた。
(あ……この人たちなら、私の全部を知っても、きっと……)
翔太の家が持つ、“異能すら受け入れる強さと優しさ”を、涼子はそっと胸に刻んだ。
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【父の沈黙、そして山の記憶】
「ふう……」
涼子は、お茶の湯呑を両手で包み込みながら、小さく息を吐いた。
あの“宙に浮いたお茶事件”を、翔太とYUMIのフォローでどうにか乗り切れたとはいえ、心拍数はいまだに高め。
しかし——
そのとき、ふと視線を横に向けて、涼子は気づいた。翔太の父・巌が、ずっと静かに黙っていることに。最初の挨拶以降、彼はほとんど口を開いていない。
お茶事件に驚くでもなく、雑談に入るでもなく、ただ静かに、どこか遠くを見るような目をして座っている。
(……あれ? なんだか、元気がない?)
涼子は気を遣わせないようにそっと翔太に目配せしたが、翔太もわずかに首をかしげた。
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その後、RENがYUMIに連れられて庭に出ていったタイミングで、涼子は思い切って静子に尋ねた。
「……あの、お義母さま。お義父さまは今日は少し……お疲れなのでしょうか?」
静子は少し驚いたように涼子を見て、すぐに小さく笑った。
「さすがね。やっぱり気づくのね、涼子さん」
そして、ほんの少し声を落とす。
「実はね、ちょっと前から、主人……会社関係のことで落ち込んでて」
「会社って……?」
翔太が反応する。
「ほら、この家の山林のこと、翔太は子どもの頃よく遊んでたでしょ? “秘密の薬草”って言って……あれ、ソノカタシロって名前だったかしら」
「あ、うん。風邪ひいたら“煎じて飲め”って親父によく言われてたやつ」
「そうね……特に翔太は小さいころ体が弱くて、熱をよく出していたから、ほぼ毎日“煎じて飲まされてた”時期もあったのよ。あのソノカタシロって、実はあの山にしか生えないの。代々、佐々木の家で守ってきたのだけれど……最近になって、陽光商事の人たちがその山に興味を持ち始めてね……。“企業の資源管理”って名目で、土地ごと買い取りたいって言われたのよ」
涼子は息をのんだ。
「まさか……会社ぐるみで?」
静子は申し訳なさそうに目を伏せた。
「主人は、その申し入れを断ったの。ずっと、あの山は佐々木家の誇りだからって。でも……陽光の方が、今度は“地域開発”という名目で自治会にまで働きかけ始めていて、”山を売らないとは地域の発展に水を指すのか”と圧力をかけられ……主人、毎晩そのことで頭を悩ませてるのよ」
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巌は今、縁側の方を見ながら、ゆっくりと庭の景色を眺めていた。
けれど、そこにあったのは山を守れなくなるかもしれない男の背中の寂しさだった。
涼子はその姿を見つめながら、胸の奥で何かがカチッと音を立ててはまったのを感じた。
(……“佐々木家”を脅かす存在が、ウチの会社?)
彼女の中で、ふつふつと何かが湧き上がってくる。
(ちょっと……待ってよ……)
(佐々木家は、もう私のものなのに……ウチの会社、何やってくれちゃってんの?)
そしてその瞬間、涼子の瞳の奥がほんのり赤く光った。
誰にも気づかれないほど微細に。
だがそれは、彼女が“スイッチを入れた”証だった。
(……ふふ♡結婚式までに、会社の方針を私の思う形に曲げてみせるわ、スプーンみたいにね♡)
翔太の隣で、涼子はそっと微笑んだ。
けれどその笑顔は、ただの“可愛いお嫁さん”のものではなかった。




