慎之助、風の如く飯に現る
「田中先輩のデタラメ、無視でいい!
俺、もう結菜と別れるって決めた!」
「それなら、なんで別れるの?」
「世界の人は、なんで動物になるんだ?」
「先輩、まず私の質問に答えてください。」
「本当にいい質問は、答えより大事だからさ。」
「先輩、それ…世界中の誰も答えられないよ?
そんなの、いい質問とは言えないでしょ。」
「比喩だよ。 人が動物になれるなら、
別れることもできるでしょ?」
「先輩、聞きたいのは“理由”だよ!」
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陽翔は目を閉じて、静かに言う。
「遊人はバカな答えしか出せない。つまり、バカだ。」
「言い訳考える前に、兄弟に裏切られるとはね…」
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遊人は目を閉じ、ゆっくり言う。
「答えがないのが、一番いい答えだ。」
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陽翔は額に指を当て、
遊人の死んだ魚のような目を真似ながら言った。
「…だって、自分でも答えわかってないから。」
「代弁者なんていらん!」
「お前には代弁者を雇う金もないからな。
これは友情の無償提供だ。
慎之助がいたら、代弁料請求されるぞ。」
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「先輩、なんだか無力そう…
慎之助先輩、怖いですね。」
「慎之助は怖くない。 ただ…
良い飯を食いたければ、
結菜のために話すべきだと知ってるだけだ。」
「…聞いた話では、慎之助の親父、
アヒルになったらしいぞ。」
「酔っ払いの親父がいて、
しかもそいつがアヒルになったとか……
田中家、マジで不憫すぎるだろ。」
「でも、学長が美人の彼女と別れる理由を思いつけないのも、
かなり不憫ですよ?」
「後輩、監兵三人組、助ける人間間違えたな。
あの時、お前が不良にさらわれて後宮で偽娘にされるべきだった。」
「そんなの、あるわけない! それより先輩、
まだ理由考えてるでしょ?
普通の人なら、
こんな美人の彼女と別れる理由なんて思いつかないよ。」
遊人と陽翔は呆然。
今日、一番鋭いツッコミを入れたのは後輩だった。
花莫思、監兵楼で無事に卒業できるかもしれない。
三人の自転車が、崩れかけた商業エリアへと滑り込んだ。
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「……なあ、オレ、
今すっげー基本的なこと聞いていい?」
「ん? なんだ?」
「これ、夢じゃね?」
「もし夢なら、俺たち三人、
同時に同じ超ハイビジョンの悪夢を見てるってことになるけど……」
「いや、これは夢じゃないよ。 てか、そんなのどうでもいいくらい、
この状況……ヤバすぎでしょ。」
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「‘ヤバい’で済ませられるか?
見ろよ、あっちの車、
ぐっちゃぐちゃに突っ込んでるし、
あの屋根、軍用ヘリの尻が突き刺さってんぞ!?
んで、あのレストラン……
屋根が爆発で吹っ飛んでるんだが?」
「いや、それよりもヤバいのは、あのパトカー……」
「は? どれ? ……って、うおっ!? なんだあれ!?
駱駝!? え、パトカーの中に駱駝がいるんだが!?」
「うん、間違いなく駱駝だね。
しかもシートベルトしっかりしてるし、もがいてる……
はぁ、
映画のセットだったらスタッフの本気を褒めるとこだけど……」
「でも現実だからな、これ。」
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「じゃあ、こいつら……もとは人間ってことか?」
「うーん……可能性高いね。
だって、あのキリン見た?
ちゃんと信号待ちしてたよ?」
「は? おいおいおい、冗談だろ?
キリンが信号待ち……?」
「冗談なら、もっと笑える内容がいいな。」
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「それだけじゃない。遊人の言うとおり、
なんか野生動物が増えてる……」
「え、変身した人間の話じゃなくて?」
「違う。もともと動物だったやつら。
あっちの狼、見た? それに黒クマもいるし、
キツネも……こんなの、普通に街中にいるわけない。」
「いやいや、ちょっと待てよ……こいつら、
ただの迷い込みじゃねーぞ……」
「……だな。 どっちかっていうと――」
「――‘元の縄張りに戻ってきた’って感じ、か?」
「……人間がいなくなったら、自然が戻る……ってやつ?」
「かもな。動物は鋭いからな。
人の気配が薄くなったら、
自分たちのテリトリーが戻ったって思うんだろう。」
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「つーかさ、これってさ……もしや、俺らも……?」
(誰も言葉を継げない。ただ、
じっと目の前の異常な光景を見つめるだけだった――。)
「莫思、出かける前に家は大丈夫だった?」
「大丈夫だと思うよ、はは。でも出かけた時、
道に警察車両や消防車がこんなに多くなかったよ。
状況はどんどん悪化しているみたいだ。」
この時、莫思の携帯がメッセージの通知音を鳴らした。
「慎之助先輩だ。」
「彼は家のアヒルになった父親の世話で忙しいんじゃなかった?」
遊人が言った。
「後輩、まさか慎之助に、俺たちが君の家でメシ食うこと、
話したんじゃないだろうな?」
陽翔がじろっと睨む。
「ははっ、田中先輩にはバッチリ話したよ。」
遊人が悪びれもせず笑う。
「じゃあ疑うなよ。どうせアイツ、
最初から一緒に飯食う気マンマンで来るんだろ?
