ソロレイド!?…飛符(とびふ)二枚の絶望バトル!
黒帽女登場シーン
ヒールの音が、濡れた地面に乾いた一撃を打ち込む。
闇を裂いて降りてきた黒い影は、陽翔の隣に静かに着地した。
爆風で吹き飛ばされ、干からびた魚みたいに倒れていた彼は──
すでに息も絶え絶えだった。
「……あんた……誰だ。敵? 味方? それとも……妖か?」
陽翔は片目を細め、壊れかけのラジオみたいな声でそう呟く。
黒帽子の女は、ふっと笑った。
「敵でもあり、味方でもあり──妖かもね?」
「今どき流行の“見た目だけは若いって言われてる年増妖怪”ってとこかしら♡」
黒帽子の女は、しゃがみ込み、爆発後でもまだカッコつけようとする彼の顔を覗き込む。
「このままじゃ、霊狩の新型ゾンビにされちゃうわよ?」
陽翔の意識は完全に途切れ、女の皮肉すら届かない。
「爆発強すぎて、魂ごとログアウトしたか」
女はゆるく立ち上がり、ふっと口を曲げた。
まるで「やっぱりね」とでも言いたげに。
「聞いてなかったの?」
「“地字人が先、天字人は後”ってのが五行旗の基本ルールよ」
「開天斧みたいなバ火力、開幕から振り回したら──」
女は顔を寄せ、陽翔の耳元で甘く囁いた。
「地字人に鞘納めてもらわないと、どんなチート体質でも──」
「爆発オチ一直線だよ♡」
──その言葉が終わった、まさにその瞬間。
「カサ……カサカサカサ……!」
虫の群れのような音が、四方から迫ってくる。
血の匂いに誘われて、ゾンビたちが群れをなす。
でも、女は武器を抜かない。
動かない。
ただ、軽く足を──
影が、彼女の足元から墨のように広がって──
一瞬で、巨大な黒い花弁が咲いた。
二人の姿は──その中に、すっぽりと包まれる。
そして……消えた。
その場に残されたのは、ぽかんと立ち尽くすゾンビたちだけだった。
******
──焦げた瓦礫の山を、無言で踏み越えていく。
ブレイは──陽翔の姿を探していた。
だが、どこにもいない。
……いない。
──仕方ない。
彼は向きを変え、黙って折り返した。
軍用ハマーに戻る。
無言で、後部トランクを開けた。
中から取り出したのは──
コンビニのホットココア、二本。
ひとつを、ぽんと投げた。
車の横で座り込んでいた思科の前に。
「…………」
言葉はない。
ブレイは隣に腰を下ろし、自分の缶を開けた。
──コポッ。
微かな炭酸音が、静かな夜に滲む。
「……乾杯とかじゃねえ」
「ただの、習慣だ」
彼はそう呟いて──
思科の隣で、黙って一口だけ飲んだ。
それだけ。
でも、それで十分だった。
********
『……ポン。』
まるで、誰かがスイッチを押したみたいに。
死んでたはずのケーブルから──
青黒い火が、ぬるりと湧き出した。
普通の火じゃ、ない。
あれは──
熱もない。
明るくもない。
むしろ、ホタルが群れてるみたいに、
静かに、線を這ってる。
しかも──
火の先っちょ、黒いんだよ。
囁くように、
ゆらゆら、揺れて……
『シュウ……ッ』
なにかに触れた瞬間、
爆発も、燃焼もなく──
……消えた。
空間ごと、ブラックホールに吸われたかのように。
音も、痕跡も、ゼロ。
代わりに、鼻を刺すニオイが満ちてくる。
……ガス爆発の、それだ。
(ブレイ)
ハンヴィーのドアにもたれながら──
ガラス越しに、
外の“鬼火”を、じっと見つめていた。
青い炎が、管を這って、
這って……這ってくる。
その目に浮かぶのは──
疲労でも、絶望でもない。
地獄。
身体が……
自然と、沈む。
『……結局、回してたのは、あっちだったか。』
『こっちは交代制のつもりで戦ってたけど──』
『実際は……十狩のターン制。』
『マジで、ゲームよりエグい。』
ふぅ、と息を吐いて。
それでも無理やり、身体を持ち上げる。
「カチ。」
ドアを開け、
重い鉄剣を、両手でぎゅっと握る。
まるで、
最後の希望にすがるように。
夜は、呼吸することさえ忘れさせるほどに、濃かった。
空が、落ちてくる。
──いや、月が、変わってる。
銀色の月輪が、
黒炎に包まれ、まるで──
──祭壇で焼かれる生贄。
その“黒い月”から、何かが……歩いてきた。
幻覚じゃない。
ガチで“敵”だ。
『……封印の地、ねぇ。』
暗闇から現れた男は、
現れた瞬間から、めちゃくちゃダルそう。
『夢狩はいない。
眼狩がレーダー代わりってか。』
『なのに……おい、俺、
あの腐った腐女子の匂いに釣られて来たってマジ?』
『脳ミソ、癌に食われてバグったのか?』
『チッ、
こういう使えねぇ腰抜け、マジ嫌いなんだよ。』
『どうせ、女みたいなヘタレだったんだろ?』
(ブレイ・OS)
……見た瞬間、わかった。
あいつは、衫山藍みたいな“病み冷え”系じゃない。
爆走系。
部屋だけじゃ足りない──
キッチンまで爆破しに来るタイプ。
──やっかいなのが、出てきたな。
赤い戦闘服の男が、ズズンと着地した。
空気ごと──
燃え歪んだ。
年の頃は三十前後。
身長は余裕で百八十五を超えてる。
筋肉、バッキバキ。
肌は焼けたように濃く、
鼻ピに、刺青。
濡れた赤黒のチリチリ髪は──まるで、焼けた鉄線。
ギラッと光る金色の猫目。
そこに宿るのは、冷たい狩人の殺意。
ブレイは、何も言わず──
ただ、そこに立っていた。
……が、握った刀だけは知っていた。
この戦いが──
「……救援、無しか。」
ポツリと呟く。
「マジで俺ひとり?
