小鋼砲、初日で社長目指すってよ
「うんうん、そうそう! 残るはあと二人──」
「アタシが東棟の“証”を引き継ぐ、その時まで!」
「父上の遺志──ここに、果たしますっ!」
「……やっぱ“父の血”ってやつだね~」
姬野リカが、ちょっと嬉しそうに肩をすくめた。
──そして。
観客の視線が、明羽に集まるその瞬間。
リカの姿は、いつの間にか体育館から消えていた。
静かに、静かに。
誰にも気づかれないように。
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【第一戦:三本勝負】
対するは──副社長、余 昇明。
がっしりとした体格。
構えは低く、竹刀を握る腕には、岩のような太さがある。
「得意技は、面と突の二段構えだな……」
陽翔が目を細めた、そのとき──
「来たッ、三連面ッ!!」
開幕と同時。
昇明の踏み込みが、地を割るような「ドンッ!」と響く!
竹刀が──
「ビュンッ、ビュンッ、ビュンッ!!」と空気を裂き、
連続して頭部を叩き込む!!
「速っ!? てか、強っ!!」
ざわつく場内。
けれど──
明羽は、微動だにせず。
「……まさか」
彼女は、腰を沈め、目線を下げた。
蛇のように、地を這う姿勢。
ギリギリの距離で、三発の“面”をすべて──回避ッ!
「さ、誘い面……!?」
慎之助の声が、ひゅっと吸い込まれる。
明羽は、わざとリズムを上げさせた。
連打を誘い、相手の呼吸を崩す──その一瞬に。
「胴有りッ!!」
裁判の旗が、ビシィッと上がる!
一本目、姬野明羽!!
「ぐっ……!」
焦った昇明が、一気に攻勢に出る。
しかし明羽は──正面からはぶつからない。
「動くっ……!」
ステップ、ステップ、切り返し、軽い足取りで舞うように──
昇明の勢いを、逆に利用して誘い込む。
そして、三合目。
昇明の面打ち!
「今っ!」
明羽は、左肩をくるりとひらり回してかわす!
──そのまま、反転!
「返し胴ッ!!」
バチィッ!!
鋭く、胴に叩き込まれた斜め打ち!
「いや、あれは完璧な反撃だ!」
「やっば……見えた? 今の!?」
場外が一気に騒然。
「胴有りッ!! 二本目!!」
「勝者、姬野明羽──!!」
瞬間。
会場に、爆発みたいな拍手が鳴り響く!!
熱舞社のメンバーたちも総立ちで──
「ヤッターッ!!」
「さすがウチのアネゴーーッ!!」
榻榻米をバンバン叩きながら、全力で声をあげる!
「この子……完全に相手を読んでたな……」
陽翔が漏らした声は、
その場の誰もが、心の中で思っていたことだった。
そのとき。
明羽は、竹刀を肩にポンと担ぎ、
汗まみれのままニヤッと笑った。
「で?」
「次のボス、どこ?」
──強くて、可愛くて、天然で。
でも、誰よりも“前を向いている”。
姬野明羽、完全覚醒。
そして、間を置かず始まった──
第二戦。
対するは技巧派、左 修明!
これは、スピード対スピード。
テクニック対テクニック。
完全に、“純技巧”のバトルだった。
左 修明は「間合い(ま-あい)」のコントロールが超一流。
羽明が一歩踏み込む、その前に。
いつだって、彼は半歩先に抜けている。
その動き──
「……猫かよ」
陽翔が、ぼそりと呟いた。
まるで忍者。
いや、野生の猫みたいに柔らかく、無駄がない。
防御に、死角すらない。
榻榻米の上で、二人の靴音が弾ける。
稲妻みたいに、ぐるぐる回る!
「……入れない。あの間合い、なんか磁場っぽくね?」
陽翔が苦い顔で見つめていた、そのとき──
三度目の接近。
「行った……!」
羽明は、横に流れるようなステップ。
体ごと斜めにスライドさせて──
すれ違いざま!
竹刀を巻き込むように動かす!
