《眼狩 衫山藍――初戦にして、最終戦。》
高架橋の上から──
「……うそでしょ」
陽翔が、思わず息を呑んだ。
彼方、科学園区。
まるで世界の終わりみたいに──
灯りは、すべて。
全部。
消えていた。
唯一、生きてたのは──
あの、電力塔だけ。
「うわ、なんだアレ……」
ブレイが低く唸った。
塔をぐるぐる巻いてるのは、無数のケーブル。
まるで死んだクリスマスツリーの骨格だ。
ビリッ……バチッ……
火花が弾け、青白い電光が宙を走ってる。
塔のてっぺん──
月をバックに、
浮かんでた。
「……眼球、か?」
ブレイが、瞳孔みたいな浮遊体を見上げた。
それは、ゆらゆらと月の真ん中で揺れていた。
でっかすぎるし、
不気味すぎるし、
神聖すぎて、逆に怖ぇんだけど。
「……眼狩じゃねぇか、あれ」
「はあ!? なんでこのタイミング!? バグってんのかよ!」
陽翔の声が裏返る。
「映画の趣味も、ネーミングセンスも、昭和通り越して大正なんだよな……」
「ウイルスに“ブレイダーUN-R”とか名前つけるの、衫山藍くらいだろ」
「このクソ時勢にさぁ、なんで“遊人呼び戻し”の話になるわけ?」
思科が前を睨んだまま、ぽつりと漏らす。
「……今日、親が亡くなったばっかだぞ? 今日だぞ?」
「いや、マジでさ。メンタル、底辺どころか地獄底だろ」
陽翔が拳を震わせる。
「つーかさ、今夜、誰か“遊人、行ってこい”とか言ってみろや──」
「俺、ガチでそいつ斧でぶっ叩くからな!? マジでッ!!」
バキンッ、とシートベルトが軋んだ。
思科は何も言わず、
ハンドルを切った。
軍用ハマーは、
青白い稲妻が飛び交う園区へ──
一直線に、突っ込んでいった。
*********
薰の視奌
──夜は、
とっくに、深い。
タロットバスの窓、
開けっぱなし。
風が、
カーテンをヒラヒラと揺らす。
まるで、ボロ舞台の残骸みたいに。
──誰も観てない劇の、最後の情景。
薰は立ち上がり、
ゆっくりとドアを開けた。
夜の空気が、
肺に、直接流れ込む。
その瞬間──
カチン、と。
木匣が自動でせり出し、
中から、低い囁き声が漏れた。
井戸の底から響くような、あの声。
「ねぇ……薰……
また“人間ごっこ”しに行くの?」
「違うよ、Yomi」
薰は振り返り、
いつも通りの、平坦な声で言った。
「これは、破壊じゃない。──救済だ」
──ぼんやりと浮かぶ影。
ドアの向こうに、
ヨミが現れる。
細長い体、
顔の半分を覆うボサボサの髪。
まるで……病院から逃げ出した詩人の亡霊。
「……フリをして、演じるのは簡単」
「でもさ──」
「その人の心の檻を壊したって……
君は、ほんとに“報われる”の?」
「演技は簡単。
でも、解放が救いとは限らない」
「……ふふっ」
「じゃあ、今回は……どの顔、使うの?」
「“ティーダ”で行く」
「鈴木シスコが心の奥、見せるのは──
あの女にだけ、だからね」
カーテンが、再びフワッと舞う。
……そのときにはもう、
薰の姿は消えていた。
部室の前には、ただ一枚。
パタン……と床に落ちたカードが、
くるり、くるりと回りながら──
ぽっ……と、燃え始めていた。
**********
陽翔 布雷の視奌
「……なあ、マジでここって“昔の”パネル工場だったの?」
陽翔が、ひょいっと曲がった鉄筋を蹴っ飛ばしながら、
ケーブルに縛られた高塔を見上げた。
まるで──
眠ってる機械獣に、にらみ返された気分。
「それだけじゃねぇ」
ブレイが静かに呟く。
「このシリコン重工エリア、骨までケーブルに喰われた」
「いやさ……この線、ちょっと生きてるっぽくない?」
陽翔が足元のケーブルを見る。
ピク、ピク……と動いた。
「うわ、今、俺の呼吸に合わせて……動いたよな?」
「“っぽい”じゃない。事実だ」
ブレイが無表情に、塔を指差した。
「主幹ケーブル──園区中枢と接続済み。
パケット密度とコーディングの走査結果から見て……」
「間違いない。あれには、神経がある」
