夢の中のバス、五体の案内人 都市傳說の夜
薰と五体の人形は、
タロットバスの中でドタバタとふざけ合いながら、
束の間の休息を取っていた。
「……ふぅ。
休む間もなく、また次の“お客さま”へ……ですね……」
──夜。雨、まだ降ってた。
……この街は、泣けない。
だから、藍が──
代わりに、雨を降らせたんだ。
瓦礫と油の匂いが残る焼け跡の中、タロットバスが静かに佇んでいた。
中にいたのは、中川薰。
椅子にもたれ、傷の手当てをしながら、ぽつりと呟いた。
「……アメリカの都市伝説でさ、“黒い目の子ども”ってのがある」
「全身ずぶ濡れの子どもが、夜中にドアをノックして、こう言うんだ」
──『家に入れて』って。
「目は真っ黒。白目すらない。まるで、深海魚」
「断ると、不気味に微笑むだけ。なぜか……恐ろしくて、断れなくなる」
その時──
バスのドアが「コン、コン」とノックされた。
薰がゆっくりと顔を上げる。
「……中に入っても、いいですか?」
声は低く、妙に機械的だった。
「……お前か」
ガチャ、とドアが開く。
そこにいたのは、黒目コンタクトをつけ、ポンチョを着たCurate子だった。
「わ~~っ!バレた!?ちょっとビビらせたかっただけなのにぃ!」
「ていうかさ、なんで反応うっすいの!?」
「反応ログ:微笑0.4秒、ため息0.7秒。恐怖表現、検出されず」
「都市伝説シミュレーション、失敗です」
「うっっそでしょ!? 結構リアルにやったのにっ」
「……人の家に入るには、“許し”が要る。この世界の法則、ちょっと好き……」
「人類の家……侵入を要請します……システム要求コード:00B-EXE」
「誤りです。それ、ただのDNSエラーの文面」
「……あの瞳孔は、穴だ。呪いでしかない。世界を飲む暗黒の……」
「ちょ、やめて!?ガチで信じる人出てくるから!配信モード切り替え!地縛霊劇場バージョン入りまーす!」
「……Curate子、あなたの魂、少し乱れてる……拭きましょう……」
「本物の黒い目の子、見たいなら……私の夢で見せてあげる」
「……いらない。それと、勝手に夢見せるな」
「……打開結界の鍵……それは『守護者』の“口頭の同意”。たとえ無意識でも、有効なのよ」
「あーはいはい、まとめるぞ」
「都市伝説の多くは、“入れて”と言わなきゃ入れない仕組みになってる」
「つまり──入ってこられるってことは、誰かが“招いた”ってことだ」
その時、バスの外。
カツ、カツ……と、ヒールの音。
漆黒のドレス。濡れた黒髪に、ひときわ映える白い肌。
すらりと高いシルエットは、まるで絵画から抜け出した幻想の存在のようだった。
街灯に照らされた、その黑帽女が立っていた。
「ふふ……遊んでるわね、みんな」
「でも……面白いわ。その理屈」
「だって、そうじゃない?」
「この“江雨高校”って校舎そのものが──」
「都市伝説で言うところの、“あの家”なのよ」
「そして、中にいる八人の子どもたちが」
「つまり、『無意識の守門者』。結界の鍵は……彼らの“言葉”よ」
「え、こわっ。え、てかちょっと鳥肌なんだけど……」
「……演技やめろ」
笑いの余韻が消える。
バスのドアがゆっくりと閉じ、画面が一瞬、真っ暗になる。
そして──次の瞬間。
焦げた鉄骨。
雨に濡れる廃工場。
火狩の背中が、炎の向こうに立っていた。
「あはは、火狩も追いついてきたわね!」
「工業区があの衫山藍に吹っ飛ばされても……帰らなきゃ」
次回――
迫り来る火狩。
火字卦者、ついに動く。
怒れる不動明王、降臨。
「冥火」vs「仏焔」――
燃え尽きるのは、どっちだ?
……次の戦場、灼熱地獄。




