第7章-EP01 涼子、ついに翔太の実家にご挨拶
【いざ、佐々木家へ、揺れる乙女心(緊張MAXモード)】
5月、晴天。
カラッと乾いた空気に、街路樹の新緑がサラサラと風に揺れていた。
「しょ、翔太くん……本当に今日は“あの”お父様とお母様が……?」
朝、世田谷の駅に現れた高橋涼子は、いつものクールで有能なOLの姿ではなかった。
白いブラウスはやや過剰にアイロンがけされ、バッグの中には手土産が二重に包装されて三つ(なぜか選べなかったらしい)。
そして手元には……「お義父さん/お義母さん」と書かれた練習メモ。しかも漢字にふりがなつき。
「お……おぎ、ふとう、さま……」
「ち、ちがうわ、“お義父さま”よ涼子、落ち着いて!大丈夫、しっかりして。私は出来る、出来る子なのよ!」
涼子はガラにもなくめちゃくちゃ緊張していた。朝の支度中でも涼子のテレキネシスが暴走し、いろいろやらかしたばかりだった……
・姿見の前で髪を梳かすのにブラシではなく翔太で梳かそうとしてしまう。
⇒ネクタイを締めようとしていた翔太は突然空中に浮かされて涼子の髪に顔を擦り付けられる
「うーん、いい匂いだけど、僕ブラシじゃないです!」
・スプーンを蝶々結びに変形させる
⇒朝食のコーンスープを混ぜるのに使っていたスプーンが、涼子の緊張のせいで“ぷるぷるぷる……”と震えたあと、ぐにゃんと曲がって蝶々結びに変形。
「怖!もうスプーンの原型がのこっていない!」
翔太は、涼子のそういう「本気すぎて空回りするモード」は初めてではなかったが、仕事で某国の王族との対面した時も涼しい顔でため口をきく涼子がここまで緊張してポンコツになるのはある意味新鮮でかわいらしかった。
「涼子先輩、だいぶ早めに来ましたし、ゆっくり行きましょう?ね?」
「そ、そうね……うん、翔太くん、私から絶対離れないでねっ!……」
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――小田急線で本厚木へ
電車に乗ると、涼子は妙に姿勢が良い。
背筋がぴんと伸びすぎていて、なんだか皇室の誰かみたいな所作になっている。
しかも途中で何度もハンカチの位置を確認し、車内広告の「婚礼準備フェア」の文字を見ては顔を赤らめ、翔太の袖をつまんで
「……ああいうのって、行くべきなのかしら?」とボソリ。
「(……やばい、かわいすぎて笑うに笑えない)」と翔太は心の中で頭を抱える。
普段は社内で誰も逆らえない鉄壁の女王モードなのに、今日は完全に「彼の家に挨拶に行く、年上彼女」という生々しいリアルが炸裂している。
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――本厚木で七沢行バスに乗り換える
「人……人って字を書いて飲み込むの……きっと大丈夫……」
バスが山間部に入ってくると、涼子は小声でポエムのように緊張をほぐすおまじないを口走りながら、左手に書いた人の字を摂取し続けていた。
バス停に着いて降りる時も、スカートの裾をきっちり整えて一礼してからバスを降りるという徹底ぶり。
「翔太くん、あのね、念のため確認だけど、今日の靴下……お父様が好む色味じゃないとか……ある……?」
「先輩、さすがに親父も靴下の色は気にしないと思います」
「うぅ……でも、万が一があったら……私、“佐々木家の黒歴史”として永久に……」
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【そして門前へ】
佐々木家の瓦屋根が見えてくると、涼子の顔はついに青白くなる。
「翔太くん、涼子、もう1回だけ練習しても……?」
「“初めまして、お義父様。涼子と申します”」
「“本日はお時間を頂き、ありがとうございます”」
「“私、翔太くんを幸せにできるよう、努めさせていただきます”」
翔太「(暗記しとる……!)」
そして、表札が目に入る。
「佐々木」
涼子は一瞬だけ目を閉じ、口元にそっと笑みを浮かべた。
「……よし、突撃よ♡」
