第2章-EP01 涼子の恋敵、新人・結城あかりの登場
【涼子と翔太が付き合いだしてから数か月後——】
会社に、新しい社員が入ってきた。
「今日からお世話になります! 結城あかりです!」
明るくハキハキとした声。肩につくくらいの茶色い髪に、ぱっちりした目。どこか人懐っこい雰囲気を持つ女の子だった。
(……なんだろう、この子)
涼子は直感的に警戒した。
あかりの目はまっすぐで、どこか鋭い。普通の人間なら絶対に気づかないはずの「何か」を感じ取っているようだった。
——案の定、彼女はすぐに翔太に興味を持った。
「翔太先輩、よろしくお願いします!」
「え? う、うん、よろしく……」
「先輩って、ちょっと不思議な雰囲気ですね~。優しいけど、なんかこう……」
「な、なんか?」
「操られてるっていうか?」
「!!!」
その言葉を聞いて、涼子の背筋がピンと張る。
(……この子、何か気づいてる?)
翔太はぎくりと肩を震わせた。
「え、えっと、別にそんなことないよ?」
「あやしいなぁ~。でも……」
あかりは翔太をじっと見つめる。
「先輩って、好きな人のことをめちゃくちゃ大事にしてる感じするけど、なんか"違和感"があるんですよね……」
その瞬間、涼子はにっこりと微笑んだ。
「ふふ、それって素敵なことじゃない?」
「あっ、涼子先輩!」
「翔太くんは優しいから、私のことをすごく大切にしてくれるの。ね?」
翔太は頷くしかなかった。
(やばい……涼子先輩、笑ってるけど、これ絶対やばいやつだ……!)
しかし、あかりはその空気を読まず、ぐいぐいと翔太に詰め寄る。
「ねぇ翔太先輩、本当に大丈夫? なんか……違和感ない?」
「え? いや、別に……」
「涼子さんに……支配されてるとか?」
——その瞬間、空気が張り詰めた。
(ヤバい、ヤバいヤバい!)
翔太は焦った。涼子の笑顔はそのままだが、確実に「何か」をしようとしている。
(止めなきゃ! あかりがこのままだと……!)
「……、涼子先輩」
翔太は意を決して、彼女の手を取った。
涼子が驚いたように目を瞬かせる。
「俺さ、なんか最近すごく変わったなって思うんだ」
「……うん?」
「最初は……ちょっと怖いなって思ったんだよ、涼子先輩のこと」
「……」
「でもさ、俺、本気で涼子先輩のことが好きなんだって気づいた」
涼子の目が少し揺れる。
「涼子先輩が俺を支配してるんじゃなくて……俺が涼子先輩のことを好きすぎて、勝手に支配されにいってるんだよ、多分」
「……ふふっ」
涼子が小さく笑った。
「バカね、翔太くん」
そう言いながらも、彼女の目はどこか潤んでいる。
しかし——
「……それ、本気で言ってます?」
あかりがまっすぐ翔太を見つめた。
「"支配されることが心地いい"って、変じゃないですか?」
「え……?」
翔太は一瞬言葉に詰まった。
(変……なのか? でも……)
確かに、最初は怖かった。
けど、涼子のそばにいると安心する。
考えなくてもいい。何もかも、彼女が導いてくれる。
そして、涼子の声を聞くだけで、幸せな気持ちになる。
(……これって、本当におかしいのかな?)
翔太はちらりと涼子を見た。
彼女は、ただ優しく微笑んでいる。
——その笑顔を見て、翔太は確信した。
(いや、違う。これが、俺にとっての"幸せ"なんだ)
「だから、あかり。心配してくれてありがとう。でも、俺は……このままでいいんだ」
翔太の言葉に、あかりはぽかんとした顔をして、そして——
「……そっかぁ! まぁ、先輩がいいならいっか!」
あっさりと納得した。
「……え?」
涼子も翔太も、ちょっと拍子抜けする。
「いや、なんかこう……ちゃんと自分の意志で好きなら、それでいいかなって!」
「……あ、ありがとう?」
あかりは笑っていた。
(……この子、もしかして結構すごい?)
