陽翔、彼女から電話だってよ(※ただし誤解)
【ライブ後の裏ステージ】
「葵、あんまり気にすんなって!
もうちょい練習すりゃ、ぜっっったいイケるから!」
ギターとドラムが必死にファンをブロックしてる間、
汗だくの工藤白がゆっくり前に出てきた。
顔にはステージ終わりの興奮とちょっとした恐怖が残ってる。
「え? ……ああ、キミたち……
どっかで見たことあるような……?」
「えっと、あれだよね……大礼堂?」
フワッとした口調、曖昧な笑顔。
記憶喪失ごっこでも始めそうなテンション。
「……監兵棟の……連中ね?」
その一言で、空気がストーーンと落ちた。
……サァァ……
外から吹く風の音が、やけに鮮明に聞こえる。
詩社、全員沈黙。
「ハハ、トイレ行ってくるー」
薫が遊人とアイコンタクト。
\尿遁戦術・発動!/
ちゃっかりトイレ方面へスライド開始。
陽翔は正面突破。
慎之助は……逃げ遅れて石化中。
「ボロボロなときに思い出してくれる人こそ、
本当の友達じゃん……」
陽葵、焦って空気を変えようと突っ込んだ。
「うんうん、わかってるって……
でもよりによって“監兵”?」
「なにさ、孟彰の方が格上ってか?」
陽翔、冷たくツッコミ。
「ちょ、ちょっと!
小白の言いたいことはさー!」
陽葵、勢いで自分を指さす!
「なんでよりによって監兵棟がこんなセンス良すぎなわけ!?
一発でわかるでしょ? 私が明日のスターだって!」
……あ、舌噛みかけた。
本人も分かってる。これは自嘲。
でも、誰かが冷場を割らなきゃって、
ちゃんと分かってた。
「は、ははは……そ、そうだね……」
白の顔、引きつりすぎて竹刀の素振りに使えそう。
「……観客の顔、怖くて見れなかったんだよね……」
陽葵、ぎゅっと拳を握る。
「最後まで歌えなくて、
自分から逃げちゃった……
小白なら、わかるよね……?」
「だいじょーぶ。 あと何回か練習すれば余裕っしょ」
白、慣れた感じでハートポーズ。周囲の目線が一斉にズレる。
「今日はさ、西爾頓も連れてきたんだ〜! 今月は小白の番だよん!」
ピィーッ(口笛)
「ワンッ!」
舞台の裏から、赤いトイプードルが飛び出してきた。
西爾頓! 白の腕の中へジャンプイン!
「え、一緒に犬飼ってんの?」
慎之助、眉ぴくり。
「んー、一人一ヶ月交代でお世話してるだけ〜」
陽葵、指かみかみ。
「大学入ったらちゃんと一緒に飼う予定だけど……
今バレたら親に足の骨折られそう、アハハ……」
「……」
犬も黙るレベルの空気感。
「ねえ、卒業式の後って何か予定ある?」
「“今から”剣道部の部室で試合見に行くんだ」
「こんなとこで時間潰してる場合じゃない」
陽翔、首の後ろで手を組んでため息。
「じゃあ“今から”西爾頓を家に帰しまーす」
白、ニッコリ。目は笑ってない。
……あーもう、これ完全に「一言喋ったら負け」空間じゃん。
「今日って剣道部の伝統の引退試合なんだよ」
遊人、猫背に結菜を乗せながら戻ってくる。
「陽翔、黎花との約束忘れんなよー?」
「え? 結菜からは何も聞いてないけど……」
陽葵、気まずそうにモジモジ。
(内心:私が場を繋がなきゃ、
絶対あとで後悔するやつ……)
「阪本水泉が引退するから、
新しい部長を試合で決めるんだって」
「江雨の伝統で、勝った人が孟彰棟の棟長にもなる」
「で、姫野明羽を応援しに行くとこ」
「えっ、知り合いなの?」
陽葵、目をぱちくり。
「ちっちゃいけどさ、竹刀持った瞬間に空気変わるんだよね」
「剣道部って基本男子ばっかなんだけど、
あの子ひとりで四人の先輩に挑むんだって。ガチで孤軍奮闘」
遊人が付け足す。
「黎花が言ってた。
『お姉ちゃんが一人ぼっちに見えないように、
誰かが側にいてくれるだけで全然違う』って」
遠くから、竹刀がぶつかる音が響いてくる。
陽葵、そっとそっちを見た。
「わかる、その気持ち……」
ぽつりと呟くその声は、いつものテンションとは違った。
「あのね……全員に見られてる中で、
ひとりでステージに立つ孤独って、ほんとにヤバいの」
「だからさ! ダンス部も応援に行こっ!!」
バンッと拍手、目がキラッキラッ
「えー、じゃあ俺たちのランチデートは?」
白の抗議は、陽葵の鬼顔で瞬殺。
「もう全員まとめて行こーよっ!」
ポチッ。
LINE通知「ピロン♪」
数分後、
ダンス部の人波が剣道部へと雪崩れ込んでいった。
「さすが陵光棟の棟長兼部長……影響力エグすぎ」
「人たらしにも程があるやろ……」 慎之助、ぷいっと顔そらし。
遊人は、ただその背中を見てた。
さっきまでうつむいてたくせに、
今じゃ100人引き連れて前を歩く女の子。
「……なんかさ、あの話思い出した」
遊人の脳裏をよぎるのは、あの伝説。
──赤いクリップ1本から、家を手に入れた男の話。
「いやマジで……俺ら、
ちょっと話しただけなのに、
今ダンス部ごと召喚されたよな?」
薫、笑う。
「慎之助よりマシやけどな」
陽翔の冷ややかな目線に、
太之助……じゃなく慎之助、無言で肩を落とした。
「……じゃ、俺はひとりで西爾頓のトリミング行ってくるわ」
白は犬を抱きかかえたまま、
やれやれと首を振って去っていった。
陽翔のスマホが、ブルッと震えた。
「……もしもし?」
電話の向こうから聞こえてきたのは——
姫野黎花の声だった。
「えっ、まだ着いてないの!?
