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ようこそ、監兵楼の地雷原へ

 その瞬間——

 陽翔が、肩にかけていたリュックの長いストラップを、

 まるでヘッドバンドのように器用に頭にかけながら、

 だるそうな声で、詠うように呟いた。

「執明は将才を生み——」

「孟彰は英才を生み——」

「陵光は美を生み——」

「監兵は……廃材を生む。」


「…………」

 莫思は、思わず絶句した。


________________________________________


「江雨学園ってさ、一応、総合高校なんだよ。」

 遊人は、歩きながら説明を始める。

「普通科と専門科があって——

 執明楼と孟章楼は普通科。

 執明楼は、周辺の科学精密工業団地の高管の子供とか、

外国人エンジニアの家族とか、帰国子女とかが入るエリート枠。」

「孟章楼は、地元の学生向け。」

「陵光楼と監兵楼は、専門科寄り。

 陵光楼は芸術系で、ダンスとか、美容、メイクアップとか。」

「で、監兵楼は——」

 遊人は、ため息をつく。

「入試の偏差値が一番低い。

 だから、生徒のレベルもバラバラ。」

________________________________________


 莫思は、軽く笑いながら肩をすくめる。

「そんなの気にしませんよ。

 どんな学校でも、いい学科もあるし、

悪い生徒もいるでしょ?」


________________________________________


「……」

 遊人は、もう一度ため息をつく。

「問題はさ、ただ“いい人”ってだけだと……

 監兵楼では、やられる側になるってことだよ。」

「お前、運が良かったんだぞ?

 入学初日でいきなりいじめ現場に遭遇して——」

「その場に、偶然サボってた俺と陽翔がいてさ。

 そいつら、二発もいらねぇで倒せたから助かったけど。」


──陽翔の脳内劇場、開幕。


 可憐な莫思……あの純粋無垢な白い花……!


 監兵楼のチンピラどもに縛られ、屋上の外壁に吊るされる。


 ビュオオオオオッ!!


 強風に煽られ、バタバタともがく莫思。


「ギャアアアア!!風がっ!強いっ!!

助けてぇぇ!!」


 ──その声も、

風にかき消されていく……。


 いや、もしくは……

三階女子トイレの……第三の個室。

 鍵、ロック済み。一晩、出られない。

 チカチカと揺れる薄暗い照明。

 どこからか聞こえる不気味な水滴の音……

 ポタ……ポタ……

 

いや、それよりも……

「ゴボゴボゴボッ!!」

 不良どもに便器にダイブ!!

 全力で足をバタつかせる莫思!

 ブクブクブク……。

 水面に泡が浮かぶ──!!


「……っ!!やばいやばいやばい!!

何想像してんだ俺!!」

 陽翔、ガバッと我に返る。

 いや、さすがにないだろ?

 ないよな?!

 いや、でも……

「ダメだ、落ち着け……!」

バキッ!!


 ……自分で自分を殴った。

 これ以上、アホな妄想を止めるために。



「えー、そんな言い方しないでくださいよー。」

 莫思は、ぷくっと頬を膨らませ、


遊人の背負っているリュックの方に甘えるように寄りかかった。

「俺、嫌われちゃいますか? 

泣いちゃいますよー?」


「学弟、学長は性癖ノーマルだからな。

 そういう趣味はない。」

 遊人は、サラリとかわして、莫思を押し返す。


________________________________________


「いやいや、それは結菜学姐のせいでしょ?」

 莫思は、にやりと笑う。

「俺、田中先輩から聞きましたもん!

 遊人先輩の心には“結菜”しかいないって!」

「結菜って誰なんですか!?

 めっちゃ気になる!

 陵光楼の有名人らしいですね!」

 莫思は、まるでバネを仕込んだウサギのようにピョンピョン飛び跳ねる。


________________________________________


「お前、田中先輩に騙されてるって。」

 遊人が肩をすくめた。


 陽翔は静かに言う。

「莫思、お前も見たことあるだろ。

校内のあのPR動画ね。」


「うん、学校のPR動画ね。

毎日、登校の時に流れてるやつ。」


陽翔は、壁際に映る学校のPR映像のラストシーンを指差した。

 ──ラストシーン。


 天壇の円頂、四時江雨の幻想的な風景の中、

ひとりの少女が佇む。

 ふわりと広がる純白のドレス。

 優雅に香る褐色の長い巻き髪。


 しなやかな肩に、柔らかく胸元がのぞくシルエット。

 陶器のように繊細で、甘く整った顔立ち。


 両手をそっと握り、祈るようにうつむくその姿。

 ドレスの長い裾は四季の花々に包まれ、揺れる。

 ──美しき江雨の象徴。


 そして、ラストカットに映る大きな文字。

 「遇見江雨,美好未來。」


________________________________________


「知ってるよ!ラストのあの子でしょ?」

 莫思の声が弾む。


「最近、飲料CMで一気に有名になった新人モデル!

 さすが、江雨って美人が多いんだな!」


________________________________________


「ハハッ…騙されんなよ?」

 遊人がニヤリと笑う。


「あいつ、プライベートじゃ噛みまくるドジっ子だぞ?

 このCM、詐欺じゃね?

 俺、知ってるんだよ。本当の結菜は──」

バキッ!!


 言い終わる前に、

陽翔の拳が遊人の頬をぶち抜いた。



「──彼女が、結菜だ。」

 陽翔は短く告げた。


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