遺された座標と、雷の印──FILE:☳ CODE YUJIN
「──で、つまり?
今んとこ、退場してないの、ウチら三人だけってこと?」
ティーダは教室の椅子にグダッと体を預けながら、
手に持った缶を、プシュッと開けた。
シュワッ……。
昼間の蛍光灯の下で、
炭酸の音だけが異様に響く。
「……その言い方、まるで最初から読んでたみたいだな。」
シスコはちらりとも顔を上げず、
モニター前でタイピングを続けたままボソリ。
「読めてたよ。
あの結界の壊れ方、綺麗すぎ。
内側から抜かれたとしか思えないし──
他に、誰がやれんのよ?」
ティーダは缶をゴクゴクと飲み干し、
カン、と机に置く。
「『リスクは可視化済み』?
本部の連中、よう言うわ。
──ほな、お前ら制御してみせろっつーの。」
「落ち着け。
肩の傷……まだ塞がってないだろ。」
ブレイは教室の後方、日差しの差し込む席に座ったまま、
二本の指で大剣の背を、カン……カン……とゆっくり叩いていた。
「落ち着いてるってば。
ちょっと……酔ってるだけ。」
「一本目で?」
「じゃあさ〜、もう一本開けてよ〜♡
技術支援官さまっ。」
「……それ、戦闘班の仕事だろ。」
そう言いながらも、
シスコは深いため息とともに立ち上がり、
自販機の前まで歩いていく。
ポチ、ポチ。
ゴトン。
落ちてきたのは、無糖の炭酸水。
「……ノンアルじゃん!? はあ!?!?」
「戦力補充中に飲酒?
……次はお前の気管、縫ってやることになるけど?」
ブレイの声は淡々としたまま。
けれど、その言葉には、
全力での警告が、確かに含まれていた。
ティーダはビクッと肩をすくめた。
「ちょ、ちょっと!
さすがは自分の味方すら斬った男!
──冗談ですって、冗談だから!」
数秒、誰も何も言わない。
沈黙。
ようやくティーダが顔をゆっくり二人に向けた。
「……真面目な話さ。
ウチら三人で……あと何波、耐えられると思う?」
「計算上は、最大──」
「だから今それいらないのっ!
シスコくん、今のは“気持ち”の話よ、心・情っ!」
「……気持ち的には、
来週に有休取れたら嬉しいなーってとこ。」
「で、ブレイは?」
ティーダの視線が、壁際にいる盲目の剣士に向かう。
ブレイは、変わらずに
カン……カン……と剣の背を叩いていた。
その音は、不思議と安心感がある。
「……三人いれば、十分だ。」
空気が、一瞬止まる。
ティーダは小さく笑った。
何かツッコもうとして──
結局、サングラスを下ろして目を隠しただけだった。
パタン。
シスコがノートPCを閉じる。
「じゃ、今回のレポート提出しとくわ。
二人とも、飲みすぎるなよ。」
「あと、ティーダ。
その死亡フラグみたいな話し方、やめて?」
「え〜〜〜!?
“もしアタシが死んだら、ウチの猫よろしく”ってのもダメ?」
「ダメ。」
「……つまんないの。」
ふとティーダが投影スクリーンを見やる。
そこにはまだ、遊人からのLINEが表示されたまま。
最後に残ったのは、全員的外れなQ版スタンプの嵐。
「……で、遊人くん。
ガチで既読スルーかまされた感じ?」
「寝落ちか、もしくは……
泣きに逃げた、って線もある。」
シスコは缶を片手に肩をすくめた。
「顔は主役っぽいのに、
心は完全に透け系男子だもんな。
──だからこそ、世界に選ばれやすいんだけど。」
「あるいは、世界に消費されるタイプ。」
ブレイのひとことが、低く刺さる。
彼は壁にもたれたまま、腕を組んでいた。
情報教室の照明は半分だけ点いていた。
投影スクリーンの青白い光が、三人の顔にうっすら反射している。
その光景は、まるで仮想戦場の真ん中に
彼らだけが取り残されているかのようだった。
「まさか、ここが臨時の作戦本部になるとはね……」
ティーダは乾いた笑みを浮かべ、
左手で肩を押さえた。
その肩の傷は──まだ、癒えていない。
「……喚狩がどうやって江雨の結界に侵入できたのか。
そこだけは、やっぱり解せない。」
ティーダは、隣のPCに目をやった。
モニターには、佛城との暗号化チャンネルが開かれている。
既読マークが並んでいる。
が──
どれも、返信はなかった。
「結界の仕組みを把握してるのは、佛城の奴らだけ……」
「……でも、今日一日まるまる既読無視か。」
シスコが眉を寄せた。
「何かあったか?」
「可能性は否定できないけど、
今のところ証拠はない。」
ティーダの声は低かった。
何かを押し殺すような声音だった。
「……こういう指揮官の帽子さ。
やっぱ、そっちのほうが似合うよ。」
ブレイは静かに言った。
「ボクはただの“仮”だ。」
「は?
