梵火vs冥火・十剣昇天と灼熱斬首
その瞬間。
ブレイの視界に──
熱感知による視界に、異常なシルエットが浮かび上がった。
それは……明羽だった。
首に光る──ネックレス。
《東棟》……つまり「孟彰樓」に対応する、不動明王のネックレス──!
『……なるほどな。』
『だから、あの時あいつは──』
『剣道部の部長の座を狙ってたのか。』
ブレイは、ぽつりと呟いた。
トン、トン……と刀の背を、指で二回叩く。
そのタイミングで、イヤホンの向こうから──
「それって……」
「護法用のブースター、でしょ?」
聞き慣れた声。
──思科だ。
「正解だ。」
冷静な声が、遠隔通信越しに返ってきた。
──連山だ。
「『四時江雨』は、八つの封印のうち、最後の一つが眠る場所。」
「その周囲にある四つの建物が『護法樓』。」
「それが外部防衛の要となる。」
「護法樓を四つ、全部落とさない限り──」
「『四時江雨』には、手が届かない。」
「じゃあそのネックレスって……」
「動かせるバフ装置ってことだよね?」
「理解としては、それで合ってる。」
「護法樓が“体”。」
「ネックレスが“魂”。」
「つまり、バフの心臓部──ってワケ。」
『明羽のやつが持ってるのは──』
『東棟、つまり孟彰樓の“不動明王ネックレス”。』
『あれを装備してる限り──』
『神器でも戦闘力でも、フル強化モードに突入する。』
『距離? 関係ねーよ。千里離れてたって、バフ効果は発動中。』
「え、マジで?」
「じゃあ今の明羽って──」
「期間限定SSR強化状態ってこと!?」
思科が、目ん玉ひん剥いて叫んだ。
『……でもな、油断は禁物だ。』
連山の声が、ほんの少しだけトーンを落とす。
『この四つのネックレス──』
『無敵アイテムじゃない。』
『相手とのスペック差がデカすぎたら、耐えきれずにクラッシュする。』
『バフで“粘る”ことはできても、逆転保証なんてどこにもない。』
──カチ、カチ。
ブレイが静かに刀の背を叩きながら、黙って耳を傾ける。
『もう一つ、重要な点がある。』
連山の声が、グッと真剣なトーンになる。
『もし、あのネックレスが破壊されたら……』
『それに対応する“護法樓”も、まとめて崩壊する。』
「……等価交換、ってワケか。」
ブレイがぽつりと呟いた。
『四棟全部が崩れた時──』
『“四時江雨”中央の本体結界は、ほぼ無防備になる。』
『そしたら──人類側、詰む。』
「ちょっ、じゃあ狩者がもし、建物スルーしてネックレス狙ってきたら──」
「意味一緒じゃん!? 防衛ラインもクソもねーってこと!?」
思科が、めちゃくちゃなジェスチャーで叫ぶ。
『正解。』
『主狩以外の九人は、護法樓を壊せるほどの力はない。』
『でも──』
『ネックレスさえ見つけりゃ、効果は同じ。』
──ブレイは、黙って明羽のネックレスをもう一度見つめた。
『この戦い……』
『かかってるのは、あいつ一人の勝敗じゃない──』
『もっと、ずっとでかいもんだ。』
金色の柄が、ぬるっとした輪光を放ちながら──
その尾には、ゆっくりと回転する法輪。
まるで、言葉じゃ説明できない“ナニカ”を、
静かに、でも確実に蓄えていくように──
刀身には、流れるような梵字が浮かび上がる。
その紋様が……生き物みたいに、ビクッと明滅して。
金色の線が編まれていく。
──悪鬼を灼き尽くすほどの、熱。
(明羽)
「……不動明王、顕現。」
スゥーッ……と一息、吐き出して。
その瞳は、まっすぐ火狩のほうを捉えて──
剣を、胸の前で真横に構える。
そして──
ズオオオオオッ!!!
一瞬で、園内の気圧が反転ッ!!
金色の炎が、ドンッ! って爆ぜて。
暗藍色の冥火を、一瞬でかき消していく。
光が、聖域となって世界を塗り替えた。
「うっそ……これ、宇宙級のぶつかり合いじゃん……」
思科が、後方で思わず声を漏らした。
一方では、冥火が夜空のようにすべてを呑み込む。
もう一方では、仏火が星河みたいに輝いてる。
光と火が衝突する、その一瞬だけ──
この戦場は、完全に二つの宇宙に分かれてた。
その境界線の、ど真ん中に──
明羽は、いた。
剣を掲げたまま。
逆光を背に、ただ、静かに──立っていた。
スッ……彼女は静かに一閃。
剣の軌跡が空を舞い、五つの光の曲線を描く──それはまるで、金炎で構成された“梵冠”。五枚の炎の蓮が、彼女の頭上に咲き、不動明王の幻影が降臨したかのようだった。
『梵火五冠・明王破斬──!!』
五つの光冠が順に爆ぜ、十の幻剣が流星のごとく火狩へと放たれる!
