父の遺言で、地獄に送る
「このゾンビ親玉……案外、バカじゃねぇな」
酒飲んだ勢いで、自分の腕を噛み千切るなんて。
「酔っ払ってりゃ、痛覚もマシってことか」
俺は蓮の腕を引っ張って、
いったん後方へと退いた。
「──でさ、おまえ……」
「昔のこと、やけに詳しいじゃん」
(……もしかして)
(こいつ、父さんとの記憶──
まだ残ってるのか?)
「フフフ……そりゃあ、忘れるわけないだろ」
「勝てなかったけどな。おまえの親父には」
「だが今なら……
地獄で父子再会といこうじゃないか」
「俺のリベンジ、見届けろ!」
「ハッ、どの口で言ってんだよ」
「おまえ、ただの父さんの負け犬じゃねぇか」
「負け犬?」
「俺がどれだけすごいか教えてやるよ」
「前代の“主狩”ですら──」
「雷字人に引きずり込まれて、
共に果てたってのによォ」
「それでも俺は、生き延びた」
「なぁ、聞こえるか?」
「“唯一の生存者”……それが、この俺だ」
「つまり、勝ったのは俺」
「……ああ、なるほどね」
「喧嘩は弱いけど、死んだフリだけはプロか」
「ふざけるな」
「生き残ったって事実が、何よりの実力だ」
「……生き残っただけで、偉そうにすんなよ」
蓮の声が、低く凍てついた。
「その卑怯を誇るなら、狩者を名乗る資格もない」
「おまえなんか……あの時、死んどくべきだった」
「生きてたせいで、佛城に今の災いを呼んだんだ」
「うるせぇな」
「おまえらが語る“道”なんて──」
「ガキの寝言にしか聞こえねぇよ」
「ははっ、なるほどなるほど」
俺は笑った。
「前線に出るのは他人」
「死ぬのも他人」
「自分だけは、ちゃっかり安全圏」
「で、“他のやつらはバカ、俺だけ賢い”?」
「そんなんで通ると思ってんのか?」
その時だった。
霊狩が、口元を歪ませて笑った。
「……フフッ」
霊狩が、
俺と蓮を交互に見て、にやりと笑った。
「歴史ってのはさ──」
「生き残ったやつが、書くもんなんだよ」
「だから……」
「これと引き換えってのは、どうだ?」
そう言いながら──
ヤツの手が、ゆっくりと持ち上がる。
その指先には、
いつの間にか、俺たちが守っていたはずの──
《北棟のネックレス》。
(……っ!?)
(まさか、さっきの肘打ちって──)
ただの威嚇じゃなかった。
ゾンビの猛攻も、
全部、陽動だったんだ……!
(アイツ、あの瞬間に……盗んでたのかよ……!!)
「 《シヴァの舞》の奥義書と、これ」
「──交換する気、ねぇ?」
霊狩の目は、
まるで獲物をくすねた猫みたいに、細く笑っていた。
「そんなもん──!」
「渡すわけねぇだろ、クズがッ!!」
蓮が叫んだ。
怒りが爆発寸前って感じだった。
「え、待って。なにそれ?」
「“シヴァの舞”の奥義書って、初耳なんだけど」
「……あれは、“主狩”を見抜くための書」
「いわば、“狩”の核心に触れる禁書だ」
蓮の声が、震えてた。
それくらい、大事なモノってことか。
その時だった。
「フン、ガキどもが……!」
霊狩が、嗤うように言った。
「俺を卑怯だと罵る前に、自分らの間抜けさを呪えよ」
「なーんにも知らねぇくせに」
「“狩者”は……」
「おまえらの中にも、潜んでるってのに──!」
「……なに!?」
「誰だッ!!?」
俺と蓮が、同時に叫んだ。
「ハハハ、さてね」
「なんで俺が教えなきゃなんねぇんだよ?」
霊狩の笑い声が響く。
(……こいつ、マジで人間のクズかよ)
「ただの挑発かもな」
俺はそう言いながら、一歩引いた。
「“誰か”を見破るのは──」
「おまえらの“課題”だ」
「……俺の“宿題”じゃねぇからな」
「貴様っ……!」
蓮が怒鳴る。
「人間じゃねぇ……!」
「苦しませるのが、俺の“授業”ってやつよ」
霊狩はそう言って、
手に持っていた──
不空成就仏のネックレスを、
ギリッ……と握りつぶした。
「てめぇッ!!」
蓮がブチ切れて、
剣を突き出しながら、突進した!
