第6章-EP26 時をかける課長(パート3)
【涼子課長の「エースをねらえ!」】
初夏の柔らかな陽射しがキャンパスのテニスコートに降り注いでいた。
軽く吹く風に、木々の若葉が揺れる。まるでこの日のドラマチックな試合を歓迎するかのように、空は一片の雲もなく澄み渡っている。
観戦に集まった学生たちはざわざわと騒めき、二人の対戦者を目で追っていた。
一方のコートサイド、亜紀は真っ白なテニスウェアに身を包み、すでに何度もラケットを振って準備万端。日焼けした肌と、鍛え抜かれたフォームがまさに“本職”の雰囲気を醸し出している。
そして反対側のベースラインに立つのは——涼子。
彼女は鮮やかなネイビーのテニススカートに、白地にミントグリーンのラインが入ったタンクトップ型のテニストップス。涼しげでありながら洗練されたデザインは、まるでどこかのブランド広告から抜け出してきたようだった。
前髪はカチューシャで押さえられ、長い髪は低めのポニーテールにまとめられている。ラケットを構える指先にはネイルの光がちらりと覗く。
(スポーツなんてまるでやったことないけど……見た目くらいは完璧にしておかなくちゃ♪ま、なんとかなるでしょ♡)
涼子はコートを見渡し、笑顔を浮かべた。だがその瞳の奥には、まるでハンターのような鋭さが宿っていた。
「それじゃあ……始めましょうか、橘さん♡」
試合開始のホイッスルが鳴った瞬間、亜紀は迷いなくサーブポジションに立ち、ボールを軽く弾ませると、しなやかなモーションで第一球を放った。
ビュッと風を切る音とともに、鋭いサーブが涼子のコートに突き刺さる。
「——っ!」
反応が遅れた涼子は、ほとんど動けずにボールを見送るしかなかった。
「15-0」
観客席からは感嘆の声が上がる。亜紀は涼子に軽くウィンクを送った。
「大丈夫? 最初は誰でも緊張するから♪」
「……ええ、大丈夫よ♡」
涼子はラケットを握り直しながら、冷や汗をぬぐった。
(……やっぱり本物ね。これは一筋縄じゃいかないわ)
続くポイントも、亜紀の巧みなラリーに翻弄され、涼子は必死に食らいつくもラケットに当てるのがやっと。
(くっ……動きが全然読めない……! 翔太くんを賭けた試合なのに、私……)
額にじんわりと汗が滲む。だが、その顔にはまだ諦めの色はなかった。
(まだ……終わってないわ)
しかしスコアは無情にも進み、亜紀がマッチポイントを握る展開へと突入する。
「40-0、マッチポイント!」
観客のざわめきが一段と大きくなる中、涼子は膝に手をついて息を整えた。
(このままじゃ……何のために来たのかわからないじゃない)
そのとき、コートの隅に転がったボールを拾いに翔太が駆け寄った。
「高橋さん、ボールです……」
涼子が顔を上げた瞬間、翔太の瞳がまっすぐに涼子を見ていた。
「……高橋さん、がんばってください」
一瞬、風が止んだような静寂がコートに流れる。
(翔太くん……覚えてないのに、そんな目で……)
涼子はボールを受け取ると、ふっと微笑んで翔太の手を引き寄せ、ギューと抱きしめた。
「ありがと、翔太くん♡ 忘れててもいいの。ちゃんと“思い出させて”あげるから」
「……あれこのギューって感触? ……俺、前にもどこかで……り、涼子先輩!?」
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【涼子の逆襲】
再び涼子が立ち上がる。
「橘さん、ここからが本番よ♡」
そして、次の瞬間。
——ボールが宙を舞う。
ラケットを振り抜いた涼子の眼差しは、さきほどまでの必死さとはまるで別人のように鋭かった。
涼子のサーブが、予想もしない軌道でコートに突き刺さる。
「エース……!?」
観客がどよめいた。