『うわっ!?』火狩は慌てて棍を振り、瞬時に冥火の盾を形成。だが弾け飛ぶ火花が左腕を直撃し、『ちっちっちっちッ!!』と跳ねた。
『アチチチ……!』
『ハ~ッ!さすが伝説の東方剣技──』
火狩は口元の火傷をペロッと舐めて、
目をギラッと輝かせた。
『キレイな子ほど、こうじゃなきゃ興奮しないよね~♡』
『東方系の強者とは初めてでさ……』
棍を立てると同時に、地面をドンッと踏み鳴らす!
『今夜こそ──』
『キミの奥の奥まで、じ〜〜っくり知り尽くしてあげるよ♡』
ズバァッ!!
火狩、垂直跳躍──
高空からの爆撃ダイブ!
尾を引く冥火が、空を青黒く裂いて──
まるで、幽藍の龍。
『冥火衝波──坠ッ!!』
──ドゴォォォン!!!
明羽、回避不能ッ!
流星のような一撃が直撃し──
鋼架、コンクリ、全てを貫き、最下層へと叩き落とされる!
──ズガァァァン!!
明羽の身体は、
三層の鋼架とコンクリ床をブチ抜いて、
そのまま建築廠房の最深部へ──
墜落。
『チッ……』
火狩はすぐさま飛び降りる。
両手で棍を構え、
ズドンッ!と鋼筋へ突き刺す!
ビリッ……!
棍先から伝う鬼火が、鉄骨を通じて全体に拡散。
『──燃えろ。』
次の瞬間──
廠房全体が、鬼火に包まれた。
ゴォォ……ッ!!
赤黒い火柱が、怪物の口のように建物を呑み込む。
天井が落ち、壁が爆ぜ、
鉄骨が──剣雨のように降り注ぐ。
──バキッ、ガララッ、ギィィィ……
建物全体が、まるで骨だけの遺骸のように、
ギリギリで地にしがみつく。
その時──
『これが……十狩の力、ってやつか……』
──明羽。
その身は、火傷と煤だらけ。
だが──
彼女はまだ、倒れていない。
『……っ!』
歯をくいしばり、窓を一蹴!
──バリン!!
爆心地から、炎を割って飛び出す!
『要不是──』
『這把劍,護法の光で包んでくれなかったら……』
『あたし、今ごろ……鬼火に喰われてた……!!』
彼女の剣が、ほんの僅かに輝く。
それが──
たしかに、彼女を守った結界。
不動明王の“護り”。
──そして、火狩は笑う。
ニヤッと。
まるで、壊れかけたオモチャを
「次はどこから壊そうか」と楽しむ、悪ガキみたいに。
この戦いは、まだまだ──
火力、上がる。
『おお〜、まだ逃げ足残ってたんだ?』
火狩は、フワッと瓦礫の中心に着地する。
上空で息を切らす彼女を、まるで玩具を物色するかのような目つきで見上げた。
『……ていうかさ?』
『こっからが──前戯だからね♡』
ニィ……と灼けるような笑み。
その熱の裏側には、底知れない悪意がチラついていた。
『まだまだ──』
『キミをhighにしてあげてないんだからさ♡』
『……そろそろ目、覚ましたら? ド変態。』
明羽は口元の血を指で拭い、
再び剣を持ち直す。
『こっちこそ──教えてやる。』
『気持ちいいとこから地獄に落ちるって、どういう感覚かをね。』
『わぁ〜こわ〜い☆(※棒読み)』
火狩は、壊れかけたオモチャを弄ぶガキみたいに、
いやらしく笑った。
戦場の空気が、再び──熱を帯びる。
──ピタッ。
明羽が、火狩の正面、約三メートルの位置で動きを止めた。
次の瞬間──
ズバァン!!
金色の殘像が閃光のように横切る!
明羽の姿は、鋼鉄の迷宮に弾けるように突入し、
その衝撃で空気すら震えた。
『……ッ、この女──!』
火狩が振り返ると、背後の鉄柱には
──黒く焦げた深い斬痕。
その直後、右腕に走る灼熱。
『チッ!!』
梵火の一閃が彼の腕をかすめ、
焼けた線が皮膚に刻まれた。
『またか──!』
反射的に振り返るが──
ドゴッ!!
背中に、もう一撃。
『ぐあああッ!!』
火狩は咄嗟に棍を振るう!
だが、そこには誰もいない。
あの女──
もう、鋼筋の迷宮に溶け込んでいた。
彼女には──
圧倒的な火力なんて、ない。
でも。
速い。
まるで、炎を吐く虫のように。
気を抜けば、
次の一閃が──
心臓を、ぶっ刺してくる。
『……ッ』
火狩は、ぐっと身を低くして構える。
鋼の迷宮、その陰。
そこから射す、金色の閃光を見逃さぬよう──
視線を鋭く研ぎ澄ます。
『あれは……体術じゃないな。』
『あの首飾り……』
『不動明王の──護法神器か。』
舌で唇を舐める。
その眼が、ふつふつと熱を帯びていく。
『あんなレベルの神器……』
『こんな可愛い子ちゃんが、持ってるとかアリ?』
棍を一回転。
『ってか、あれ外したら──』
『封印の座標とかも、バラされちゃったりして?』
さっきの、あの黒いアイマスクの男より。
AIみたいな動きのヤツより。
──今の方が、何倍も燃える。
これが、本物のバトルだ。
これが、「最高に楽しい」ってやつだろ──!