涼子はふっと肩の力を抜き、翔太の手をぎゅっと握った。
「私も……翔太くんが好きよ」
翔太はどきりとする。
涼子が心からの「好き」を口にするのは、実は初めてだった。
彼女の支配から解放されても、翔太は結局、涼子を選ぶ。
(……もう、何も心配いらない)
涼子はそっと翔太に寄り添った。
翔太は、逃げる理由がなくなったことを、実感していた——。
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【翌日、会社のオフィス。】
翔太はまだ昨日のことを引きずっていた。
(あかり……本当にあれで納得したのか?)
彼女はあっさりと「先輩がいいならいいか!」と言っていたが、どうも腑に落ちない。
そんなことを考えていた矢先——
「おっはよ~翔太先輩!」
突如、あかりが背後から抱きついてきた。
「うわっ!?」
翔太は驚いて前のめりになりかける。
「あはは、びっくりしました?」
「いや、なにしてんの!? 会社だぞ!?」
「いや~、先輩がちょっと疲れてるかな~って思って、リラックスしてもらおうかと!」
そう言いながら、彼女はぴったりと翔太に密着する。
(近い! ていうか、柔らかい!!)
翔太の動揺をよそに、あかりは無邪気に微笑んだ。
「先輩って、意外と体格いいですよね~」
「ちょ、やめ……!」
「こうやってると、なんか安心しちゃうなぁ」
翔太は焦りながらも、あかりの腕を振りほどこうとする。しかし、そのとき——
ギギギギギ……!!!
机の上のペン立てが、ひとりでに揺れ始めた。
(や、やばい……!)
背後を振り返ると、そこには涼子が静かに立っていた。
にっこりと微笑んでいる——が、その目はまったく笑っていない。
「翔太くん……?」
涼子の声が甘く響く。
「え、あ、涼子先輩?……」
「楽しそうね?」
ギュンッ——!!
突然、あかりの体がふわっと浮き上がった。
「う、わっ!? え、なにこれ!?」
彼女の体は見えない力に持ち上げられ、ふわふわと宙に浮く。
翔太は背筋が凍った。
「ちょ、ちょっと涼子!?」
「結城さん? あんまり私の大事な翔太くんにベタベタするのは……よくないと思うの」
涼子が片手をスッと動かすと、あかりの体もそれに合わせてふらふらと動く。
「え、え、なにこれ!? 魔法!? いやいや、マジで何!?」
「ふふ、魔法よ?」
「ひぇぇっ……!!」
あかりの顔が青ざめる。
その様子を見て、涼子は優雅に微笑んだ。
「もう二度と、翔太くんに余計なことをしないって誓える?」
「わ、わかりましたっ!! やめてくださいっ!!」
「よろしい♪」
涼子が手を下ろすと、あかりの体もゆっくりと地面に降りる。
その瞬間、あかりはバッと翔太から離れた。
「ひ、ひどい……!」
「あら、何のことかしら?」
「……!!」
あかりは何かを言いかけたが、すぐに口をつぐんで、悔しそうに唇を噛んだ。
(……完全に涼子には敵わないって理解したな)
翔太はそんな彼女を見て、なんとも言えない気持ちになる。
あかりは振り返りもせず、その場を去っていった。
——そして、翔太は涼子の方を見た。
「……あのさ、涼子先輩」
「なぁに?」
「ちょっとやりすぎじゃない?」
「ふふ……そうかしら?」
涼子はにっこりと微笑んだまま、翔太のネクタイをスッと引っ張る。
「じゃあ、お仕置きね?」
「えっ!? なんで!?」
「翔太くんが他の女の子に優しくしてたから」
「えええええ!? 俺なにもしてないだろ!?」
「でも、彼女があなたにくっついたのは事実よね?」
「ぐっ……」
翔太は何も言い返せない。
涼子の目が甘く、しかし確実に支配的な光を宿している。
「……覚悟はできてるわね?」
「ま、待って待って待って……!」
——その日、翔太は涼子からたっぷりと甘く支配されたのだった。