第2章-EP03 涼子の決断——翔太を手放す時
【カフェの中、決断のとき】
カフェの中、緊迫した空気が漂っていた。
涼子は静かに立ち尽くし、目の前の光景を見つめていた。
翔太の手を握るあかり。
その目には、確固たる決意が宿っている。
——翔太が、自分の元を離れようとしている。
それだけは、明らかだった。
「……翔太くん?」
涼子が名前を呼ぶと、翔太の肩がピクリと震えた。
——だが、今までのようにすぐに彼女を見つめることはしなかった。
彼はただ、困惑したように涼子を見つめている。
「俺……」
翔太の声は、いつになく不安定だった。
まるで、霧が晴れたような感覚。
涼子に対する感情が、今はどこか遠い。
愛おしさも、憧れも、熱狂も、まるで薄い膜を隔てた向こう側にあるような——そんな感覚だった。
「俺は……涼子先輩のことが、本当に好きだったのか……?」
(……そう)
涼子は、静かにその言葉を受け止めた。
——これは、涼子自身が与えたものだった。
翔太を支配し、導き、"愛"を刻み込んだ。
けれど今、それが霧散しつつある。
(もしも……)
(もしも、翔太がそれを"偽物"だと言うのなら——)
あかりが、そっと翔太の手を引く。
「翔太先輩……一緒に、ここから出ましょう。」
「……!」
翔太は、一瞬だけ涼子を見た。
涼子は微笑んでいた。
けれど、その笑顔はどこか儚かった。
「……ふふ。」
涼子は静かにため息をつくと、目を閉じる。
(翔太くんが、私の元から去りたいなら——)
(それが、翔太くんにとって幸せなら——)
「……ええ、いいわ。」
——私は、翔太くんを手放す。
そう決意した。
「……涼子……?」
「いいのよ、翔太くん。」
涼子は優しく微笑む。
「今まで、私のせいでたくさん苦しませてしまったのね。」
「ち、違う……俺は——」
「いいの。」
涼子はそっと翔太の頬に触れる。
その指先には、もう力はこもっていなかった。
「……私、翔太くんを愛してるわ。」
「……!!」
「だから、翔太くんが幸せになれるなら……私は、身を引くわ。」
——それは、涼子が心から翔太を想っての決断だった。
「……ありがとう、涼子先輩。」
あかりが、そう呟いた。
涼子は静かに目を閉じると、くるりと背を向ける。
「……さようなら、翔太くん。」
そう言って、彼女はカフェを去っていった。
——振り返ることもなく。
翔太は、涼子の後ろ姿をただ見送ることしかできなかった。
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【涼子の孤独——翔太を手放して】
夜の街を、涼子は一人で歩いていた。
街灯の光が地面に長い影を落とし、涼子の姿を寂しく照らしている。
ヒールの音だけが静かに響く。
隣にいるはずだった人がいない。
それが、こんなにも寂しいことだったなんて。
(……翔太くん。)
名前を思い出すたびに、胸が締め付けられる。
今までなら、会社を出た後にすぐ翔太の姿を探していた。
並んで歩くことが当たり前で——それが、もう叶わない。
「……ふふ、バカみたい。」
自分の選択だった。
翔太を手放したのは、涼子自身の意思だった。
それなのに。
涙が止まらないのは、なぜ?
風が吹く。
夜の冷たい空気が、まるで心の奥まで凍らせるようだった。
(もう、私のそばには戻ってこないのかな。)
彼が他の誰かのものになってしまう未来を想像する。
それが現実になったとき、自分はどうなるのだろう。
——たぶん、壊れてしまう。
けど、どうしようもなかった。
翔太が幸せになるためには、手を放すしかなかった。
自宅に帰り、玄関のドアを閉める。
ひとりきりの部屋が、いつもよりずっと広く感じる。
翔太が座っていたソファ。
翔太が使っていたマグカップ。
翔太が「この匂い好きだな」って言ってくれたシャンプーの香り。
どれもが、胸を締め付ける。
(もう、戻れないのよね……)
静かに、部屋着に着替える。
翔太がいたときは、よく超能力で彼の着替えを手伝っていた。
けれど、今はそんなことをする相手もいない。
ふと、テレキネシスを使ってリモコンを手元に引き寄せる。
何気なくテレビをつけると、何の気なしに流れていた恋愛ドラマが目に入った。
『愛してるよ、お前しかいない』
『バカね、そんなことわかってるわよ』
「……っ!」
それだけで、胸が張り裂けそうになる。
テレビを消して、顔を両手で覆う。
こんなにも翔太がいないことが、苦しいなんて。
自分で決めたことなのに、泣きたくなるなんて。
「……翔太くん……」
名前を呼んでも、彼はもうここにはいない。
——この静寂が、何よりも残酷だった。