『おーい、小娘ぇ……!!』
火狩の声が、火場と鉄架を震わせながら響いた。
『お前みたいな、速攻型でスパイシーな子はさぁ──』
『もしオレに捕まったら、ただのバトルじゃ済まないからね?』
ニヤァッ……と、
邪悪全開な笑みを浮かべながらも──
全身の筋肉が、既に迎撃モード。
棍の先に、再び──冥火が点火される。
その火は、今までで一番──灼熱。
『来いよ、明羽。』
『オレが見せてやる。』
『火狩流・全力出火モードってやつをな──!!』
『あたしが──ただの隠密型だと思った?』
『暗がりからチクチク攻撃するだけだって?』
『──ちっちっち。』
『ずっと、この瞬間を待ってたんだよ。』
明羽の身体が、
廃墟の天井、月光の真下に──浮かんでいた。
銀色の月。
流れ落ちる銀の水。
そして、金色の剣。
それらが──一つに溶け合う。
明羽は、ゆっくりと剣を掲げた。
『避けてたんじゃない。』
『あたしは──チャージしてたの。』
その瞬間、
剣に、十の梵字が──バチバチと一斉に点灯!
文字たちは、剣の外へと浮かび上がり、
DNAのように螺旋を描き──
繋がり、絡まり──
蓮の輪のような、炎のリングを形成していく。
ズンッ!!!!
明羽は、天へ──剣を振り抜いた!
空間が爆ぜ、金の光が一帯を覆う!
まるで、不動明王の法印が現界したかのように──!!
『明王断罪・十剣昇天──!!』
──第一斬!
明羽の剣が宙で翻ると、火柱が一筋!
その爆炎から、幻の剣が──一本、浮かび上がった!
──第二! 三! 四!
明羽が、火柱の間を走る!
跳ねる! 滑空する!
そのたびに、斬撃が爆ぜ、
金の幻剣が、次々と宙に現れる!
最終的に──十本。
十の金剣が、空中に浮かび上がり、
金色の天輪を描く。
まるで巨大な、宝輪のシャンデリア。
火狩の頭上に──ピタリと、浮かぶ。
『な、なんだこれ……』
火狩の目が、見開かれる。
『連続近接……じゃねぇ。』
『これ……“剣陣召喚”じゃねぇか……!』
──最終斬!
明羽が、空へと跳ぶ!
十剣が、同時に彼女を迎えた。
そのまま逆さまに体を回転させ──
片足で、光剣を踏みしめる!
まるで、神が裁きを下す──天罰のポーズ!
剣を、一閃!
『──破魔障ッ!!』
十剣、同時解放!!
ズババババババババババッ!!
閃光の剣が、雷鳴のように交差し──
空から、怒涛のごとく落ちてくる!!
ドゴォォォォン!!!
工場跡の地面が──一瞬で、吹き飛んだ。
火狩がいた場所を、
光と炎が同時に飲み込む!!
金と紅のスパイラルが爆ぜ、
音は、まるで宇宙が断裂する警鐘みたいに響いた。
灰が舞い、
鉄が燃え、溶け、
時間さえも、炎に焼き裂かれたように──止まった。
──空に、残ったのはただ一人。
明羽。
高くそびえる梁の上に、片膝をつきながら──
静かに、下を見下ろしていた。
そこには、
真紅の深淵。
……だが。
その火の底から、聞こえてきたのは──
彼女の背筋をゾクッとさせる、あの声だった。
『……エフェクトは派手だったけど──』
『火力、ちょい足りないかな〜?』
『勝負は、まだ終わってねぇよ?』
火の煙が裂け、
黒いシルエットが、ゆらりと立ち上がる。
『パワーに課金しないと──』
『“下狩”ランクでトップの俺には、太刀打ちできないよ?』
その姿は──
まるで火の中の王。
火狩は、まだ立っていた。
堂々と。
獰猛に。
そして、無傷で。
明羽は、ゆっくりと立ち上がる。
剣の切っ先で地を突くと──
燃え尽きたはずの灰から、再び火が灯る。
──Ready for round 2.
でも、その時──
この燃え尽きた戦場の「外」。
地の奥深くに、
もう一人の少年がいた。
彼は、まだ知らない。
明羽が生きているかどうかも──
火狩が嗤い声をあげていたことすら──
何一つ、知らなかった。
けれど──彼には、聞こえていた。
江雨高校、地下の遺跡。
その奥、石の壁の向こうから。
ゴウン……と、
かすかな鳴動。
その響きと共に、
ひとつの名が──
再び、呼び覚まされる。
──『山紋盾』
▶ to be continued:
山紋盾、覚醒の前夜。




