これ絶対、先生じゃねぇよな!?
御堂陵光──
彼女の名は、まるで寺の奥に差し込む朝日を思わせるような響きを持っていた。
1. ティダ《非常時特別対策本部・生活安全支援課・臨時派遣調査員》
ティダが青いIDカードを、ひらひら。
にこっと笑って――
『……こちら、非常時特別対策本部・生活安全支援課の臨時派遣調査員でーす☆』
『臨時って!お前、絶対“狙って来た”だろ!?』
遊人が即ツッコミ。
『てか、“臨時”って言っとけば何でも許されると思うなよこの女ァ!』
『出たよ……“役職で世界救ってます”系の顔』
慎之助の声、引きつってる。
2. 思科《江雨区教育連携防衛局・第一担当官》
無表情のまま、すっ……と名乗る。
『江雨区教育連携防衛局、第一担当官』
『はぁ!? 教育連携!?』
慎之助が目を見開く。
『お前それ、絶対“戦略本部の参一”ポジだろ!?
“教育”って言っときゃオブラートになると思ってんのか!?』
『むしろ逆に怖ぇよ……』
遊人の声が震える。
『……教育って、別に優しいとは限らないからな』
思科が、ぼそりと一言だけ残す。
3. ブレイ《緊急避難措置・精神安定支援指導補佐》
無言で、刀の鞘をコツコツ叩く。
その胸にぶら下がっているのは――
《精神安定支援指導補佐》の文字。
『ちょ、待って!? 精神安定って何!?』
陽翔のツッコミが爆発。
『この人、巨怪バッサリいったし……
味方の腕もためらいなくスパーンだったよな!?』
『いやいや……この人こそ、
現場に“修羅場”運んでくる本人じゃん……』
慎之助がそっと突っ込む。
『……修羅場に慣れること、それが俺の平常心だ』
ブレイの声は、いつもの低音で――
説得力だけはやたらあった。
姬野姉妹が、無言で顔を見合わせる。
(……ぜってー先生じゃねぇだろ、コレ)
でも、何も言えない。
『くっそ……』
連山が額を押さえて天を仰ぐ。
『あのとき……世界がぶっ壊れて、嫁が猫になったあの日……』
『予感しとくべきやったんやな……この日が来ることを!』
飛鳥は、そっと連山の背後に隠れた。
『……このネタ、オレだけ知らないのはナシでしょ?』
遊人が、そっと様子を伺う。
『学長――
いや、前代の“山字人”だったなんて。
まさか隠れてたとはね……』
ティダが、肩の包帯を気にしながらも、
わざとらしく涙目モード。
ピョンッ!
飛鳥が連山の背後から飛び出して、
『ベッタベタ女はお断り!』みたいな顔。
『雲門のことも、あの頃のオレも――
今となっては……昨日の栄光や』
連山が、少しだけ遠い目をして言う。
『前代“山字人”として、礼を言いに来た』
ブレイの声は短く、重い。
陽翔と慎之助が、同時に顔を見合わせた。
『世界がヤバいなら、言えること全部出す。
そのほうが勝ち目も増える』
思科がさらっと言い放つ。
『いや、これ家庭訪問じゃなくて――』
『保護者会やん』
連山が深いため息。
『うわ、出た。“世界”ってワード……!』
遊人の顔が一気に真っ青になる。
『プレッシャーが……山っっ!!』
『本当はね、ただ学長に会いに来たの』
『まさか遊人までいるとは思わなかったけど』
『ついでに、身バレしてもらおっか』
ティダの目が、ふっと真顔になる。
『もう、顔に煙吹きかけるのはやめるわ。
――身元、バレたし』
『は? 調べたの!?』
『正々堂々よ〜ん。ってか、甥っ子♡』
『ちょ、まっ……今、なんて言った!?』
『冗談じゃないってば』
ティダの目は、初めて「本気」だった。
『遊人。
あんたは――
第七封印を守った雷使、無道の息子よ』
『……あたしの兄の子』
『でも、兄は……もういない。
封印戦で、亡くなった』
(――え?)
世界が、
止まった気がした。
頭が、
クラッシュする音が聞こえた。
【情報過多ッ!】
遊人の中で、何かが――溢れた。
『君は孤児じゃない。』
『今日から、家族がいる』
『……それが、あたし』
ティダが、ふっと笑った。
でも、目が赤い。
『兄が消えてから、ずっと考えてたんだ』
『いつか、誰かがやって来て――
アイツにそっくりな口の悪さで
「ただいま」って言うんじゃないかって』
『……まさか、本当に来るとはね』
遊人の喉が詰まり、言葉が出なかった。
感情が、
一気に押し寄せてきた。
涙腺、バグった。
シーン……。
『……え、なにこの空気』
慎之助がぽつりと。
『さっきまで鍋パじゃなかった!?