それに、夕方には結菜を訪ねる予定なんだよな。」
「結菜はこの前、ウェディングショップのモデル撮影で稼いだ金があるし、
きっとご馳走してくれるさ。
慎之助は今日、一日食客生活を楽しむつもりに違いないね。」
遊人がにやりと笑う。
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「でも……彼の父親は?」
莫思が慎重に尋ねる。
「心配すんな。あの親父、普段から慎之助を大事にしてねぇし、
アイツも親父のことなんて気にしてないさ。」
陽翔が淡々と言い放つ。
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「えっ……先輩、もう郵便局の隣で待ってるって……?
しかも、なんか映画みたいな災害級の光景が広がってるらしいけど……?
何言ってんの?」
「行けばわかるさ。どうせ慎之助がいる場所に、
ロクなことは起きねぇんだから。」
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その時、莫思のスマホが震えた。
母親からのメッセージだ。
『花屋の近くのコンビニ、
店員がいなくて商売にならないのよ。
だから、
ちょっと大きめのスーパーで
ソイハンバーグを買ってきてくれる?』
莫思はため息をつきつつ、
彼らに花屋の住所を教えるしかなかった。
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その時、しばらく遊人と陽翔だけが一緒にいた。
しかし――
彼らの自転車が方向を変えたばかりで、
郵便局に向かう途中、
入口でデカい白い男が手を振っていた。
身長は170cmくらい、
体重は……少なくとも90キロはある。
真っ赤で金色の派手なジャケットを着ていて……
うん、デカい赤い封筒か、
金魚にしか見えない。
髪型も妙にこだわってる。
両側はバリカンで刈り上げてるのに、
真ん中だけが盛り上がってて、
小さい山みたいだ。
小さくて一重まぶたの目はニコニコと笑ってて……
いや、もはや街角で托鉢する弥勒仏だな。
違うのは、足元に小銭が入った鉢がないことくらいか。
さらに――
左腕全体が黒い古びた袖で包まれていて、
どう見ても怪しい。
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「デブ之助! こんなに早く来るとは!」
遊人が笑いながら手を振る。
「食いもんがあるってわかれば、
授業サボってでも来るだろ、このデブは。」
陽翔がすかさず乗っかる。
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「フッ、何を言うか!」
田中慎之助が腕を組み、重厚な声で答えた。
「俺は後輩の誘いに応じたまで。
先輩として、助けた者に恩返しの機会を与えるのは当然のこと。
つまり、俺は花莫思に “感謝を表現する場” を与えているのだ!」
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「じゃあ、一人で監兵楼の不良三人を倒した時、
ずっと壁の角に隠れてたのは誰だったっけ?」
陽翔が鋭くツッコむ。
「フン……それはまだ俺の出番じゃなかっただけのこと。」
慎之助が涼しい顔で言う。
「たかが数羽の鶏を倒すのに、
俺という大刀を使う必要があるか?いや、ない!
俺が手を出さなかった理由はただ一つ!――
俺の武功が強すぎて、お前たちを巻き込むのが怖かったからだ!」
「へぇ〜?」
遊人が腕を組み、冷ややかに言う。
「でもさ、俺、三年間お前と付き合いあるけど、
一度もその “強すぎる武功” 見たことねぇんだけど?
お前、頭でも打ったか?」
「フッ、見るがいい。俺はさっき、ちょっとだけ試しただけで――」
慎之助が スッ と指を指す。
ヘリの機体が、
まるでナイフのように真っすぐ突き刺さる形で、
民家の屋根に垂直に突っ込んでいた。
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「……いや、マジでヤバくね?」
遊人がヘリの黒煙を見上げて、口を開く。
「……行くぞ。」
陽翔がギアを上げ、無言でペダルを踏み込む。
「ふむ、まさか……ここまでとはな……!」
慎之助が腕を組み、何かを悟ったような顔をする。
三人は無意識にハンドルを切り、路地へと向かう。
「なんか、もうすでに人集まってね?」
遊人が前方を指差す。
「……野次馬か。」
陽翔が冷静に分析する。
「フッ、これもまた “運命の導き” か……!」
慎之助は意味深な笑みを浮かべるが、
誰もツッコまない。
三人は路地の入り口に自転車を停め、
そのまま奥へと進んでいった。
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「すげぇ……メシ食いに来ただけなのに、
この世界はこんな方法で俺たちを歓迎するのか?」
慎之助が 「俺の力がまた暴走したか……」
みたいな顔でつぶやく。
「……はいはい。
じゃあ次は監兵楼の不良どもにもその “勇姿” 見せてくれよ?」
遊人がニヤリと笑う。
「フフフ……簡単に見せるわけないだろう?
お前たちが巻き添えを食らわないようにな!」
慎之助が バッ! と両腕を広げ、馬歩を踏む。
「気をつけろ!俺の……炎殺黒龍波が……ッ!!」
そのポーズは……まさに 中二病の極み だった。
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「心配すんな!次はお前を一人で不良どもと戦わせて、
俺たちがしっかり “学ばせて” もらうぜ。」
「は?俺たちは “生死を共にする” って言ったの、
忘れたのか?」
「でもな、お前の “口先” とは共にしないって言ったけどな。」
遊人は隣の駐車場をぼんやり見ていた。
陽翔はブラックホークヘリに集中。
慎之助は――
なぜか、見物人の美女をガン見していた。
「……ん?」
慎之助の目が一瞬、細くなる。
「……いやいやいや、待て待て待て待て……え、マジ?」
遊人が怪訝そうに眉をひそめる。
「おい、何だよ慎之助、まさか……
また“運命の出会い”とか言い出すんじゃねぇだろうな?」
「いや、違う……違うが……いや、やっぱそうか……!」
慎之助が無言で指をさした先、そこには——
「……って、うおおおお!? あれって……!!」