狩者の影、塔羅に揺れる
陽葵が去った後、
十分ほど誰も来ず──
やっと、
トントン、と静かなノック音がバスのドアを叩いた。
「……やっと来たか」
お茶を持って席に戻った俺は、
扉の向こうの人物に言った。
「ずいぶん“長く隠れてた”じゃないか、工藤白」
「そっちこそ、隠し通すの慣れてるっしょ?」
彼は静かに中へ入り、
ゆっくりと後ろ手で扉を閉めた。
誰にも気づかれないように。
「俺は別に、隠してたんじゃない」
「ただ……
平穏な日常に、あえて首突っ込む必要ないと思ってただけ」
「いいなぁ、そういうスタンス。
もし主狩に“借り”がなかったら、
俺もそうやって生きたかったよ」
「でも──
その“借り”があるから、
あの日、お前は“喚狩”を結界の中に通したんだろ?」
「結界を壊すって手も、
お前ならやれたはずだよな?」
白は、ふっと笑った。
その目には、どこか影が差していた。
「……俺なりの事情があるんだよ」
「まさか、“主狩”が気づかないとでも?」
「永遠に引き延ばせるなんて、思ってないよな?」
「そこまでは、さすがに図々しくないよ」
「アイツは──」
「女一人を追いかけるために、
地球をぐるぐる回ってんだぜ?」
「……とっくに、江雨学園の場所なんて──
知っててもおかしくねぇよ」
──空気が、一気に冷える。
この会話の続きを始める前に、
俺の手の中の茶が、冷めてしまいそうだった。
「……そういうことか。
まあ、筋は通ってるな」
「情報、助かるよ」
「戦になる前に──
お前ら“狩者”の側が何を考えてるのか、
誰にも見えてなかったからさ」
「最近さ、“空狩”から最後通告が来たんだよ」
「断れなくなって、
……仕方なく会うことになってて」
「この先、俺と江雨がどうなるかなんて──
俺自身、わかってない」
(……空狩、ね)
「みんな、ひとりずつ“ログアウト”してったな」
「喚狩──小喚。
主狩への忠誠心だけで動く狂信タイプ」
「眼狩──衫山藍。
周りなんて目に入らない、
ただ“自分の道”しか見てない男」
「火狩は……脳筋まっしぐら。
言葉より先に拳が出る主狩派の脳味噌代表」
「霊狩──トロツキー。
自分こそが正統だと思ってる。
現主狩なんかよりずっと前から“格上”だってさ」
(あいつだけは──ガチでヤバい)
「……風狩」
「白」
「次、敵になるのは……お前か?」
白は、少し黙ってから。
どこか、苛立ちを押し殺した声で返した。
「……選ばせんなよ」
「まだ決めたくねぇんだよ。
どっち側につくかなんてさ」
「けど──」
「俺のこと心配する前にさ」
「……“あのゾンビ王”のほう、
先に気にしたほうがいいんじゃね?」
「霊狩──」
「十狩”と呼ばれた伝説の中で、
今もなお息をしている、ただ一人の生き証人。
あのトロツキーが……また動いた」
──このとき、俺はまだ知らなかった。
あの詩社のバカ、江雨遊人が向かっていたのは──
“祝福”なんて名前だけが一人歩きしてる、
あの不穏な教会の軽食パーティーだってことを。