剣の指す先が、私の偉大なる航路だ
黒板には、今日の剣道トーナメントの組み合わせがびっしりと書かれていた。
その前を取り囲むのは──
見るからに血気盛んな男子たち!
「メーンッ!!」
「ドスッ!!」
「っしゃあぁああッ!!」
竹刀がぶつかる音。
防具が鳴る音。
大地を揺らすような踏み込みの音。
――そして、男たちの絶叫と、熱気と、汗と。
まさに、戦場。
「って、うわ!? な、なんだあの集団……!」
場内がざわめく。
入ってきたのは──
制服姿の女子たち、しかも…やたら華やか!
「……陽葵ちゃんと、熱舞社!?」
リーダー格の佐藤陽葵は、後ろの後輩たちに指示を出しながら、
キビキビと動き回っていた。
「はい、そこ一列に並んで〜! 座っても目立つ感じでいこっ!」
その横を通り抜け、別のチームが戦場の端に現れる。
「遅くなりました〜」
姬野黎花が、江雨の一行を引き連れて入場。
その背後には──
「黎花姊、あのへん空いてるっぽいよ」
陽葵が周囲を見渡しながら、場所取りに奔走する。
既にその一角では──
薰と結菜が、すでに到着して待っていた。
「ここ、空いてたから取っといたよ。
っていうか……今日のこのメンツ、普通に文化祭レベルじゃない?」
「うん、ガチで“異種格闘技戦”になってきた……」
結菜もぽそっと笑いながら、榻榻米の上に正座した。
「応援、来てくれるだけで……ホントに嬉しいよ」
黎花が、ちょっと照れたように笑う。
「姉ちゃんさ、口ではなんも言わないけど──
たぶん、めっちゃ喜んでると思う」
「え? 俺ら以外には……来てる人いないの?」
慎之助が眉をしかめて、ぽつりと聞いた。
「……うん。いないの」
「まじか」
「性格、なのかも……。明羽って、ほら──ちょっとストレートすぎるとこあるから」
「どういうこと?」
「たとえばさ……数学の授業中に、平気で自分の疑問をその場で先生にぶつけたり、
クラスでちょっと浮いてる子を、堂々と庇ったりとか」
「うわ、それ……」
「グループLINEとかですぐ広まるんだよね〜」
黎花がちょっと苦笑い。
「新しく転校してきた子にしちゃ、さすがに攻めすぎだな……」
遊人が小声で呟く。
「そーいう性格ってさ、人気者になるか……ガッツリ嫌われるか、どっちかなんだよなぁ~」
薰は頬に手を当てながら、したり顔でうなずく。
「私なんて、半年先に来てても……あそこまでは無理だよ。はぁ……」
黎花は小さく息を吐いて、視線を遠くに向けた。
「……あ」
ふと、榻榻米の向こう。
一人の選手が、防具の面を外す。
「──明羽だッ!」
「明羽、がんばれーっ!!」
「かっこよかったよ明羽ーっ!!」
黎花の声が、体育館中に響いた。
その選手──姬野明羽は、静かにこちらへと歩いてくる。
面を外した瞬間、
ぱあっと汗が空気に弾けて、額からきらめく水滴がほとばしる。
「……え、なにこの……アイドル感」
慎之助の声が、無意識に漏れた。
耳元でふわっと揺れるショートヘア。
ぱっちりとした目が、観客席の誰かを探している。
それだけで、なぜか胸がドキッとした。
小柄な体に、ギュッと詰まった筋肉のライン。
防具の下からうっすらと感じる胸元の起伏と、汗まみれの息づかい──
「……やっば、推せる」
「いやいやいや、ちょっと待て俺!!」
慎之助が自分にツッコんだ。
脚線美はまるで流れるようにしなやかで、けれど芯が強い。
陽葵がしなやか系アスリートなら──
姬野明羽は、まさに筋力系・爆発力系アスリート。
「そりゃ“小鋼砲”とか呼ばれるわけだ……」
どこか無邪気で、どこか負けん気。
でも、全身からにじみ出るのは、たった一人で全力を尽くしてきた者の強さだった。
「リカぁ〜〜っ! タオルちょーだいっ!」
「アタシもう、蒸発寸前だってばぁ……!」
明羽は、試合を終えてドサッとその場に崩れ落ちる。
そのまま、戦場の隅にぺたんと座り込んだ。
「姐御! ……って、疲れてるっスか!?」
「つかれてないつかれてない! ……けど、なんか……魂は抜けたぁ〜!ぷはっ!」
「でも、四強まで行けたのはでかいよ」
「ここでちょっと休めるっしょ」
そう言って、明羽はそのまま大の字で榻榻米に倒れた。
「今日はね、頼れる友達にお願いして──
仲間を連れて、応援に来てもらったの!」
「えっ、あの詩社のこと? さすがリカ〜!
