街とその不確かな世界 たぶん、村上作品じゃありません
男子寮は、江雨高校が商店街近くに借りてるビルの一つ。
外へ出て、商店街へ向かうが──
「……ん?」
景色が……おかしい。
たった数歩進んだだけなのに──
コンビニや建物に車が突っ込んでる!?
営業しているはずの朝食屋は
すべてシャッターが降りている。
逆に、昨夜閉店していたはずの店は
なぜか全部開いている。
最も人が集まっているのは、
道路の上。
道行く人々はほぼ全員、
スマホを握りしめ、
「もしもし!?」
「いや、そんなバカな……!」
と焦燥感に満ちた様子で通話しているか、
画面を食い入るように見つめている。
「うわぁ……マジで世界の終わりって感じだな。
みんな慌てて飛び出してきたってわけか。
でも……」
俺の最大の関心事は、
朝飯が買えないことだけだ。
***
どの店も店員が見当たらない。
仕方なく、
学園の塀のそばにあるコンビニへ向かい、
しばらく店内をさまよう。
レジの前に小銭を置き、
勝手にパンを持っていく。
「……誰もいないんだから仕方ないよな……」
***
学校の門へと向かうと、
そこには──
「おや、遊人。結菜は一緒じゃないの?」
門のそばの階段に座る、
優しげな笑顔の姬野ママ。
彼女は江雨学園の女子寮の寮母を兼ねている。
腕には、 大きな黄色の犬が抱かれていた。
「昨日ね、結菜があなたを探してるって言ってたわよ?」
姬野家のとろとろ親子シナモンロールは、
江雨商店街の名物スイーツ。
遊人、慎之助、陽翔、薰先輩、
そしてデビュー前の結菜の五人は、
昔よく彼女の店でおしゃべりしながら、
タダでお菓子を食べさせてもらっていた。
「姬ママ、俺、
昨日結菜には会ってないっすよ。
ママこそ、ちゃんと眠れた?
最近も抗うつ薬たくさん飲んでる?」
「ええ、もう長年の持病だからね、
仕方ないわ。
ところで、
うちの姪っ子二人が今年入学したの。
結菜と一緒に、あなたも面倒見てあげてね?」
「え、姬ママ、忘れてる? 俺もうすぐ卒業っすよ?
それに、あの子たちって陵光楼の学科に入るの?
結菜も四月からは先輩になるんだから、
面倒見るのはむしろ結菜の役目じゃない?」
「今は、学科を選んでいる場合じゃないわよ……」
姬野ママは、腕の中の大きな犬をそっと撫でながら、
ふっと遠くを見る。
「……ねえ、見てわからない?
昨日の夜を境に、うちの旦那がこの犬になっちゃったのよ。」
「…………は?」
「この先の世界がどうなるか、
もう誰にもわからないの。
あなたも気をつけてね。」
「そっすね…… まぁ、俺も友達に会いに行くんで、
失礼します!」
長話になりそうな予感がして、
遊人はそそくさと走り去る。
世界の終末よりも、
姬ママの結菜に関する質問攻めの方が怖いからだ。
***
冷たい風の中を駆け抜け、
学園の門をくぐる。
ふと、学園の外壁にある電子広告が目に入った。
そこには、
清楚で可愛らしい少女モデルが微笑みながら、
江雨学園の新入生向けPR動画を紹介していた。
遊人は、その広告をちらっと見るなり──
フードのツバを深く被り、視線を逸らした。
***
「学校って、まるで世間から隔絶された桃源郷みたいだなぁ!」
江雨学園は、丘の上にある高校だ。
東方のある島国の西海岸中央部に位置している。
学園の外周には、
東西南北にそれぞれ
孟彰楼、監兵楼、陵光楼、執明楼という4つの校舎が建っている。
グラウンドは、二重の植栽壁で囲まれていて、
内側も外側も八角形だ。
内側の植栽壁には、
春と夏の花が交互に植えられている。
「高三になっても、学校って本当に魔法みたいだよな。
グラウンドはいつも四季折々の花で彩られていて、
全然飽きないんだ。」
「一生ニートで、
学校の近くに住むだけでも価値があるよ!
ははは!」
遊人はいつものように手帳を取り出し、
こう書き込んだ。
商店街でバイトして、学校近くの廃墟となった町に住み、
のんびりとした人生を送る。
***
グラウンドの中央には、
**4階建てで360度回転する円形のカフェ『四時江雨』**がある。
「四時」は中国語で四季を意味する。
このカフェは、花畑を一望できるため、
ドラマの撮影やウェディング会社のロケ地として有名だ。
また、カフェの運営は、
この学校の料理・製菓科の看板にもなっている。
「『四時江雨』をもう一度しっかり見ておかないとな。
ここは薫たちとの思い出の場所だから。」
そう言うと、お腹が**グゥ~**と鳴り、
遊人は急いで陽翔を探しに行くことにした。
ついでに、
ボクシング部で彼とおしゃべりしながら朝食をとるために。
***
ボクシング部の部室から聞こえてくる、
ミットを叩く音。
リズミカルな打撃音と、
低く響く掛け声。
遊人は足を止め、
フードの端を少し引き下げた。
「……さて、あいつの調子はどうかな?」
そう呟きながら、
一歩、ボクシング部の扉へと踏み出した。