男子会議中に、突然ラスボスが降臨しました
陽翔と弟たち、朝陽と大翔が暮らしている場所は――ボロボロのコンテナハウス一棟。
廃教会の横の空き地にポツンと置かれ、青と白のテントの下が“キッチン”ってわけ。
教会の横には、枯れた枝だけが残った背の高い木が三本。……なんか、ちょっと哀愁。
普通の家ならジャマモノなはずのこの斧も――
何もない木村家では、むしろ「物干し竿」代わりの貴重なリソースってわけ!
「兄ちゃん、なんで今ごろ帰ってきたの?
田中さん、野菜くれた?」
「ちゃーんとあるよ~!
田中さんの方が、よっぽどお前らの兄ちゃんって感じだよな~?」
「工事現場で突っ立ってるだけのくせに、
偉そうにしてる兄貴より、“大黒柱”っぽいわ~!」
陽翔は斧を下ろし、肩をすくめながら、ぼそっと呟いた。
「俺が“遊んでる”ってことになってんのか……
そりゃ知らなかったな。」
「優しいお姉さんがくれた、三日分の朝ごはんだよ~ん!」
遊人は車から、ティダ姉さんのミルクティー10本と
トースト&ジャムのフルセットを下ろした。
「うわっ、兄ちゃんたち、マジでイケてるーッ!!」
中二の制服を着た朝陽がバタバタと走ってきて、
ドリンクを片っ端から運びつつ、冷蔵庫の電源をオン!
「ちょ、片付けてってば!
あとで福祉センターの人来るんだから!」
朝陽は野菜をひとつ掴んで、ダッシュでテントの下へ。
洗って、皮むいて、サクサクっと鍋に投入!
ジュワァアア……と油の音と一緒に、
なんとも言えない“あったかい香り”が空き地全体に広がった。
******
「福祉の人、この前来たばっかじゃなかったか?」
陽翔たちは、大翔から水とタオルを受け取りながら、首を傾げた。
「ん~、なんかね。
阿霞姉ちゃんが、新しいボランティアの人を送るついでに、
“ちょっと様子見てくるわ~”って言ってたよー!」
慎之助はピンクのパイプ椅子にドカッと座り、ノビ~っと伸びをしながら言った。
「はぁ~~~……あったけぇ……
あの冷血な兄ちゃんとは大違いだよな~」
「俺が冷酷ってか?」
陽翔は、眉ひとつ動かさずにそう返した。
「あるある!
俺が数学の時、小声で“答え見せて~”って言っても、ガン無視だったし!」
「……俺が解けるわけないだろ。」
「だったらさ、隣の席の答え覗いてきてくれてもいいじゃん?」
「……」
陽翔は小さくため息をついて、黙ったまま背を向けた。
慎之助:「なあなあ、体育の時のこと覚えてる?
鉄棒さ、俺が1回やっただけで腕プルプルなのに──」
陽翔:「……で?」
慎之助:「お前だけスイスイ10回クリアして、クラス全員置いてけぼりだったじゃん!」
陽翔(肩をすくめながら):「手伝えって言われてもな……
減量手伝うしかないだろ、それ。」
慎之助:「違うって!
せめて先生に一緒に土下座してくれるとかあんだろ!」
陽翔:「……お前のせいで俺の寿命が縮まる気がする。」
「つーかさ、この前校門で姫野姉妹に会ったときも、
お前、やたら俺を急かしてただろ……?」
「ついに!
色ボケ本性バレたか?」
「人間の心があるなら……
あそこで俺の“運命の出会い”を邪魔するなよな!!」
「わかった。
次は“全力で”お前に任せるよ。」
「言うだけじゃダメだってば……手伝えって!」
慎之助が文句を言うと――
「はいはーい!
じゃ、まずはコレっしょ♪」
遊人がニヤニヤしながら、陽翔のバッグからメジャーを取り出し、慎之助の腹にピッと巻いた。
「お、おい……!
俺、冗談だったんだけど……?」
慎之助は舌を噛みつつ、顔を青ざめさせた。
「ナンパしたいなら、まずはダイエットだよ~♪
ってか、前に“痩せる!”って言ってたときより、1.5インチ増えてるし!」
遊人は爆笑しながら、床をバンバン叩いた。
「ってことはさ、昨日の夜……街では何も起きてなかったの?」
遊人は眉をひそめた。
(オレとティダ姉さんが死ぬ気で戦ってたのに、こっちはまるで異世界……?)