(ふふ♡テレキネシス、封印してたけど……今だけちょっと解禁♡)
次のポイント。今度はラリーが続く。亜紀は明らかに警戒し始めていた。
「さっきのサーブ、なに……? 変化が異常すぎる……」
涼子は軽やかに返球しながら、心の中で微笑んでいた。
(うふふ♡テレキネシスでボールにちょっと“愛のひねり”を加えてるのよ♡)
観客たちも異様な軌道にざわつき始める。
そして——次のポイントも、またエース。
「40-15」
「40-30」
「デュース!」
会場の空気が変わる。亜紀の顔には焦りの色が浮かび、涼子は冷静な笑みを浮かべていた。
(翔太くん、見ててね。今、この記憶の中であなたの(将来の)妻こそ本物の彼女だってことを証明してみせるわ♡)
そして迎えたマッチポイント。
涼子のサーブは弾丸のように走り、亜紀のリターンも鋭く返される。二人の間でラリーが続く中、観客の目は釘付けになっていた。
涼子がスライスを打ちネットにつめる、ボールは亜紀の足元に。亜紀はギリギリで拾ってネット付近の涼子の頭上を抜く完璧なロブショットを打った。
(これでデュース)亜紀はポイントゲットを確信した。
ところがロブショットを読んでいた涼子は3メートルの上空に浮遊して待ち構えていた。
亜紀「え!?!」
更に涼子はテレキネシスでエンハンスしたフルスイングにて最後の一撃を叩き込む。
ドゴォォォーン!
——ボールはガラ空きのベースライン前に男子トッププロのファーストザーブ並みのスピードで突き刺さる、そして大きく弾んでテニスコートの敷地外に消えていった。
亜紀も審判も観客も何が起こったのか理解が追い付かず、コートは静まり返る。
しかしボールが着地した場所のクレイのテニスコートには……生々しく地面がえぐれた着弾跡がはっきりと残っていた。
「……ゲ、ゲームセット!!」審判の乾いた声だけが響く、そして——
「うそ……あの子、浮いていた……」
亜紀は愕然とラケットを下ろし、涼子を恐怖でひきつった顔で見つめた。
汗を拭う涼子は、そのまま勝ち誇ったように微笑む。
「ごめんなさいね♡ 翔太くんの記憶に残っていいのは、私だけなの」
翔太が涼子に駆け寄る。
「涼子先輩、どうしていままで連絡をくれなかったんですか、僕ずっと先輩を探していたんですよ!」
涼子は目を細め、いたずらっぽく微笑むと、翔太の耳元でささやいた。
「ふふ♡ いい子ね翔太くん、あなたはやっぱり私のもの……だから、お仕置き、決定よ♡」
その瞬間——世界がふっとかすんでいく。
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次に翔太が目を開けたとき、彼は自宅のソファで涼子に抱きしめられていた。
「おかえり、翔太くん♡」
現実に戻った翔太は、思わず涼子を見つめたまま言葉を失った。
(今の……夢、だよな……?)
涼子はにっこりと微笑みながら、翔太の額にそっとキスを落とした。
「じゃあ翔太くん質問だよ、君が大学3年生のときに付き合っていた彼女はだれだったかなー♡」
「あれ、なんだこれ!僕、なんでかその頃は橘先輩じゃなくて涼子先輩と付き合ってたような気がします!」
「んふー♡これで良しと。でもホントのところ翔太くんはあの橘さんとどのくらいの期間つきあってたの?」
「僕、子供のころから姉ちゃんに徹底的に支配されていたんですよ、だから姉ちゃんがオーストラリアに行っちゃったあとに寂しくって橘先輩と付き合ったんですが、結局彼女の支配が物足りなくてすぐ別れちゃったんですよね」
「……翔太くんはすでにYumiにより開発されてたってことか。うん、さすが私の親友Yumiちゃん!翔太くんは私が確かに引き継いだよー♡」
——涼子は満足そうに翔太をギューと甘やかすのであった。
\ 完 /