共テ、それ何?食べられるの?
──そして、地球の裏側。
第七の封印が解かれる戦場。
その光景は、幾年にもわたって**井上遊人
**の夢の中で繰り返し再生されていた。
「……また、同じ夢かよ…… もう、いい加減にしてくれ……」
「無道とかいう男、俺と何の関係があるんだよ……」
──いや。
今回は違う。
……今までになかった《六芒星》と《魔法陣》が、追加されている──!?
「……うわっ!? っのやろっ!!」
──ガタンッ!!
寮の部屋の目覚まし時計が、大音量で鳴り響く。
遊人は布団ごと床に転げ落ちた。
「いってぇ……」
痛む頭を押さえつつ、スマホを手に取る。
「……朝の六時半……今日は……」
液晶に映るスケジュールを見て、ぼそりと呟く。
「……『共テ』、だと……! いや、大事すぎるだろコレ……
すごいな! マジで! 最高だな!!(白目)」
──いや、心の中ではまったくそう思っていない。
スマホの未読メッセージを開く。
……うわ。
結菜からのメッセージ、
昨夜11時過ぎからずっと爆撃。
(もう寝たん!? 信じられへん!!) 23:30
(なんで無視するん!? あのドレスのせい!?
確かにウェディングドレスで、
胸だけ隠して、
胸元からへそまでスリット入ってたけど!?
変やったよな!?
でも次はちゃんと断るから!) 23:32
(それとも、
サッカー部の部長に告られたんが気に入らんの!?
その日のうちに断ったっちゅーねん!!
何回言わせるん!?) 23:35
(まさか、大学入試に自信ないとか!?
落ちたら浪人すればええやん!
それも無理ならバイト!
バイトもあかんかったら……
世界中に見放されても、うちがいるやろ!?) 23:40
(もうムリ。
こんなにメッセージ送ってんのに返事ないとか……
はっきり言うわ。
うちの初恋、誰にも壊させへん!!
たとえあんたが死んでも、
墓の前に毎年、
あんたの嫌いなジュニパーベリーのケーキ供えたる!!) 23:47
(うちの使命はな、高校一年の一年間、
初恋を守り抜くことや!!
あんたが既読つけんでも、
最後のメッセージは浮かび上がる!!)23:55
「明日は絶対に会う!!!」
(来んかったら……
地の果てまで追いかけたるからな!!) 23:59
「さっきの夢と同じで、
結菜のメッセージもずっと俺を邪魔してる……。
もう二週間も騒いでるし、
別れるのもこんなに面倒くせぇなぁ……」
少年は手近にあった分厚いノートを手に取り、
最後のページを開いた。
そして、ペンを走らせる。
「悲しいけど、結菜と別れた方がいいさ」
井上遊人は制服を手に取り、
姿見に映る自分をぼんやりと見つめた。
「……はぁ」
この姿、
本当に大学生らしい清々しさがあるのか?
いや、
どう見ても深夜までゲームしてた廃人にしか見えねぇ……。
最初はカバンを持たず、
筆箱だけポケットに突っ込もうとした。
……でも、なんか違う気がする。
少し考えた後、結局カバンを手に取った。
カバンには、
結菜が作ってくれた猫のぬいぐるみストラップがついている。
「遊人、頑張って!」と刺繍されてる。
「……まぁ、いっか」
空のカバンも変な感じがして、
適当にノートを突っ込んだ。
***
でも、今日は特別。
共通テストのためじゃない。
「わんわん!」
ドアを開けた瞬間、後頭部にガツンッ!!
「うわぁぁぁぁぁ!!」
何が起きた!?
振り向くと──
大きな犬が飛びかかってきて、前足で肩を押さえつけてる。
尻尾ブンブン。
「くぅーん……」
さらに足元には、
小型犬が三匹もまとわりついてくる。
目が訴えてる。「助けて」って。
「ズギャァァァァン!!」
──でっかいカラスが俺の顔面に激突!!!
「うわぁ! 俺の顔が――!」
「ヒュオオオオッ!!」
今度は、廊下から黒い影が飛び出してきた。
え、鷹!?
次の瞬間、手に持ってたパンが……消えた!?
「誰が寮で鷹なんか飼ってんだよっ!!」
まったく、今日は世界動物デーか何かか!?
***
とりあえず、逃げる!