「なにそれキモッ!? ……ってことはさ」
「ここ、都市型の半壊バイオコンピュータってこと?」
「もしくは──」
ブレイが冷笑を浮かべる。
「“頭”が育った工場都市だな」
「で、今の俺たちは……ちょうど“目玉”の下をくぐってるわけだ」
陽翔が振り返る。
電塔をぐるぐる巻く、
巨大な螺旋ケーブル。
まるで、機械の大蛇だ。
そこに──
ところどころぶら下がる、黒く焼けたOLEDモニター。
灰色のノイズ。
「ピ……ッ」って、電子の断末魔。
「なぁ、このモニター……何流してんだよ……?」
「呪いのビデオかよ、ホラー映画かよ、マジでやめろって」
「……ここ、もう“火城”じゃねぇよ」
「“機械の地獄”じゃん」
陽翔が、肩に掛けた開天斧を持ち上げた。
ふぅ、と息を吐く。
「いや。ここは“火城”で、合ってる」
ブレイの声は低く、鋭い。
「……俺たちの敵は、あの塔の──」
「“額”のど真ん中で、こっちを見てる」
「開天斧の刃、絶縁処理済み。
眼狩は斬れても、塔は登れない」
ブレイが月光の下、塔の“眼球”を見上げながら言った。
「逆に、俺は塔に登れるが──眼狩には勝てない」
白い月光が、彼の体を照らす。
まるで、怪物に“神の後光”が差したように。
「……何それ、中二病のライブ配信?」
陽翔があきれた顔で言った。
「ってかさ、
言いたいことはわかるけど、上行くの俺じゃん」
「だから──使え」
ブレイが胸ポケットから黄色い札を一束取り出し、
シュッと指先で弾いた。
バサッ!
十枚の符札が、宙に四散!
「……は? なにこれ? 飛ぶポストイット?」
「佛城特製、舞空符だ」
ブレイは指先を噛み切り、
札の一枚一枚に、自分の血で文字を書き込む。
「お、おい……?」
パラッ……パララッ……!
符が風を巻き起こしながら、陽翔の周囲を旋回!
「わっ!? え、ちょっ……浮いた!?」
「安心しろ。俺が生きてる限り、術は維持される」
「はああ!?
つまり、俺が死ぬのはOKだけど、
お前は死んじゃダメってこと!?」
「契約名──“命運共同体”」
ブレイがにやりと笑った。
「ロマンチックだろ?」
「どこがだよッ! テメェ!」
陽翔が反撃しようとした、まさにその時──
「ほいっ」
バンッ!
「ってアアアアアアアア!?
何すんだこのクソ大叔ぅぅぅぅぅ!!」
陽翔が斜め上に吹っ飛んだ!
空中でくるくる回転しながら、叫びがこだまする。
「アディオス、坊や」
ブレイが軽く手を振る。
「ちなみに俺が死んだら、お前も落ちるから、よろしく〜」
その背後──
ガァアァ……と喉を鳴らす屍体たちが、
地獄の門を割って現れる。
「……うぜぇ」
ブレイが振り返り、
二刀を交差させる。
シャッ!
横一閃──
ズバァァッ!!
二体の屍、断末魔もあげる暇なく、三枚おろし。
剣についた液体は──血じゃない。
溶接オイルと、腐蝕剤の混合物だった。
「……不浄な死体ほど、導電性が高い」
ブレイがポツリと呟いた瞬間──
「だからって、
おっさんマジで恨み深すぎだろッッ!!」
空中の陽翔が、逆さまの姿勢で大叫び。
「一言ツッコんだだけでコレ!?」
「てか落ちるときBGMつきって何!
“ドーン……ガラガラ〜ン!”って!?」
空中を回る八枚の符が、さらに速度を上げる。
ビィイイィィ……!
戦闘モードに切り替わった。
陽翔が体勢を整える。
視線の先──
あの“眼球”の真下。
「あの野郎、まだあくびしてやがる……!」
陽翔が斧を構えた。
「──ぶっ飛べ!!」
ガンッ!!!
塔の頂上を狙って、
開天斧をフルパワーで叩き込む!!
しかし──
眼狩は微動だにしない。
ズギャアアァン!!!
その背後から、
ズルリ、と現れたのは──
黒光りする巨大なケーブル!!
うねる蛇尾のように振るわれ──
ドカァッ!!
陽翔が三回転した末、吹っ飛ばされる!
「ぐあああああああああッ!!」
斧を握る手が、ビリビリに砕ける。
指が……痺れて動かない!
それでも、離さない。
開天斧だけは──
絶対、落とさない。