うちの姉ちゃん、もう一回戦終わっちゃったよー!」
「え、そんな早いん……?
さっき、みんなやっと始業式から出てきたとこやで?」
陽翔が小声で返す。
「剣道部の男子たちさ、
体力測定済んだらそのまま式サボって、
先にアップして打ち合い始めたの!」
「待ってるからねっ!お願いっ!
あたし、姉ちゃんにタオル届けてくるから〜!」
******
ツー……ツー……ツー……
陽翔はスマホを見つめたまま、
その場に数秒、硬直していた——
「なんでお前、姫野黎花の電話番号なんか持ってんの?」
慎之助がジト目で訊く。
「朝陽に頼んで聞いてもらったけど、なにか?」
陽翔がフンと鼻で笑った。
「……ホンマにそれ、朝陽からか?」
慎之助の目がさらに細くなる。
「絶対、本人からもらったやろ?」
遊人がピシャリとツッコむ。
「相手の番号ぐらい、別に普通やろ?
俺、お前らの番号も持ってるし。」
陽翔は無表情に返す。
「でも、普段は省エネのために電話もしないやん……」
「……つまり、俺らは電力削減の対象だったってことか。」
遊人が死んだ目で言った。
「でも黎花のことは、バッテリーなんて気にしないわけやな?」
慎之助が笑いながら小声でボソリ。
「……今日、開天斧持ってこなかったの、マジで後悔してる。」
陽翔が拳をギュッと握る。
「うわぁ〜〜コワいコワい☆」
慎之助がオーバーリアクションで頭を抱える。
「よし、俺が右手で慎之助。左手で遊人。
ちょうどバランスいいな。」
陽翔が冷たい目で睨む。
「どうせ手、出せへんって。」
遊人がヘラっと笑った。
「ふーん? なんでそんな自信あんの?」
陽翔がゆっくり袖をまくる。
「だって、あの子が暴力嫌いやろ?」
遊人がニヤニヤと目を細める。
「俺に殴られた奴らも、みーんな暴力嫌いやったけどな?
だからって、手加減してやったことはないけどなァ?」
陽翔がニィッと笑って拳を構える。
「……ってかさ、来てるよ。本人。」
唐突に中川薰が割って入る。
「なにッ!?」
陽翔が振り返ると——
体育館のドアから黎花が飛び出してきた。
拳を下ろす陽翔。
その顔には……涙を浮かべた黎花がいた。
「学妹ちゃーん! 聞いて聞いてっ!」
遊人がすかさず走っていって叫ぶ。
「うちの陽翔兄貴な〜、陵光寮の棟長にツテあんねん!
それで! ダンス部の美少女たち、全員呼んできてくれたんよ!!」
「……」
陽翔、思わず口が開いたまま閉じれなかった。
「も〜〜〜感動っ!!
こんな助っ人、よく見つけてきたよねっ!」
黎花はそのまま陽翔の腕にダイブ。
腕を抱きしめられた陽翔の肩が、カクンと落ちる。
「ほらな?
殴れるわけないやん。」
慎之助が耳元でボソッと笑う。
本当は違うけど――
遊人が勝手に押しつけた“人情ポイント”、
陽翔は……ニヤリと受け取った。
だって。
黎花に感謝されたんなら。
それがウソでも。
この得、逃すわけにはいかんやろ?
本当は違うけど――
遊人が勝手に押しつけた“人情ポイント”、
陽翔は……ニヤリと受け取った。
「……ま、得は得だしな?」
誰もバラさなければバレねぇし。
それに。
黎花に感謝されたんなら。
それがウソでも——
この得、逃すわけにはいかんやろ?
感謝されて、得もしたし。
じゃあ、行くしかないでしょ?
運命のトーナメント、開幕──!




