「“愛してる”?」「それとも、“ごめん”?」
「……具合、悪いの?」
衫山藍の脳内に、あの声が響く。
「中川薰。
幻術でティダに化けて……ここまで来たか。
……俺と、思科に。どんな意味がある?」
「思科には意味あるよ」
「……は?」
「だって、あの人ってさ。
本音を言えるの、“誰かになら”ってタイプじゃん?」
「──だからティダのフリ、必要だったの。
じゃなきゃ無理。
ほら、あの思科がよ? 日々あんたが頭抱えてる、
“本心ぐらい見せろ!”って爆発しそうなアイツがさ?」
「社会の目とか捨てて。
真正面から、本音さらけ出すなんて──
現実じゃ、無理ゲーなんよ」
藍はふっと笑う。
「……なるほどな。
死ぬ前に、借りなんか作りたくなかったけど──
強制フラグ、立ったか」
そのときだった。
藍の心に、あの旋律が流れた。
──澤野弘之の音楽。
「思科が、やっと自分の世界から出てきた……
だったら──俺が世界を壊す理由、もうないな」
薰がパネルにぽつり。
「この前、占いで言ったでしょ。
“お客様には、全力でサービスする”って」
偽ティダの隣、思科が黙って立つ。
煙草。
サングラスの奥の目は、何も語らないくせに、
全部見えてるフリをしてた。
──ようやく。
パネルに、藍と思科が並ぶ。
「なんで……なんで教えてくれなかったんだよ」
「さっき……知ったんだ。」
「むおんも……俺も、ずっと──
お前は、生きてるって……信じてた。」
「何もなくて、どこかで元気にしてるって……
そう思い込んでたんだよ……ずっと……」
「……まさかさ。
あのときの頭痛が──
脳腫瘍だったなんて……っ」
思科の唇が震える。
「……俺、知るのが……怖かったんだ」
「……バカ。
ずっと、私のLINEブロックしてたじゃん」
「……すまん。
……男のプライド的に、どうしても……聞けなかった」
「でも、聞きたかったんだ。
──なんで、むおんの告白、断ったんだ?」
「まさか、私が“ホモ”だと思ってた?」
「え、
お前……なんで俺の考えてること、わかった……!?」
「三年も一緒にいて、それくらいわかるってば。
……てかさ!」
「半年しか知らんむおんにはさ、
優しくて、
笑って、
気遣って」
「三年一緒にいた私は──
冷たくされて、
あげくブロックだよ!?」
「はぁぁ〜〜? 意味わかんないんだけど!!」
「……むおんのことも、もちろん好きだったけど。
でも──思科のことは……もっと、大事だったんだよ」
「私の最後の願い、知ってる?」
「……なんだよ」
「君たちの結婚式──
参列したかっただけなんだよ」
バシィン!!
「うおおあああ!?
また飛んできたぁあ!!」
陽翔、爆速で帰還。
そして──問答無用の重力斧!
「いやちょ、待──
疲れた! マジ疲れたってば!!」
藍が、どこか遠くを見るような、
疲れ切った目で、空を仰いだ。
衫山藍の視界が、じわりと滲んでいく。
もう──
物の形が、はっきりとは見えない。
でもそれでよかった。
陽翔の斧が、こちらに迫ってくる。
その光が、大画面に反射して──
最後の最後で、思科の姿だけは照らしてくれた。
パネル越しに、思科の声がした。
「戦うの、やめようよ!
もう、いいって……藍!」
「……“戦い”?
違うよ──
俺がずっと戦ってたのは……思科、あんただけだった」
握っていた腕から、力が抜ける。
陽翔の斧は重い。
でも──病に蝕まれた体のほうが、何倍も重かった。
藍は、パネルの向こうに映る思科を見つめながら──
ぽつりと、呟いた。
「……ねぇ、最後に答えてよ」
「“好き”だったの?
それとも……“ごめん”だったの?」
声は届いた。
でも、返事は──来ない。
──さぁ、どっちだったのかな。
藍のまぶたが、そっと下りる。
ほんの一瞬、目を閉じたその時。
パネルの中の思科は、まだ──何も、言えていなかった。
偽ティダが、静かに呟いた。
「……思科。
彼の心を、解いてあげて。
せめて──安心して逝けるように」
その言葉が、思科の胸を刺す。
ズキンッ。
思科は、その場に崩れ落ちた。
そして──叫んだ。
「……ごめん!!」
パネル越しに、衫山藍が微笑んだ。
「……結局、“好きだ”じゃなかったか」
ふっと、小さく──吐息。
その瞬間。
ズドォンンン!!!!!!!
開天斧、落下。
火花と電撃が交錯し、
爆裂音が園区全体を揺らした。
ドォォォォォン!!
園區のパネルが、一斉に──ブラックアウト。
灯りが、消えていく。
工業區の中心から、
まるで潮が引くように、
外縁へ──順々に、光が失われていく。
塔のてっぺん。
巨大な“晶圓アイ”が、ゆっくりと崩れ落ちる。
周囲の建物群は──
ガララララ……
ドミノ倒しのように、
中心から波紋状に、
一つ、また一つと、崩れていった。
でも、そのとき。
──前方。
園區の入口にだけ、まだ生きているパネルたちがあった。
チカ、チカ……
その画面たちには、
“結婚式用の弦楽カノン”が、まだ微かに流れている。
「画面に映ったのは──」
「藍と思科、二人だけの高校三年分。」
「まるで、この街に残された最後の記憶みたいに。」
「……彼、最後に何か言ってたのか?」
思科が問う。
偽ティダが微笑みながら、答える。
「うん。
“ありがとう”ってさ。
やっと出てきてくれて、
彼の最後の想いに──
ちゃんと、返事してくれたこと。
それが……彼の遺言だったよ」
モニターが、ちらちらと明滅する。
カノンの旋律が、幽かに響きつづけていた。
──そして、最後、藍の映像。
まるで、
あの年の放課後みたいに──
懐かしい、
あたたかい、
どこか照れくさそうな声が、響いた。
『……感情ってさ、
いちばん、デバッグむずいんだよな』
──それだけ、ぽつりと残して。
画面は、
完全に──暗転した。
感情 = debug失敗;
return 0;
人工の灯が地上から消え、
星の瞬きだけが、この荒れた世界を支配していた。
――無数の思いが絡み合って、
最後の「さよなら」は、音もなく、
ただ、すべてが消えていくように静かだった。
藍夜無音
『藍夜無音』という物語はここで幕を閉じる。