「っち、援護ッ!」
俺もすかさず、
雷鞭をぶん回し、サイドからカウンター!
霊狩は、屍化状態。
牙はまるで鋼鉄のように硬くて、
蓮の水龍剣を、ガッツリと噛み砕こうとする!
(うわ、こいつ……剣を“噛む”ってどういう発想!?)
だけど、
雷の痛みはさすがに効いたらしい。
ギギ……っと声を漏らしながら、
霊狩は、動きをかわし始めた。
近距離は、蓮の剣。
中距離は、俺の鞭。
だけど……
アイツの血がヤバすぎて、
誰も真正面から仕留めきれない。
俺、蓮、霊狩──
三つ巴の戦線は、
膠着状態のまま、息が詰まるように進行していた。
「僧正が言ってた」
「霊狩ってのはな──」
「臆病で、慎重すぎるって」
「だからこそ、“ゾンビの遠隔操作”ばっかやってる」
「つまり、弱点は──近接戦だ」
「……遊人、感じてるか?」
「じゃあ……」
「喚狩とか火狩みたいなパワー型とは、真逆ってこと?」
「そういうこと」
「ゾンビ化して見た目がヤバくなっても──」
「本質は、変わってねぇ」
「ビビリなだけのハリボテさ」
(……たしかに)
(蓮の言うとおりかも)
あいつ──
霊狩の目線。
ずっと、俺たちの後ろ……あの扉の方を気にしてる。
(まさか……)
(もう、手札がない?)
(それに……)
(こいつ、ずっと潜んで生きてきたってことは)
(まともに近接で戦った経験──ゼロってことじゃ……)
──結論。
あいつ、正面からは戦えない。
いや、戦う気なんか……
最初から、なかったんだ。
(……こいつの本心)
(逃げる気だ!!)
でも──
その時、俺の中に妙な引っかかりが残った。
(こいつは……)
(親父の“最期のメッセージ”を知ってる)
(なら、まだ……終わらせられない)
「おまえみたいなゾンビ象に、父さんはいらねぇよ」
「俺ひとりで十分」
「……所詮、その程度のレベルだろ?」
「“その程度”は、そっちのセリフだろ!」
霊狩が、すかさず返す。
「まさか、こう思ってる?」
「『俺たちは雷字人には及ばないけど、頑張ってる』──ってか?」
「その雷字人にすら、届いてねぇのが、今のキミたちだよ」
(……反応した)
(やっぱ、気にしてやがる)
「フン、なら──」
「当時、雷字人が殺せなかったおまえを」
「今この俺が、“あの時の遺言”で仕留めてやる」
「覚えてるよな?」
「はっ、笑わせんな」
「おまえが俺を地獄に送るって?」
「……ちがう」
「俺じゃねぇよ」
「俺の“父さんの遺言”で送る」
「そうだったなァ……!」
「“夢を遺す”だの、“仲間と団結しろ”だの!」
「綺麗ごとだけ残して、アイツ死んだよな!!」
(ビンゴ)
(食いついた──!)
俺は、すかさず蓮の肩を引いた。
「なにを──なぜ止める!」
振り返る蓮。
「勝ちたい、って気持ちは正しいよ」
「でも、頭を冷やさないとね」
「“簡単で、確実な方法”を使うのが……
俺のスタイルだからさ」
「簡単で……確実?」
蓮が目を細めた。
「そう」
「それが、俺の流儀」
次の瞬間。
蓮の顔に、わかりやすい反応が出た。
「……もう一度、使うか?」
「そう」




