【薰side】詩の依頼と恋の輪郭
【薰side】──塔羅バス、静かなカードの時間
狩者の系譜──
喚狩は、主狩の思想に心酔してる狂信者。
眼狩・衫山藍は、ただただ自分の道だけを追う偏執者。
火狩? ただの筋肉バカ。主狩の武闘派、以上。
霊狩・トロツキーは……
今の主狩を心の中で見下してて、次の座を狙ってる。
──さて、
その次は、誰になるかな。
塔羅バスの中。
手元で、カードを一枚ずつ数えていく。
占いなんかじゃない。
これは──
ただの情報整理。
今日の陽葵は、妙に静かだった。
来てからずっと、喋らない。
あの子はさ。
空気を壊すことに、何の抵抗もないタイプなのに。
……なのに、今日は違った。
扉の前に立ち尽くして、十分。
やっと、席に着いた。
──面白い。
私は三枚、カードを選ばせた。
陽葵の指が止まった瞬間。
一枚、抜き取られた途端──
……風の匂いがした。
本当に。
密室の中じゃ、吹くはずのない風。
名前もない風。
無表情のまま、
そのカードを見下ろす。
「吊られた男」
「塔」
「月」
真実に触れる直前の、典型的な並び。
バランスの崩壊。
崩壊そのもの。
そして、潜む無意識の反応。
──彼女、真実に近づいてる。
「……どしたの?」
陽葵が、冗談めかした声を出す。
けど、その目は笑ってなかった。
何かを感じ取ってる。
ただ、自分じゃまだわかってないだけ。
「別に」
私はカードの続きを見せなかった。
彼女の視線が、私の手に残る。
まるで、
『それ以上を見せて』と、催促するみたいに。
──でも、見せないよ。
それは、私から語るべき真実じゃない。
私はカードを、ゆっくりと箱に戻す。
そして、ひとことだけ。
「……陽葵が来ると、風が強くなるんだよね」
彼女はきょとんとして振り返る。
「え? なにそれ、急に」
私は首を振って、
小さく笑った。
彼女に、じゃない。
今、窓の外へと抜けていった、
あの風に。
「……ただの天気観察だよ」
視線を、彼女の髪先に。
(……気のせいなら、それでいい)
立ち上がって、
カードを片付け始める。
そして──
指先が、「ソードの10」に触れた瞬間、止まった。
(……完全な崩壊。終焉。裏切り。精神の死)
(けどその先に──
風が通り過ぎたあとの、黎明の気配もある)
今はまだ、
風は語っていない。
だけど──すぐに来る。
私はただ、願ってる。
陽葵が、ちゃんと準備できていますように。
──その日が、来る時に。
目の前のクライアントは──佐藤陽葵。
(遊人、まさか自分の詩を、すぐ誰かが読むなんて思ってた?)
(甘いなぁ。かわいそうに)
俺は、静かに口を開く。
「もし仮に、詩を頼む相手が選べるとしたら──
工藤白くんのほうが、良かったりする?」
陽葵は、くすっと笑った。
「えへへ、学長ってば……女子の気持ち、わかりすぎ~」
「でも白くん、文章とかロマンチックな言葉は苦手なんですよ。
あの子、いわゆる“無口クール系”ってやつで──」
「だから、さっきちゃんと話して了承済みですっ。
井上先輩への依頼、大丈夫です!」
「……なるほどね。了解」
カードを一枚、裏返す。
「ただ──」
「君と白くんの“相性”スプレッド、あんまり良くなかったよ」
(ま、愛の行方なんて、結局は読み合いとタイミング)
(当たるも八卦、当たらぬも──俺の匙加減)
──というわけで、
今日はちょっとだけ、占い師として真面目に働こうかな。
【薰side】──感情が、記憶をゆさぶる時
「彼ね、無口でクールっぽく見えるけど……
本当は、ちゃんと人のことを考えてる人なんです」
「でも最近、特に……
なんかずっと沈んでるっていうか。
私のことも、あんまり見てくれないんです」
「……学校のこととか、課題のプレッシャー?」
「それならまだ、わかるんですけど──
今回は違う気がしてて」
「また思い出してるみたいなんです。
この島に来る前の……彼の“前半生”を」
(“前半生”って、表現がデカいな)
「彼、前に私に言ってくれたことがあるんです」
「“君に会えて、ようやく忘れられた”って」
「……あの頃の、自分がいた地獄みたいな毎日を」
(そこまで言わせるって、よっぽどだな)
「彼は──中東の紛争地域で育った子なんです」
「両親は幼い頃に亡くして、
ミサイルや砲撃が飛び交う中、
施設で身を隠すのが日常で……」
「誰かと別れるのも、死ぬのも、
当たり前みたいな日々をずっと過ごしてきて」
「お腹が空いて、怖くて、
毎日が“今日を生きのびる”だけで精一杯だったって」
「……すごいな、それ。
想像の外にある人生だよ」
「でも、どうやって逃げて来たんだ?」
「──いや、聞きたいのはそこじゃないな」
「君に恋してから、
彼の中の“戦争”は、ちゃんと終わったのか」
「……うん」
「彼は“愛されてる”って感じたとき、
少しだけ──
人間を信じてみようって思えた、って言ってた」
「でもそれでも……たまに口にするんです」
「『この世の生き物で、
食料もスペースもあるのに殺し合うのは、人間だけだ』って」
「……そんな話、学校の昼休みにされると、
つい思っちゃうんです」
「“この人、病んでるのかな”って……」
「なるほどね。
また“持病”が出てきたってワケか」
「うん。たぶんね。
でも、きっかけは“懐かしい顔”と会ったからだと思う」
「懐かしい、ね。
どうせロクな奴じゃないな」
(思わず、額にしわが寄った)
「昔の彼を連れ出してくれた恩人がいたんです」
「その人が、彼と──
そのとき一緒にいた友達も連れて、
戦火から逃してくれた」
「最初は、誰もいない無人の村で暮らして……
寂しいけど、初めて“死の恐怖”のない時間を過ごせたって」
「でもその恩人と、その友達が──
最近になって、ここに来たんです」
「それが原因で、
彼の“心の中の爆弾”がまた起動しちゃったみたいで……」
「……ちょうどその頃から、私に対しても、急に冷たくなった」
「どういう“友達”か、聞いてもいい?」
俺がそう尋ねると、
陽葵はほんの少し、口を尖らせて答えた。
「聞いたことあるけど──
白くん、毎回すっごく渋い顔するんですよ」
「結局、何も教えてくれなくて……」
「……男の人って、何でも心にしまい込む癖ないですか?」
「隠し事があるの、バレバレなのに。
そういうの……ちょっと、イヤです」
「そりゃ、不運だね」
──ピロン。
LINE通知の音が、空気を切った。
「ごめん、そろそろ次のクライアントが来る時間なんだ。
続きは、また今度な?」