「街中は無事だったけどさ、Uチューブでドローン映像見たらヤバかったぞ!
“獣の海”が江雨を取り囲んでてさ、まるでモン○ンのレイドバトルみたいになってんの!
でも変なんだよな……壁のとこでピタッと止まってて。マジで圧巻だったわ!」
「オレも見た見た!
人類の部隊が壁の端っこに集まってて、あれもう血の海だろあんなん!」
「えーっ、見たい見たいっ!」
遊人がスマホを取り出して検索するも――
「……って、動画が出てこないんだけど?」
「オレもあとでもう一回見ようと思ったんだけどさ、
数分で全削除されてたんだよな……」
慎之助の一言に、遊人の脳裏に浮かぶ――
あの“鈴木思科”的なシステムの影。
遊人はゴロンと仰向けになった。
でも――
昨夜のことを話す気には、なれなかった。
慎之助:「で、お前昨夜どこ行ってたんだよ?スマホ全然繋がらねぇし。」
遊人:「んー?結菜と江雨で『人狼ゲーム』してたけど?
ま、そこそこ白熱したバトルだったよ。」
「……いいな。
世界が終わる前に、せめて“小雪”には会えたんだもんな。」
陽翔は空を見上げて、ぼそっと呟いた。
「……せめて“非リア卒業”はできたよな。」
慎之助がすかさず乗っかる。
その時、大翔が玄関の方で車の音に気づいた。
「……阿霞姉ちゃんだ!」
彼は席を立ち、キッチンへ飲み物を取りに走る。
「ねぇ、もし……
世界が終わる直前に、一つだけ願いが叶うとしたら……何したい?」
遊人は空を見つめたまま、ふわっと呟いた。
「マックに行って、チキンセット全部頼んで……
隕石落ちる直前にゲーッて全部吐く!」
慎之助、即答でぶっ放す。
「最後に会った可愛い子と、映画でも観たいな。」
陽翔は、相変わらず無表情でポツリ。
「おっ、姫野黎花のことか?」
遊人がニヤニヤして言いかけた――が。
「……うっ!」
次の瞬間、遊人は顔色を青くして、トイレへダッシュ!
(給食に混ざってた肉をうっかり食べて、自律神経が発狂中……)
誰にも気づかれず、その場を去った。
「でもなぁ……よりによって“孟章樓”の子か……」
陽翔は苦笑混じりに、つぶやく。
「最後に会った子を“嫁”扱いとか、どんだけ一途だよお前~!」
慎之助はゲラゲラ笑ってツッコミ。
「……孟章樓の女の子たちに、何か偏見でも?」
ふわっと静かな声が割って入った。
語尾のトーンが、どこか落ち着いてる。
「おい遊人、お前飲んでるのはスープだろ。酔っぱらいみたいなテンションやめろ。」
陽翔がツッコむが――
その遊人、まだ戻ってきていない。
「でもさ~、姫野“明羽”の方が美人じゃね?」
慎之助は食後の満腹で、ゴロンと横になりながらポツリ。
「……お前と俺のストライクゾーン、一緒なわけないだろ。
オレ、気の強い女はちょっと……な。」
陽翔は目を閉じ、夜風に身を委ねる。
「……明羽さん、そんなに“怖くない”と思うけど……?」
どこからか、小さな反論が聞こえた。
語尾の感じが、やっぱりちょっと違う。
「慎之助、まずは話しかける勇気を持て。
それから“怖い”かどうか判断しろ。」
陽翔は珍しく、笑いながら言った。
「へへ……」
慎之助は照れ臭そうに笑った。
その時――
陽翔はまだ気づいていなかった。
新しい“社工”が、静かに玄関から入ってきたことに。
彼女は、ただ微笑んでいた。
「なぁなぁ……
お前、狙ってるの……やっぱ姫野黎花”だろ?」
慎之助は目を半開きのまま、眠そうにつぶやく。
「お前こそ、先に“明羽”を狙っとけ!」
陽翔はボリボリと頭をかきながら起き上がる。
――が、その視線の先にあったのは。
姫野“黎花”と、またしても目が合った。
制服ではなく、今日はTシャツにジーンズ。
その上に、福祉ボランティアのジャケットを羽織っている。
「うわっ……マジかよ!