「巻き技──ッ!!」
左 修明の柄を奪い、そのまま空中へ!
バシィン!!
「面ありッ!!」
裁判の旗が──ピシッと上がった!
一本目、姬野明羽!!
「……やるね」
左 修明の目が、ぐっと鋭くなる。
構えを崩し、攻撃に転じる!
が──
羽明は、それすらも読んでいた。
「そこっ!」
突きが来る直前、肩をひねってスライド回避。
反転! 逆ステップッ!!
「くっ、死角入った!?」
観客の声が混じる中──
「はああああッ!!」
明羽の竹刀が、真横から振り下ろされた。
ガンッ!!
左 修明の胴──
真ん中にクリーンヒット!
「胴ありッ!!」
「勝者、姬野明羽ーーッ!!」
熱舞社のメンバーが総立ち!
バンバン榻榻米を叩き、声を張り上げた!
「二連勝!? マジで!?」「やばばばばば!!」
慎之助は、放心したようにつぶやいた。
「今の……完全に剣道版の『ナルト』だったよな……」
すると、その声が聞こえていたのか──
竹刀を肩に担いだ明羽が、にかっと笑ってこっちを見た。
「ナルトより速いって、褒め言葉でいいよね?」
それを聞いた観客席から──
「え、マジで“剣道界のセンター”じゃん……」
「完全にC位オーラ出てたよね!」
「いやもう……SSR女主引いたわこれ……!」
拍手、歓声、笑い声。
そのどれもが、
次の戦いの「起爆剤」になっていた。
試合を見届けていたのは、現社長・阪本水泉。
デカい。
マジで、ゴツい。
腕はまるで丸太、背中は鉄壁。
立ってるだけでオーラ出てる系の男──
全国三位の実績は、伊達じゃない。
彼がゆっくりと擂台へ上がっただけで──
場の空気が「ビリッ」と張り詰めた。
「──幹部人事、発表する」
その声は、静かだけど重い。
自然と、全員が黙った。
「社長:左 修明。
副社長:余 昇明。
財務:邵 モ謙。
総務:姬野 明羽」
一瞬、空気が止まる。
「──はぁ!?」
ズドン!!と音がするほど、明羽が飛び出した。
「ちょ、ちょっと待ったぁッ!!」
騒然とする観客。
だが阪本は眉一つ動かさず、落ち着いた声で言う。
「姬野同學。
社長には、後任人事を指名する権限がある。
それが、校則と部則に則ったやり方だ」
「でも、でもさ!!」
「劍道部も孟彰樓も──ずっと、
『実力で選ばれる』って伝統だったでしょ!?」
「伝統は伝統だ。
だが俺は、未来のために規律を選ぶ」
「……は?」
「君は──ただの“女子”だろう」
その瞬間。
空氣が、爆ぜた。
「おいおい、マジで言った!?」「うわ……最低!」
「女だからって総務止まりって、何時代だよ……!」
熱舞社のメンバーが一斉に立ち上がる。
「男だけの劍道部なんて、昭和かッ!!」
「パフォーマンスは男女混合でやってるのに!」
「劍だけ強くても、ハートが弱いのかい!?」
阪本が、声を張る。
「……劍道は実力主義だ!
実力ある者が一番強く──そして正しい!」
「なら──」
明羽が一歩、前へ。
「一番強いやつが、一番デカい声で話すんだよね?」
「そうだ!」
「じゃあ──」
明羽、竹刀をピシッと構える。
先端は……社長の額、ど真ん中を指していた。
「今ここで! アンタに挑む!!」
バァァンッ!!
観客が叫ぶ前に、空氣そのものが弾けた!
「はあ? お前が俺に?」
「アンタが“全國三位の社長”だろうが何だろうが……」
「こっちは“小鋼砲”だかんねッ!!!」
阪本が苛立ったように、ぐっと睨みつける。
「舐めた口ききやがって……」
「副社長! 俺の竹刀、持ってこい!!」
──次回、最終戦。
「一劍で決める!」
明羽 vs 社長・阪本水泉、開幕!




