第5章-EP01 「過去に戻るホルモン」前編
【桜が咲き始め、暖かくなってきたある日。】
決算期の忙しさが続く中、翔太は会社である考えにふけっていた。
涼子が以前、ホルモン講義のときに言っていた言葉。
「翔太くんが今、何を考えてるか、何を感じてるか、ぜーんぶお見通し♡」
……ということは、涼子とのコミュニケーションがスマホなしでも可能なのでは?
まずは実験だ。
近くのブースでは、涼子が外国人クライアント相手に流暢な英語でプレゼンをしている。翔太は試しに、
(キャバクラ行こうかな)
と頭の中でつぶやいてみた。
……何も起きない。
なるほど、涼子は脳内ホルモンの動きから翔太の感情を読み取ることができるが、考え自体をテレパシーのように読み取ることはできないようだ。
では、感情を伴わせたらどうか?
翔太は、バチェラーパーティーで行ったキャバクラの女の子が彼の体にタッチしてきた様子を思い出し、ニンマリと微笑んでみた。
すると——
翔太のマウスが勝手に動き出し、パソコンのメモ帳アプリがクリックされ、キーがゆっくりと一文字ずつ入力されていく。
「kya ba ku ra, da me ze tt a i」
(キャ バ ク ラ、ダメ ゼッタイ)
「こわっ!」
ローマ字入力で勝手に文字が打たれる様子はまるでウイルス感染したみたいだった。
おそるおそる涼子の方を確認すると、彼女は真剣な顔でクライアントと討論している。英語でのディスカッション中に、こんなことができるのか。マルチタスク能力に妙に感心してしまう翔太。
すると、さらにキーが自動入力され——
「W T F, are you thinking about? Get back to work!」
(おい、なめてんのかコラ、仕事しろ!)
「えっ、英語になった!?」
やはり英語のほうが楽なのか……
ならば、次は——(涼子先輩と花見に行きたい!)
満開の桜の木を想像してみる。
「h e l l o, you are on mute?」
(……ちょっと、なんか喋ってる?聞こえないよー)
「これじゃダメか……」
試行錯誤の末、今度は満開の桜の下で涼子に甘える様子をリアルに想像し、夕べの甘やかされた記憶をリンクさせてニンマリしてみた。
すると——
「challenge accepted」
(面白い挑戦ね?受けてあげる♡)
「おおっ、通じた!」
どうやら「ニンマリ」しないとダメらしい。なかなか難しい……。
次の瞬間、
「leave early to prepare, see you at home, love xx」
(準備するんで早退するね、家で待ってるよ。愛してる♡)
メッセージがメモ帳に超速で打鍵入力された。
そして、会議ブースから涼子が颯爽と出てくる。
「翔太くん、先に帰るね♡」
ウインクしながら颯爽と帰宅してしまった。
当然、会議ブースは突然ファシリテーターを失い、大混乱。
「Why!? Where has Ryoko gone!?」(ちょっと!?涼子はどこに行ったの!?)
(うちの奥さんの仕事に対するプライオリティや情熱って……)
呆然とする翔太。
そして—— 次回、後半へ続く。




