不良執念、除去いたします!
「……マジで処理する気? その記憶」
薰は、そっと人形コンテナに手を伸ばす。
選んでいるのは、最初に出す“誰か”。
でも、声からはいつもの冗談っぽさが消えていた。
「……俺は、知ってる」
白の声は、銃口みたいに静かで、重かった。
「戦争後遺症。PTSD」
「……あー、それか」
薰が小声で返す。
「頭ん中で、銃弾まだグルグル回ってる感じのやつでしょ」
「銃弾だけじゃない」
「世界ごと、フリーズしてた」
「俺は……中東で育った」
「え、ちょ、待って。韓日ハーフじゃなかったん?」
「両親、戦争に巻き込まれて」
「俺だけが、戦場に取り残された」
「…………」
「その時、俺は呼び方も、飯の食い方も、自分が誰かも知らなかった」
「でも、ある人がいた」
「水をくれて、避難の仕方を教えて、防空壕まで連れて行ってくれた」
「名前は……工藤蒼」
「工藤!? じゃあ、もしかして……」
「血は繋がってない。でも、家族より家族だった」
「一緒に、瓦礫の中で弾薬拾って、配給箱ひっくり返して」
「どっちの壁に隠れれば助かるか、砲撃の音で判断するのを……学んだ」
「……って、おい」
「それ、今初めて言ったよな……?」
「言う必要、なかっただけだ」
白は目を閉じる。
「語る価値がある記憶じゃなかった」
「……でも、お前は忘れてない」
「毎晩、だ」
「歌う時に目を閉じると、いつも思い出す」
「蒼が、壊れかけのスマホを持ってた」
『いつか、キレイな水と音楽がある場所に行こうな』
「アニメみたいな生活も、俺たちだって――できる」
「……で、今は実際、できてるわけだよな?」
「ああ。でも、それは――」
「俺たちが、二人まとめて養子にされたからだ」
白は小さく頷く。
「だから俺は頑張った。勉強、歌、ダンス、バイト、語学」
「普通の毎日を、ちゃんと持てるように」
「それが、どれだけ奇跡か、知ってるから」
「でも、それでも――忘れたいんだな?」
「忘れなきゃ、進めない」
「表向きは、平和な世界を楽しみながら」
「裏では、その世界ごと燃やしたい衝動が、ずっとくすぶってる」
「……それが、お前の“人類評価”かよ」
「人間は、自滅する」
「何度でも、同じ間違いを繰り返す生き物だ」
「許しは変化を生まない、救いは一瞬、愛はただの自己満足」
「“自己破壊こそが人類の仕様”――そう思ってた」
「それ、掲示板で言ったら秒BANされるぞ」
「……だから、言ってない」
白は、ゆっくりと目を開けた。
その声には、わずかな震えと、熱が混じっていた。
「彼女に出会ったから」
「……陽葵?」
「歌う時、彼女は世界に向かって笑う」
「部活で怒られても落ち込むし、誰かが飯抜きだと一日中文句言ってる」
「……その姿が、“世界って、まだ捨てたもんじゃない”って思わせてくれた」
「俺は、この世界を愛してるわけじゃない」
「でも、彼女はこの世界を愛してる」
「そして俺は、彼女を――愛してる」
「……けど、心の全てで彼女を愛することができない」
「俺の一部は、まだ……戦場にいるからだ」
「だから――」
白は、まっすぐに薰を見た。
「……オレの中の、戦場の記憶を消してほしい。」
「この記憶を。消さなきゃ、俺は一生……彼女の未来に、踏み込めない」
「俺のためじゃない」
「彼女のために。彼女が信じてる、この世界のために」
──二秒間の沈黙。
「……前金、しっかり払ってるな」
薰はぐーっと伸びをして、のそりと立ち上がる。
「よし、準備できたら座って」
「これは霊能力でも魔法でもない」
「ただ――お前が鍵をかけて閉じたフォルダを」
「俺が一緒に開いて、手を添えて――Deleteキー、押すだけだ」
(ガチャン)
キャリーのロックが解除された瞬間──
中から、五体のメカニカル人形ユニットが
「カラララッ」と、金属のパネルを展開。
ゆっくりと顔を上げたのは──
長い髪をふわりと垂らし、
声はまるで水のように静かで、淡い。
「――今宵、記憶ノ海へ、同行イタシマショウ」
除念、起動──
キュレー子、いきま~~~す☆★
白は、俯いたまま静かに呟いた。
「……彼女を愛してるのに、同時に世界を憎むなんて、もう……嫌なんだ」
その言葉に、
薰の指先が、わずかに震えた。
その瞬間、彼は“それ”を感じ取る。
それは記憶じゃなかった。
──愛、だった。
時間に取り残され、
錆びついて、鍵穴の場所すら忘れられた、錠前のような「愛」。
「……仕方ないな」
薰は、ぼそっと言うと
そっと、睡眠薬を手渡した。
白はそれを飲み込み、深く、深く──
眠りに落ちた。
「よし、ここからは夢のステージ」
「夢の中に潜って、戦争の記憶に棲みついた夢獣を……除念する」
元々コンテナの中で正座していたShizukaが、
静かに顔を上げた──
が、その直後。
「ジジジジ……!」
人形の身体から、微妙に焦げたような電子音が。
「ちょ、ちょ、ちょ、ストーップ!」
「今日あたしの番じゃないってばぁあああ!?」
薰はマニュアル冊子をパラパラめくりながら、でっかく叫んだ。
「お前、昨日も出てたろ!? オーバーワークでAI疲労するって!!」
(パチン!)
リモートスロットを勢いよく開けると──
銀白のミストの中から、跳ねるように出てきたのは──
例の巫女ではなく、
「キュレー子、参☆上~~~っ!!」
電子音+V風カットインアニメと共に、
ピンクのラッフル袖とメタリック羽根付きコスの少女型人形が、
ターンを決めて「パタッ☆」と着地!
「おまたせぇ! ここに“七年連続バグ爆発中”の感情おじさんはいますか~?」
腰に片手、もう一方では配信棒のようなコントローラーをキメ顔で構え──
「OK Google! 世界のトラウマ、開☆封♡」
「……うるせぇわそのデザイン!!!」
薰は額を押さえるが、
口元にはツッコミじゃなく、苦笑いが漏れていた。
「この前、AI-V衣装バージョンアップしたばっかじゃん。
なんでまた“パイプオルガン風フリル”追加してんの……」
「これぞ感性の進化! 次世代・除念系メイドの最先端で~~~すっ☆」
キュレー子はドヤ顔でピース。
背中のLEDが「♥PINK MODE♥」で点滅中。
「はいはい、演出バッチリ。そろそろ呪文お願いね」
薰は、深く息を吸って、目を閉じる。
一瞬の静寂。
そして──
彼の右手がスッと水平に振り下ろされ、
五本の指が同時に、キュレー子の胸元にある「起動五鍵」を押し込む。
低く、静かに呟いた。
「現実は、夢の終点」
「夢は、現実のリピート」
(カチリ)
部室の床に走った亀裂から、
異世界デザインの「除念装置起動台」がせり上がる──
銀と黒のギアが交差し、光のラインが走る。
──これは、夢をハックする装置。
除念儀式、LEVEL FIVE MODE──突入ッ!