でも、寮の中はカオス。
廊下の先、半開きの部屋を覗いたら──
「……ミニチュアホース???」
馬が寝てる。
「は!? 今どきの後輩、寮で馬飼うの!?」
思わず目をこすって二度見。
うん、やっぱり馬だ。
「ヤバい……
試験より先に脳がパンクする……」
壁に手をつき、深呼吸三回。
「落ち着け……これは夢だ、絶対夢だ……」
パシッパシッと頬を叩く。
「……ぷっ!」
いや無理。
「もういいや、結菜の言う通り、
試験なんて受けてる場合じゃない。
一回部屋に戻って寝直そ……」
踵を返した瞬間。
「うぉっ!?」
数匹の犬が飛びかかってきて、足にしがみつく!
バランス崩して、前につんのめり──
半開きの部屋の中。
……ライオンがいた。
あくびしてる。
「……」
「無理無理無理無理!!
こんなの幻覚どころじゃねぇ!!」
ジャジャーン!!
──スマホが鳴った。
「……デブ之助?」
電話の相手は、同級生の田中慎之助
(たなか しんのすけ)。
「お前がこんな早く連絡してくるとか、珍しいな?」
「遊人!! お前の声が聞けて良かった!!
まさか猩猩になっちまってないか心配だったんだぞ!!」
「誰が猩猩だ!! 大学入試の朝に、そんな変な挨拶するな!」
「冗談じゃねぇ! 昨夜、
世界中で人が動物に変わったってニュース見てねぇのか!?」
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「……にゃんてこった……」
夢で見た六芒星と魔法陣が、脳裏をよぎる。
でも、怖くて言えない。
「マジでヤバいんだぞ!!
俺、親戚と友達全員に電話して無事確認したんだ!!」
「……で?」
「バカ! 当然、お前の無事も確認しなきゃだろ!!」
「お前、そんな気が利く奴だったか?」
「それより結菜は!? 彼女から連絡あったのか!?」
「いや、まだ……」
慎之助は鼻息荒く言った。
「何してんだ! まず最初に連絡するのは彼女だろ!」
「お前らのオヤツ代、
彼女の援助にかかってるんだからな!」
「それは知らん!」
「ところで、お前の家族は?」
「母さんは大丈夫だ。 でも、親父がな…… コダックになっちまった。」
「…………え?」
「お前、製菓科だろ? コダックって何食うんだ?」
「畜産科に聞け!!!」
「結局、お前みたいな負け犬でも、
世界の終わりには友達に何かしてやれよ?」
「友達に何かしてもらう前に、
自分が友達に何をしたか考えろよ、デブ之助」
「ははは、お前、相変わらず議論好きだな!」
慎之助が笑う。
「全然変わってねぇ。猿にもなってないし」
「猿になったのはお前だろ?」
遊人はニヤリと笑って続ける。
「『コダック』の親父さんといいコンビじゃねぇか」
「やめろよ!」
慎之助がマジで嫌そうな声を出した。
「それで、『江雨詩社』(こううししゃ)のみんなは?」
「薫先輩、陽翔、花莫思は無事だ。結菜は?」
「……わからん。でも、
昨夜メッセージは来てたから、
大丈夫だと思う」
「みんな無事でよかった。
午後はいつもの『四時江雨』(しじこうう)の屋上な!」
慎之助が明るく言う。
「で、今朝は何してんの?」
「特に何も。部屋戻って寝るつもり。寒いし」
「なら陽翔んとこ行けよ。
工事現場のバイト急にキャンセルされて、
ボクシング部でストレス発散してるらしいぞ」
「はは、あいつらしいな。俺なら即帰って寝るけど」
「でも今、風強いぞ? ちゃんと着込めよ」
「冬服買う金ねぇよ。走ってりゃ寒くねぇし」
「お前も陽翔も変わり者すぎんだろ! そこケチる!?」
「ケチってるんじゃなくて、本気で金がないんだよ」
「だったら、毎日野良猫に餌やるのやめて服買えよ!」
「ほっとけ! 野良動物に優しくするのは俺の『特別な』趣味なんだよ!」
「俺ならその金で自分の飯買うけどな」
「だからお前はベジタリアンなのに100キロ超えなんだろ?」
「もういい!」
慎之助はブツッと電話を切った。
「はは、デブの話するとすぐ怒るよな」
遊人はスマホを眺め、
結菜のトーク画面を開いた。
……既読つけるだけ。
「もう既読ついたし、俺が無事ってことくらい伝わるだろ……
それで十分だ」
午後、慎之助、陽翔、結菜と話せばいい。
***
寮の玄関前で、大きく三回深呼吸。
扉を開けるなり──全力疾走!!
身体を動かせば寒さなんて吹っ飛ぶ!
***
――世界が終わっても、朝メシは譲れない。
……ついでに、外の世界がどうなってるか、見に行ってみるか?