第5章-EP06 過去編EP4・秋の京都・母との再会
【涼子は足を止めた。】
夜の京都、祇園の奥へと続く細い小道。そこから、確かに香る——母の匂い。
胸が高鳴る。今度こそ、本当に。今度こそ、間違いなく——。
涼子は駆け出した。鼻先をかすめる甘く切ない香りが導く先へ、息を切らしながら進む。
夜の帳が降りた京の町、石畳を踏みしめながら、涼子の鼓動は激しさを増していった。
そして——。
細い小道の先に、彼女はいた。
灯りがぼんやりと照らす路地裏、静かにたたずむ一人の女性。
「……お母さん?」
無意識に声が漏れた。確信があった。涼子の中で、香りが確信へと変わっていく。
しかし、女性は驚いたように目を丸くし、戸惑った顔を見せた。
「……ごめんなさい。どなたかしら?」
涼子の心臓が一気に冷える。
「お母さん……私だよ! 涼子だよ!」
焦るように数歩近づくが、女性は首をかしげるばかりだった。その反応に、涼子の喉の奥がギリリと締めつけられる。
「覚えてないの……? ずっと、ずっと会いたかったのに……!」
涼子の目に涙が滲む。言葉が止まらなかった。
「お母さんがいなくなってから、私は……私はずっと、一人だった! どこに行ってたの!? なんで私を
置いてったの!? 叔父さんと叔母さんには気味悪がられて、友達にも避けられて……それでも、私は——私はお母さんを探してたのに!」
積もり積もった思いが溢れ出す。しかし、彼女は困惑した表情のまま、後ずさりした。
「本当に……私のことを知っているの?」
涼子の胸がかき乱される。
(どうして……どうしてわからないの? どうして、お母さんなのに——!)
涙がこぼれる。込み上げる感情に呼応するように、涼子の能力が暴走する。
次の瞬間——。
ぶわっ、と夜の風が渦巻いた。
「っ——!」
母と呼ばれた女性の身体がびくりと震える。
涼子の強烈な感情が、彼女の内へと流れ込んでいく。怒り、悲しみ、寂しさ、ずっと抱えていた想いの全てが、彼女のホルモンバランスを乱すように駆け巡る。
——そして。
涼子の母、政子の瞳がかすかに揺れた。
「……あぁ……」
その場に崩れ落ちるように膝をつく。
「涼子……なの?」
震える声。確かに、母の声だった。
涼子の息が止まる。
「……思い出した……あなたは……私の——」
次の瞬間、政子は涼子を抱きしめた。
「ああ……涼子……ごめんなさい……ごめんなさい……!」
涼子の身体が震える。ぬくもり。母の腕の中——。
「お母さん……」
涙が止まらない。
どれほど望んだことだったか。何度、夢に見たことだったか。
「ずっと、ずっと……会いたかった……!」
政子も、ただ涼子を抱きしめ続ける。
そのまま、どれほど時間が経っただろう。
やがて、政子は涼子の頬をそっと撫で、微笑んだ。
「涼子……本当にごめんなさい。今すぐ全部を話したいけれど……あなたは、修学旅行中でしょう?」
涼子は涙を拭いながら、小さく頷く。
政子はポケットから一枚の紙を取り出し、涼子の手にそっと握らせた。
「連絡先よ。必ず、また会いましょう」
涼子の胸がきゅっと締めつけられる。
「……うん。絶対に、また……!」
もう二度と、離さない。絶対に——。
夜の京都。二人を包む月が、静かに照らしていた。




