第1章-EP01 涼子の出勤
朝の東京。出勤時間帯の駅は人の波でごった返していた。
そんな混雑をよそに、高橋涼子28歳は余裕たっぷりの表情でオフィスへ向かっていた。なぜなら、彼女は「歩く必要がない」からだ。
涼子のヒールが地面から数センチ浮いている。テレキネシスを使い、まるで滑るように街を進んでいくのだ。人混みを避けるため、そっと地上から浮遊してビルの屋上へと舞い上がる。
「ふぅ、これなら満員電車も関係なしね♪」
ビルの屋上を渡りながら、涼子はスマホでニュースをチェックする余裕すらあった。
途中、コーヒーを買うためにカフェに立ち寄る。店のドアは自動で開き、レジに並ぶことなくカップがふわりと浮かび上がる。ミルクと砂糖の量を微調整しながら、さりげなく受け取る。
「ありがとうございます~」と店員は言うが、涼子が手を使っていなかったことには気づいていない。
オフィス街に近づくと、前方で信号が赤になった。涼子は立ち止まることなく、視線を上げた。
(……ちょっとだけなら、いいわよね)
涼子は軽く浮遊し、電線の上をスーッと移動しながら横断歩道を越えた。人々は彼女の動きに気づかず、ただの錯覚だと見過ごす。
こうして、いつも通りの“涼子流”出勤が完了した。
会社のエントランスに降り立つと、すぐに周囲の視線が集まる。誰もが振り返る美貌、洗練されたスタイル、そして謎めいた余裕。すれ違う社員たちは彼女をチラチラと見つめ、男性社員たちは密かにため息をつく。
「おはようございます、涼子さん!」
「おはよう」
完璧な笑顔で返しながら、涼子はエレベーターへと向かった。彼女の一日はここから始まる。
(今日も退屈な一日になりそうね……私の能力を受け入れてくれる相手でもいれば、話は別だけど)
そう思いながら、彼女は静かにオフィスのドアを開けた。
朝の通勤ラッシュを超能力でスマートに乗り切った涼子は、颯爽とオフィスの自動ドアをくぐった。彼女が職場に現れるだけで、フロアの空気がぱっと華やぐ。美しい容姿、社交的な笑顔、そして隙のない仕事ぶり。男女問わず、誰もが憧れる存在だった。
「おはようございます、涼子さん!」 「今日もお綺麗ですね!」
営業部の男性社員たちが次々と声をかけてくる。特に新入社員たちは、彼女に惹かれずにはいられないらしく、廊下で偶然を装ってすれ違おうとする者も少なくなかった。
「おはようございます。」
涼子はにっこりと微笑みながらも、彼らには興味を示さない。彼女にとって、仕事中の社交は日常の一部。だが、それ以上の関係には発展しない——今までは。
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昼休み。
「涼子さん、お昼ご一緒しませんか?」
営業部のエース・田中が意を決して声をかけた。彼は社内でも人気の高いイケメンで、過去に何度も社内恋愛を成功させてきた男だ。
「いいですね。」
涼子は微笑みながらも、心の中では“またか”と思っていた。田中のような男が何を考えているか、手に取るようにわかる。案の定、食事中に彼は意を決して核心を突いてきた。
「涼子さんって、本当に魅力的ですよね。もしよかったら、今度二人で食事でもどうですか?」
ここまでは予想通り。涼子は少しだけ考えるふりをして、目を細めた。
「私、少し秘密を抱えてるんですけど、それを知ったら……あなた、どうするかしら?」
田中は「え?」と戸惑ったが、興味を示すように身を乗り出した。
「秘密って……?」 「たとえば、私が……あなたの感情をコントロールできるとしたら?」
涼子は少しだけ能力を使い、田中の脳内ホルモンを微調整する。彼の胸に一瞬、理由のない恐怖がよぎった。
「えっ……?」
田中の顔がこわばる。涼子は淡い笑みを浮かべたまま、ゆっくりと彼を見つめた。
「冗談よ。」
彼女がそう言うと同時に、田中の感情は元に戻った。だが、得体の知れない何かを感じた彼は、どこかぎこちなく笑いながら話題を変え、その後二度と涼子をデートに誘うことはなかった。
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こうして、涼子はまた一人の男を遠ざけた。
「やっぱり、普通の恋愛はできないのかしらね……」
誰もが振り向く美貌と、誰もが憧れる社交性を持ちながら、それを超えたところで人々は恐れを抱く。彼女の能力を知った男たちは皆、最初は興味を示しても、最終的には逃げていく。
“超能力なんて、なかったらよかったのに……”
そんなことを思いながら、涼子は午後の仕事に戻る。彼女はまだ知らない。この会社に、彼女の能力すら受け入れるたった一人の男——翔太が入社してくることを。