今さら指揮官の座、戻す気なん?」
「オレの仕事は敵を斬ることだけ。
──子ども相手の幼稚園の先生なんて、やる気ない。」
カン……。
ブレイはゆっくりと刀鞘を叩く。
金属の音が、狭い教室に響く。
「戦場で唯一怖いのは、死じゃない。
足を引っ張るやつだ。」
「──今の戦場?
引っ張り要員、山ほどいるけどな。」
その黒い電子アイバイザーが、刀身に映る光をじっと見ていた。
カン……。金属の澄んだ音。
「ちょっと待て、
こっちには高ランク情報官がいますけど?」
ティーダが軽く手を上げて言う。
「でもさ、喚狩がどうやって侵入してきたかより──
藍は十狩の中で、どんな役割だったのか。
今どこにいて、何を考えてるのか……そっちのほうが問題でしょ。」
そのとき。
ピコンッ。
シスコのAI眼鏡に、黄色の小さな文字が浮かび上がった。
《遡及アルゴリズム:遊人保護時の“写真”解析 完了》
シスコはカシュッと二本目のビール缶を開けて、
何でもないみたいに笑った。
「……で、ちょっと新情報あるんだけど?」
二人の視線が同時に集まる。
「遊人の出自、特定できた。」
「は?
前、調べたとき何も出なかったじゃん。」
「孤児院の古いデータ、壊れてたからね。
でも、AI補完+画像修復+初期演算で──
当時の状態に、再構成できた。」
ピッ。
シスコはAR眼鏡をトンと押し上げ、
データを教室中央のホロ画面に同期。
浮かび上がったのは、一枚の古びた写真。
そこには──
遺跡の石板の上に、
赤ん坊がぽつんと寝かされていた。
背景には、江雨高校地下の封印遺跡。
そして、赤子の下には……光る術式。
☳
「“禁鞭”だ……しかも囲まれてる」
三人、同時に無言になった。
「これ……」
ティーダの声は、息みたいにか細かった。
「これは──」
「無道の転送陣と、禁鞭だよ。
……古代中国式、“雷”の印。」
シスコの声音は静かに沈む。
「たぶん、あの最終決戦のとき──
無道は、死ぬ直前にあの子を外に飛ばしたんだ。」
「その“あの子”が……」
「──遊人。」
ティーダは目を閉じて、
一瞬だけ、歳を取ったように見えた。
「拾った子じゃなかったのか……」
「運命の、ひと欠片だったんだね。」
「……血のつながりかどうかは分からないけど。
身体のどこかで、感じてた。なんか、似てるって。」
ピッ。
突然、スクリーンがちらついた。
シスコの眼鏡前に、赤い警告文字。
《江雨区役所/姬野連山 戸籍変更 完了
夜間訪問予定:本日20:00》
「……ん?」
シスコが瞬きをする。
「どうした?」
ティーダが首をかしげる。
「区役所のデータベース、うちのと繋がっててさ。
──あんたの古い知り合い。
今夜、訪問に来るらしいよ。」
「え?」
ティーダは目をしばたたかせ、
そしてふっと、苦笑した。
「ちょうどいいじゃん。」
「……今夜、会いに行く。」
彼女は立ち上がり、机の上のジャケットを手に取った。
その指先が、ぎゅっと布を握る。
「言いたいこと……山ほどあるからさ。」