もうね、アタシてっきり……
誰にも見られず、姉妹で孤独に散る運命かと……!」
「今日こそは、“苦情姉妹”返上記念日だねっ!!」
黎花がそのまま明羽に抱きつき、きゃっきゃと笑う。
「どーも、詩社の元部長です! 今日は慎之助くんにお願いして──
熱舞社も総出で駆けつけてます!」
薰が笑顔で結菜を小脇に抱えつつ、姬野姉妹にぺこりと挨拶。
その横で──
慎之助は。
完全に。
固まっていた。
(う、動けねぇ……)
顔が……見れない。
目が……合わせられない。
……ていうか、至近距離で見ると、この子……
さっきよりもずっと、ずっと……やばい(語彙力)
「おい、そこのアニキ? その格好、えっと……
まさか……コスプレ? マジ? ガチのやつ??」
明羽が慎之助の姿を見て、バクハツする。
「ぶっははははッ!!」
「なにそれ!最高なんだけど!」
慎之助の顔、真っ赤通り越して紫に近い。
まるで変色するカメレオンの如く。
「……自己紹介、しとけよ慎之助」
陽翔が小声で促す。
「いつも口だけ達者なやつが……
今日ばっかりは、沈黙の魔術師かよ」
「ど、ども……っ。田中青果店の、紀慎之助と申します……。
ご、ご高名は、かねてより……その……」
「え、えぇぇーーッ!? 今の聞いた!?リカ!!」
「『ご高名』だって!?」
「どうする!? どう返す!? 『初めて会った気がしません!』でいい!?
もう、無理っ! 大将〜〜助けてぇえ〜〜!!」
明羽はというと──
そんな慎之助のテンパりっぷりなどまるで気にせず。
ニコッと笑って、
ぐいっと彼の右手を、両手でがっしり握りしめた。
「よ、よろしくぅっ!!」
(………………)
(オレ、もうダメだ……)
(生まれて初めて、女の子と……手ぇ、繋いだ……)
石化していた慎之助は、声にならない声で、薰にだけ気配で伝えた。
「ム、リ、デ、ス……」
「……えっ? アニキ、なんて言ったの?」
キョトンとした顔で、首を傾ける明羽。
その“わかってなさ”すら、なんか……可愛い。
ショートヘア、ちょっと低めの身長、くったくのない笑顔。
もし防具つけてなかったら──完全に、天然で距離ゼロの妹キャラ。
だからこそ──
見てるこっちが抱きしめたくなるほど、守りたくなるんだよ。
「現・詩社社長の僕が代わりに申し上げますと……」
遊人が慎之助の代わりに、すっと一歩前へ出た。
「慎之助殿が言いたかったのは──」
『お方のご英姿、まさに風林火山のごとし!
勇猛果敢にして、才気煥発!
一気呵成の奮戦にて、本日必勝、武運長久間違いなし──!』
「…………」
慎之助は、その場で立っていられず。
まるで、炎天下で干からびたスライムのように──ぐにゃぁぁって崩れた。
──遊人、薫のバトンを見事にキャッチ。
「さっすが詩社! 口達者すぎぃ~!」
「もうこうなったら、今日の試合──ぜったい勝たなきゃダメでしょっ!」
「じゃないと、あたしのファンに顔向けできないもんねっ!」
そう言って笑った明羽の顔は、
まるで……完熟マンゴー。
甘さ濃縮、果汁じゅわ〜っなスマイルだった。
「しかも──ほら、あそこ見て!」
姬野リカが、ぴょんと背伸びして指さす。
「うおおお……! あれ、全員……!」
榻榻米の端、
陽葵に整列させられた熱舞社の面々が、
ずら〜っと……!
「うっわ、すっご……!」
「まさか、私たちにも……あんな日が来るとは……!」
「集まってくれたのは、もちろん──」
遊人がニヤリと笑いながら、声をひそめる。
「全部、陽翔くんと慎之助の功績ってことで?」
「先輩マジで頼もしすぎ!」
「今の一言で──戦力ゲージがフルチャージされましたっ!」
明羽が、ドンッと拳を突き上げる。
「いざ、グランドライン再出発ッ!!」
「アタシ、今日も──十人相手でもいける気しかしないッ!!」
「……あんた、もしかして海賊王に転生した?」
リカがジト目でボソリと突っ込む。
「ちょ、じゃあ俺も言うべきか……」
「出航……って?」
慎之助が震える声でつぶやいた。
「やめとけ、二次被害が出るぞ」
遊人が即座に肩をポン、と叩いた。
──全員、つい吹き出してしまった。
そんな明るさが、
今は妙に……頼もしく思えた。




