ようこそ、監兵楼の地雷原へ
その瞬間——
陽翔が、肩にかけていたリュックの長いストラップを、
まるでヘッドバンドのように器用に頭にかけながら、
だるそうな声で、詠うように呟いた。
「執明は将才を生み——」
「孟彰は英才を生み——」
「陵光は美を生み——」
「監兵は……廃材を生む。」
「…………」
莫思は、思わず絶句した。
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「江雨学園ってさ、一応、総合高校なんだよ。」
遊人は、歩きながら説明を始める。
「普通科と専門科があって——
執明楼と孟章楼は普通科。
執明楼は、周辺の科学精密工業団地の高管の子供とか、
外国人エンジニアの家族とか、帰国子女とかが入るエリート枠。」
「孟章楼は、地元の学生向け。」
「陵光楼と監兵楼は、専門科寄り。
陵光楼は芸術系で、ダンスとか、美容、メイクアップとか。」
「で、監兵楼は——」
遊人は、ため息をつく。
「入試の偏差値が一番低い。
だから、生徒のレベルもバラバラ。」
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莫思は、軽く笑いながら肩をすくめる。
「そんなの気にしませんよ。
どんな学校でも、いい学科もあるし、
悪い生徒もいるでしょ?」
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「……」
遊人は、もう一度ため息をつく。
「問題はさ、ただ“いい人”ってだけだと……
監兵楼では、やられる側になるってことだよ。」
「お前、運が良かったんだぞ?
入学初日でいきなりいじめ現場に遭遇して——」
「その場に、偶然サボってた俺と陽翔がいてさ。
そいつら、二発もいらねぇで倒せたから助かったけど。」
──陽翔の脳内劇場、開幕。
可憐な莫思……あの純粋無垢な白い花……!
監兵楼のチンピラどもに縛られ、屋上の外壁に吊るされる。
ビュオオオオオッ!!
強風に煽られ、バタバタともがく莫思。
「ギャアアアア!!風がっ!強いっ!!
助けてぇぇ!!」
──その声も、
風にかき消されていく……。
いや、もしくは……
三階女子トイレの……第三の個室。
鍵、ロック済み。一晩、出られない。
チカチカと揺れる薄暗い照明。
どこからか聞こえる不気味な水滴の音……
ポタ……ポタ……
いや、それよりも……
「ゴボゴボゴボッ!!」
不良どもに便器にダイブ!!
全力で足をバタつかせる莫思!
ブクブクブク……。
水面に泡が浮かぶ──!!
「……っ!!やばいやばいやばい!!
何想像してんだ俺!!」
陽翔、ガバッと我に返る。
いや、さすがにないだろ?
ないよな?!
いや、でも……
「ダメだ、落ち着け……!」
バキッ!!
……自分で自分を殴った。
これ以上、アホな妄想を止めるために。
「えー、そんな言い方しないでくださいよー。」
莫思は、ぷくっと頬を膨らませ、
遊人の背負っているリュックの方に甘えるように寄りかかった。
「俺、嫌われちゃいますか?
泣いちゃいますよー?」
「学弟、学長は性癖ノーマルだからな。
そういう趣味はない。」
遊人は、サラリとかわして、莫思を押し返す。
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「いやいや、それは結菜学姐のせいでしょ?」
莫思は、にやりと笑う。
「俺、田中先輩から聞きましたもん!
遊人先輩の心には“結菜”しかいないって!」
「結菜って誰なんですか!?
めっちゃ気になる!
陵光楼の有名人らしいですね!」
莫思は、まるでバネを仕込んだウサギのようにピョンピョン飛び跳ねる。
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「お前、田中先輩に騙されてるって。」
遊人が肩をすくめた。
陽翔は静かに言う。
「莫思、お前も見たことあるだろ。
校内のあのPR動画ね。」
「うん、学校のPR動画ね。
毎日、登校の時に流れてるやつ。」
陽翔は、壁際に映る学校のPR映像のラストシーンを指差した。
──ラストシーン。
天壇の円頂、四時江雨の幻想的な風景の中、
ひとりの少女が佇む。
ふわりと広がる純白のドレス。
優雅に香る褐色の長い巻き髪。
しなやかな肩に、柔らかく胸元がのぞくシルエット。
陶器のように繊細で、甘く整った顔立ち。
両手をそっと握り、祈るようにうつむくその姿。
ドレスの長い裾は四季の花々に包まれ、揺れる。
──美しき江雨の象徴。
そして、ラストカットに映る大きな文字。
「遇見江雨,美好未來。」
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「知ってるよ!ラストのあの子でしょ?」
莫思の声が弾む。
「最近、飲料CMで一気に有名になった新人モデル!
さすが、江雨って美人が多いんだな!」
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「ハハッ…騙されんなよ?」
遊人がニヤリと笑う。
「あいつ、プライベートじゃ噛みまくるドジっ子だぞ?
このCM、詐欺じゃね?
俺、知ってるんだよ。本当の結菜は──」
バキッ!!
言い終わる前に、
陽翔の拳が遊人の頬をぶち抜いた。
「──彼女が、結菜だ。」
陽翔は短く告げた。