なんで寝てるだけで見張りもしてねぇんだよっ!」
陽翔は隣で爆睡してた太之助に拳骨ドーン!
「いてぇっ!?なんでだよっ!?」
姫野黎花はバツが悪そうに微笑み、
そっと手を振った。
「ごめんごめん、駐車スペース探してて……
あれ、知り合いだったの?姫野黎花ちゃん、新しくうちのエリアに配属されたボランティアよ。」
阿霞姉ちゃんが、後ろから登場。
手にはお菓子の箱をぶら下げている。
「……まぁ、“古い知り合い”ってところかな?」
黎花は、小さな声で、やわらかく微笑んだ。
「うおっ!マジかよ陽翔!
姫野姉妹と知り合いだったの!?
くっそ、カッケェじゃん……!」
慎之助の目がキラッキラに輝いてる。完全に憧れモード突入。
→
「お前さっきの発言で……
むしろ“敵認定”されたかもしれん。」
陽翔はぼそっと低い声で言い返す。
「ふふ……大丈夫よ。
男の子って、だいたいそんな感じだし。
うちのお父さんの道場も、男子の生徒さん多いの。」
黎花はやさしく笑って答える。
(聲線溫柔,天使buff)
「おぉぉ~!?
ってことは、黎花ちゃん……
めっちゃモテるってことじゃんか!」
慎之助、一気にテンションMAX↑↑↑
「そうね……毎日、たくさん……かな?」
黎花は少し照れながら、くすっと笑う。
(←破壞力やばい)
「じゃあさ、陽翔はもうアウトじゃね?」
慎之助が肘でツンッとつつきつつ、ニヤニヤ。
「ち、違うの……“小学生”が多いって意味よ!
道場の向かい、江雨小学校なの。」
黎花のほっぺがポワ~ッと赤く染まる。
(かわいい爆弾炸裂)
「そしたら江雨のガキども、弁当とか差し入れしちゃってんじゃね?」
「そんなことしたら……
うちの父、たぶん“剣で手を斬る”わよ~。ふふっ」
「ぶはっ、それ最高!」
その時、遊人がようやくトイレから戻ってきた。
……なぜか顔が引きつっている。
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「……あれ、なんか変じゃない?」
→
「……ん?
なんかさ、変じゃね?」
遊人は耳を澄ませて、周囲を見渡す。
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「さっきから……車の音も、犬の鳴き声も、ぜんぜん聞こえなくね?」
いや、陽翔も眉をひそめたまま、空を見上げた。
風の音が、少しずつ強くなる。それは心地よい風ではなく、まるで何かが近づいてくるような……そんな気配だった。
→
風の音が、ヒュウゥゥ……と少しずつ大きくなる。
それは爽やかでも涼しくもない。
“何か”が……近づいてきてる音だった。
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「……なあ。
さっきまでいた鳥、急に一羽も見えなくなってないか?」
陽翔の声が、急に低くなる。空気が変わった。
「風がさ、強くなってない……?」
慎之助は無意識にフードをギュッと引っ張る。
「……これは“風”じゃない。“陰風”だ。」
「黎花……一旦、阿霞姉さんと一緒に中に入って。な?」
陽翔の声が真剣に変わる。さっきまでの空気はもうない。
「えっ……スマホ、災害アラート来てる……?」
次の瞬間、全員のスマホが一斉に――
「ピィィィーーーッ!!」
「……えっ?」「は……?」
全員が目を見開いて、動けずにいる。
「アラート待ってから動いてたら……遅い。死ぬぞ!」
陽翔が叫ぶその瞬間──
陽翔の左手が、黎花をヒョイッと引き寄せた。
「──ッ!」
右手に取ったのは、テーブルの上の――おたま。
ズドォォォン!!
喪屍の頭部に、おたま直撃。
「「「……う、うそだろっ!?」」」
混乱は、一瞬で“パニック”に変わった――!!
「っ、黎花、下がれっ!!」
陽翔が反射的に叫び、腕を伸ばして――
ドンッと背中を押す。
その一瞬。
「……わかった」
黎花は振り返らず、足音ひとつ鳴らして地面を蹴る。
ダッ!!
コンテナハウスまで一直線。
髪をなびかせ、制服の裾を翻し、
風のように、光のように――
その姿は、次の瞬間にはもう影だけになっていた。