こんなムードで食えるかっての!』
『で、今さらだけどさ……
俺、ティダのこと、なんて呼べば正解?』
『“伯母”とか口にしたら、殴る。ガチで』
ティダがサムズアップして、
『ティダ姐さん、ティダさま、ティダアネキ♡
お好きなのをどうぞっ♪』
……その瞬間、
慎之助の石化ウイルスが遊人に感染。
パキ……パキパキ……ッ
遊人の体から、
乾いたクッキーみたいな音がする。
【魂、抜けたわ……】
【生きる意味、どこいった?】
世界が、
モノクロに見えた。
異次元からの【ズオオオオ……】音が聞こえる。
完全に、幽霊モード。
『……でも、まだマシなほうだよ』
『は?どの辺が?』
陽翔が、ツッコミ顔で。
『人生、もう十八層くらいまで落ちたよね』
『十九層目とかあったら――
転生してくるわ、異世界に』
慎之助の声、めちゃ小さいけど、
地味に致命傷だった。
『初代神器の使い手には、特殊な術式があった』
『“等価交換”ってやつで、
命と引き換えに、ひとつだけ願いを叶える』
連山の声が、すっと落ちる。
『じゃあ、無道と……御堂陵光の願いって?』
ティダが、そっと問いかけた。
『陵光はこう言ってた』
『「私は母親として、誰にも代われない。
でも、遊人が次の人生で、
いい女の子に出会えますように」って』
遊人の目が、すーっと遠くなる。
【ズームアウト中】
『その子……どこにいんのさ』
ただ静かに、結菜を抱きしめるしかなかった。
昔みたいに、
彼女が人間だった頃のように。
ティダが、そっと遊人の肩に手を置いた。
『その猫、大事にしなね』
『……なんとなく、陵光にも関係ある気がして』
『御堂?』
『じゃあ……オレの母さんって……』
『うん、御堂陵光。
前代“澤”(たく)字人だった』
『けど、もうこの世にはいない』
パリ……。
【精神崩壊:進行中】
遊人の体が乾いた煎餅のように、崩れ始める。
目は完全に死んだ魚。
天井を見つめるだけ。
『ていうか、オチるだけ落ちてない?』
『まだ終わってないよ』
『……嘘だろ』
ティダが、ささやくように。
『その猫は……“現任”の彼女ね』
『いやいやいや、元カノだし!?』
結菜が、にゃーと鳴いて
ヒョイと肩に乗る。
『“元”じゃねぇし!!
あたし、ママ公認の“現カノ”だから!!』
『ひいいいいい!!??』
鍋の味噌の香りが、
しん……とした部屋に漂っていた。
誰も、箸を取ろうとはしなかった――。
『戦闘猫のタクシー?
……違うよ。』
『あんたは、この茶番の中で――
本当に、戻ってくるべき人だったんだ』
『なんか……』
陽翔が、ちょっと照れながら笑った。
『ティダさんが姉っぽく見えてきた』
遊人が、ゆっくりうなずく。
『初めてかもな……
“期待されてる”って感じたの』
『……もし、陵光が今も生きてたら』
連山がぽつりと。
『こんなふうに、ここに座ってただろうな』
ティダが、遊人と結菜を連れて歩き出す。
陽翔と慎之助も、後を追おうとするが――
『……今は、遊人とふたりで話したいの』
ティダの言葉に、ふたりとも立ち止まる。
結局、ブレイ・思科・陽翔・慎之助の4人は
そのまま一緒に歩き出した。
姬野家の家族全員が玄関で見送る。
連山だけは最後まで残り、
彼らが道の角を曲がるのを見届けていた。
──夜が、深まっていた。
思科の車が濡れたアスファルトを滑る。
ヘッドライトの光が、静かな雨とネオンを裂いていく。
後部座席は、しん……と沈黙。
慎之助が、窓に寄りかかる。
まだ、どこかで遊人の背中を見ているようだった。
『……俺ってさ』
彼の声は、雨音よりも小さかった。
『いつもこうなんだ』
『誰かが傷つくのを見てるだけで、
結局、何もできない』
誰も何も言わなかった。
『陽翔も、遊人も……
ずっと俺の前を走ってた』
『俺はただ、風の中で、
それっぽい“気遣い”を口にするだけ』
『でも、意味あるのか?
……何も、変わらないのに』
慎之助は、自分の手を見つめる。
『剣も使えない。作戦も立てられない。
能力もない……』
その時だった。
思科が、ふっと口元をゆるめた。
『昔の俺みたいだな』
『……え?』
『学生だった頃さ』
『聖火部隊の、ある老教宗に
こう言われたことがある』
『“自分を過小評価するな。
たとえ一番ちっぽけな存在でも――
その人にしか守れない誰かがいる”』
『……その人は、今は?』
慎之助が、少しだけ俯いて訊く。
『その人は――
五行旗の聖者になって、戦場で死んだ』
『あの言葉は、今の俺が持ってる。
そして、今――お前に託すよ』
慎之助は、言葉を失った。
『……思科さん』
『人生がわかるのは、俺が賢いからじゃない』
『……老けただけだよ』
信号の赤が、思科の頬に淡く映る。
その表情が、疲れなのか懐かしさなのか――わからなかった。
車が分岐を曲がるとき、
慎之助は静かに降りた。
その場に立ち尽くし、
車のテールランプが遠ざかるのを見送った。
気がつけば、
彼の両手はぎゅっと握りしめられていた。
――あの言葉は、
何かの重みを、
そっと、彼の掌に落としていった。
***
科学工業地区へ差しかかる。
車内、AIのマイクが耳元でノイズ混じりに叫ぶ。
【最高警報:工業園区が高強度ネットウイルスに襲撃中】
思科の目の前に――
赤いフォントの警告がドーン!!
《ウイルス:ブレイダーUN-R.exe》
視界ジャック。即ブレーキ!
『ぶわっ!?』
急停車。ブレイと陽翔、前のめりで突っ込む寸前。
『な、なんなん!?今の!?』
『俺のメガネ、園區の接続全部イカれたぁぁ!!』
思科の絶叫が車内に響く――!
──次回、
《眼狩 × 衫山藍――初戦にして、最終戦。》
Coming Soon.




