雷水解(らいすいかい)──そして、分裂が始まる
「近接戦……しか、ないのか?」
「でも、あの血──」
「一滴でも浴びたら、俺たち……ヤバいぞ」
「なら、中距離戦に切り替える?」
「いや!」
蓮が叫んだ。
「合体技、出すぞ!」
「ぶっちゃけ──チート解禁だ!」
「いいね、コスパ最強」
「出し惜しみする理由ねぇな!」
「佛城の仇、討たせてくれるなら──」
「おまえはもう、俺の兄弟だ!」
(……蓮、急に東北の任侠キャラになるなよ)
「言うだけじゃ、意味ないぞ」
「行動で見せろ」
「数年前、俺の親父が仕留め損ねた“霊狩”」
「今回は、俺がトドメを刺す」
雷鞭を前方に振り抜く。
雷光が、何重もの円を描き──
その軌道に、
蓮の水の奔流が絡みついた。
俺たちと霊狩の間の空間。
そこに、無数の“鏡の欠片”が点滅する。
空気の中に星屑みたいな光が生まれ、
ゆっくりと回転して、重なって──
楓のように紅く、
ガラスのように透き通る、
水と雷の結晶が、無数のスパイクとなって形成される。
そのすべてが──
霊狩を、貫くために尖っていた。
(あいつ……動けない)
俺たちは、確実に“門”の前をブロックしてる。
霊狩が、焦り始めてるのがわかる。
直感的に、感じ取ってる。
(……これ、まずい)
だからこそ。
次の瞬間。
霊狩は、野獣のように暴れた!
牛みたいな咆哮を上げながら、
雷と水の重卦コンボの障壁に、突っ込んでくる──!
「雷卦×水卦──」
「“雷水解”(らいすいかい)の合体術、
見せてやるよ!!」
蓮が呪文のように唱える。
霊狩の頭には角が生え、
背中には蝙蝠のような翼が出現する。
「逃げてばっかのヤツに!」
「今度は、こっちが真正面から斬ってやる!」
俺は、静かに──膝をついた。
片膝立てて、目を閉じる。
鞭を短く巻き取り、
呼吸を止め、
集中を極限まで研ぎ澄ます。
雷の尖塔。
そのガラスのようなスパイクが、
青藍色に光る。
表面には、かすかに──
《楞嚴経》の光文字が浮かび上がった。
(経文って……まさか、
“楞嚴”ってヤツか?)
(俺、高校でそんな授業なかったぞ……)
すべてのスパイクが、仏塔のように形を変え、
神聖なエネルギーを宿しながら──
霊狩に向かって、一斉に発射される!
だが、それは“貫通”ではなかった。
光の塔が、霊狩の身体に接触した瞬間、
まるでビーズのように崩れ──
無数の光粒が、
奴の皮膚、毛穴、耳、全身を覆う。
(……そうか)
(こういうタイプには、“浄化”しかない)
その光は、耳の中に──
かつて佛城で死んだ僧たちの経文を、響かせた。
「グアアアアアアアッッ!!!」
霊狩が絶叫する!
全身が硬直し、完全に制圧された。
「抜刀──!」
俺は、鞭を抜いた。
まるで抜刀術のように、電撃の速さで──
斬る。
バシュンッ!!
俺の鞭が、断頭台の刃みたいに、
霊狩の首を……飛ばした。
──中級“狩”第三位、霊狩。
その名は、
俺の一撃で地に落ちた。
霊狩の崩壊と同時に──
会所全体の柱が崩れ、
屋根が崩落し、壁が砕け、
世界が一気に、静かになった。
瓦礫の真ん中。
霊狩の首が、コロンと転がっていた。
……だが、
完全には、死んでいなかった。
その口元が──
ピクッと動いた。
「……アップロード、邪魔すんなよ」
ボソッとつぶやいた、その頭部から──
黒いガスが滲み出た。
──違う。
煙じゃない。
あれは、“データの死臭”。
霊気じゃない。
血でもない。
「これは……」
蓮が眉をひそめる。
「霊力じゃない。血液でもない……」
「……ウイルス?」
「しかも、書き換え命令のノイズが残ってる……」
黒い霧が宙に漂い
霧は、なにかの“最終命令”を受信したように、
パチンッと音を立てて……
頭部が、内側から──破裂した。
その破片の間から、
自動音声のような囁きが、漏れ出した。
「……遺言は、感染により再生される」
「記憶は、九つの“感応体”に、分散した……」
(感応体って……なんだ?)
(やべぇ、あいつの記憶、
他にもばら撒かれてるのかよ……!)
──通信、切断。
(……まずい)
俺は、直感的に察知した。
蓮が、俺の横でボソッと呟いた。
「……霊狩は終わってない」
「今、始まったばかりだ」
「俺たちの“世界”に」
「分裂し、再生しようとしてる」
易経は、
現代中国人が占いのための日常的なツールとして使う書物です。
数千年の歴史があります。
易経には全部で64の卦象があり、
それぞれが異なる意味を表しています。
《雷水解》──
古中國の『易経』に登場する六十四卦のひとつ。
「雷」は動き、「水」は流れ、「解」はほどく。
緊張した状況を、
衝撃と柔軟さで解きほぐす、そんな象。
……誰かと、誰かが、
本来なら交わらないはずの“力”を重ねた時。
この卦が、静かに、動き出す。