あいつと、タイマン?」
懐から、二枚の符紙を取り出す。
チラ……と銀の光。
「……飛符、起動。」
(OS)
「神器もねぇ、卦者でもねぇ。」
「なのに、ボス戦?」
「いやこれ──」
「チートBOSS相手に、素手で突っ込むレベルだろ……」
「バグじゃね、これ?」
──カチリ。
黒い金属のアイバンドを装着。
天鷹偵察チップ、接続完了。
過去一時間の映像が──
まるでスライドのように、脳内に流れ込む。
──姬野家の道場。
連山と明羽が、汗を飛ばしながら木刀をぶつけ合う。
──慎之助、ボロ軽トラで江雨キャンパスに突撃中。
──遊人。
ティダを強く抱きしめて、堰を切ったように泣きじゃくる。
映像が止まり、ブレイはそっと息を吐いた。
「……冷めてんのか?」
「それとも、逃げてんのか……」
「あるいは──まだ口にできない、何かの“選択”か。」
ゆっくりと顔を上げる。
赤い月光を浴びながら、
まっすぐこちらに向かってくる“火狩”。
──もう、逃げ場はない。
「……江雨高校まで、もうすぐだ。」
「ここで火狩を通したら、終わる。」
──飛符は残り二枚。
左右の足裏に貼り付けたそれは、
バッテリー切れ寸前の懐中電灯みたいに、チカチカと光っていた。
「行くか。」
ブレイは飛符を踏み、血の月へ──
そして、火狩へと向かう。
背中の双剣を外し、
まるでFF7の重装ソルジャー。
対する火狩は、
片手の長棍で火焔を操りながら、
まるで──
「ブラッド・ビートのリズムダンス」って感じ。
「おやおや? 寝坊したか、オレ?」
「この匂い……狩者、オレだけじゃねぇな?」
「もしかしてぇ、ここが“最後の封印エリア”とか?」
「……俺が答えるとでも?」
「答えがほしいなら──」
「テメェの命で聞いてこい。」
火狩の長棍が、ドカンと叩きつけられる。
ブレイはそれをギリギリでかわしながら、
まるでナビAIのごとく、口だけは滑らかに回る。
「だがな、オレこそが──“本物のボス”だぜ?」
「ふーん?」
「その顔、バカ丸出し。」
「地上に降りてこいや!」
「チッ……また煽ってんのかよ。」
「そういう手、慣れてるっての!」
「空中のアド、捨てるわけねぇだろ。」
「オマエが空中、長く持たねぇのは──知ってんだよ。」
「……まだ本気出してねぇだけなんで。」
「スキル全振りで範囲火炎とか、逆にダセぇからな?」
「クソッ! 昔も“眼狩”に同じこと言われたわ!」
ブレイの煽りがクリティカルヒットしたらしく、
火狩が猛烈にブチギレて猛攻をしかける!
ブレイは身を滑らせ、
寸前の角度で火棍を受け止めた。
──キンッ!
「おいおい、マジで何してんだ?」
「ここ、そんなに大事なエリアって感じしねぇけど?」
「それとも、テメェら……」
「どこを守るべきか、わかってねぇんじゃね?」
「調査官かよ?」
「質問したきゃ、命で払え。」
「アンケートでも配ってから聞けや。答えるかもよ?」
「うぜぇ!!」
「聞いてるだけのくせに、ぜってー答えねぇじゃん!」
「なに? 時間稼ぎ? それとも煽り芸!?」
──重棍 vs. 双剣。
空中でのぶつかり合い。
火花、バチバチ。
明らかに、火狩の方が空中戦に慣れている。
「チッ……飛行系かよ。」
ブレイは内心で毒づいた。
飛符は全部で十枚──そのうち八枚は陽翔に使わせた。
残るは、たった二枚。
それだけで空中戦を続けるなんて……
「……くそ、マジで足りねぇ。」
「今の気分? バッテリー2%のスマホだよ……!」