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【佐々木家、はじめての「ただいま」】
佐々木家の門は、深い茶色の木戸と黒光りした瓦屋根で構えられていた。
両脇には季節の花が咲く鉢植えが並び、慎ましさと手入れの行き届いた温もりが伝わってくる。
「……ここが翔太くんの“原点”なのね」
涼子は、靴の先を揃えて門の前に立ち、深く息を吸った。
この一歩が、公式に翔太の彼女から“妻”になる扉だと思うと、胸の奥がほんの少しだけ熱くなる。
「先輩、ほら。肩の力、抜いて」
翔太の優しい声に導かれ、涼子はこくりとうなずくと、ぎこちない笑顔を浮かべて門をくぐった。
玄関を開けると、かすかに木の香りと、出汁のにおいがふわりと鼻をかすめた。
昔ながらの日本家屋特有の静けさと湿度、それに光と影のコントラストが、どこか懐かしさを誘う。
靴を脱ぎ、廊下に上がると——
南側には縁側と廊下がつながっており、ガラス戸越しに柔らかな初夏の光が差し込んでいた。
外には小さな庭があり、風に揺れる木々と涼しげな水音が耳に心地よい。
「やっぱり、いいなあ……こういうお家、大好き」
涼子は小声でぽつりとつぶやいた。
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廊下の先、襖の向こうから、パタパタと小さな足音が近づいてくる。
「しょーたー!それに……」
襖がスッと開いて、現れたのはYUMIだった。
長い髪をひとつにまとめて、さらりとしたシャツワンピ。相変わらず、どこか“お姉ちゃん感”と“親友感”が同居した安心オーラをまとっている。
その腕には、きょとんとした表情のRENが抱きついていた。
「ようこそいらっしゃいませ〜♡って、もう〜、涼子、なにその表情!ド緊張モード入ってるじゃん!あんたが緊張するってウケるー♡」
「YUMI……!あっあの、”お義姉さま”いらしてたんですね。ちょっと今日はその……佐々木家のご両親に……け、結婚のご挨拶をと思いまして……」
「ハイハイ、敬語苦手なのよーく知ってる♡でも大丈夫。私がちゃんと橋渡し役になるから」
YUMIはウインクひとつで、RENを下ろすと、にっこりと笑って涼子に近づく。
「でもなんかさ……先々週、甲府で私の家に来たときと顔つき違うよ?あのときは福引の景品で当たった自転車に乗って“甲府まで来た”とか言ってたのに」
「うっ……あれは……あれは勢いと魔改造Pちゃんのせい……」
「ふふっ、あのときの翔太も必死だったよね〜。“俺、もう二度と峠越えはしません”とか言ってたくせに、結婚の峠(挨拶)はしっかりやるんだもん。立派立派♡」
翔太「……3歳のREN君連れて親父の還暦祝いに結婚・出産のサプライズ報告した姉ちゃんにそこんとこ褒められるのはとっても光栄です……」
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RENがそっと涼子のスカートを引っ張る。
「りょーこ……ば……りょーこねえちゃん?」
「うん、りょーこ、でいいわ♡よろしくね、RENくん」
しゃがみ込んでRENの目線に合わせると、YUMIが腕を組んで満足げにうなずく。
「ふふ、もう完璧ね。RENがこうやってすぐ懐く人ってなかなかいないんだから。……たぶん、血筋だね?」
「ち、血筋って!?待って、YUMI、それってもう既成事実的な流れをっ……!」
涼子は何を想像したのか真っ赤になる。
翔太(演技でなく素で真っ赤になる先輩久しぶりに見た……)
「はいはい、いいから早くリビング来て。お母さんお茶淹れて待ってるよ。お父さんもね、ちょっと今日は無口だけど……本当は嬉しいと思うから」
そんなやりとりの中、涼子の肩からは、少しずつ緊張がほどけていった。
YUMIは親友であり、翔太の姉であり、そして“未来の家族”になる存在。
あの日、甲府の山の上で見せてくれた優しさと変わらない笑顔が、
この古い家の中にあって、今日いちばんの「味方」だと教えてくれていた。
⇒続く




