人間が狩る時代は終わりを告げた――これから狩られるのは、人間だ!中編
「隊長!!」
「こいつら……いや、もう普通の野獣じゃねぇッ!!」
「
「進化してやがる……!!」
「以前の連中とは、桁違いの化け物だ!!」
荒い息をつきながら、上兵が叫ぶ。
全身は無数の爪傷にまみれ、鎧には隊員の脳漿と血がべったりとこびりついていた。
「クソッ……これは“喚狩”の影響か……?」
ティーダが奥歯を噛み締める。
血に濡れた長鞭を、握り直す。
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「……それだけじゃねぇ」
軍刀を振るい、異形の獣の突撃を受け止めた副官が、ふらつきながら後退する。
その目が、わずかに震えた。
声を潜めるが、恐怖を隠しきれない——
「長官……これは“喚狩”だけの影響じゃない!」
「こいつらの動き……まるでゾンビみたいだ!」
「まるで……もう一人の“狩”——『霊狩』の術法 にそっくりだ……!」
——ゾクリ。
ティーダの心臓が、一瞬だけ冷たく締めつけられた。
「つまり……」
「今、俺たちは二体のボスと同時に戦ってるってことか?」
深く息を吸う。
血が滲むほど、鞭を握りしめる。
恐怖を——力ずくで押し殺す。
「……ってことは」
「この戦場の裏には、最低でも二人の“狩”が潜んでいるってことになるな。」
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"狩"との戦いだけでも絶望的。
それが今は——二体同時だと……!?
しかも、ここまでの戦闘で “喚狩”も“霊狩”も姿すら見せていない。
戦っているのは、奴らの手駒に過ぎない。
——なのに、すでにこの惨状。
「……撤退か?」
ある上士が、苦しげに呟いた。
——だが。
「ククッ……」
ティーダは低く嗤った。
冷徹に、一言だけ吐き捨てた。
「ありえない。」
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「俺たちの任務は——この防衛線を死守すること。」
「それ以外の選択肢はない。」
「……それに、もう退く道すら残されていない。」
副官が、沈痛な表情で口を開く。
「降伏……? そんなの、論外だ。」
「俺たちの敵は、そもそも人間じゃねぇ。」
「野獣に、降伏の概念はない。」
「——もし"降伏"できるとしたら、それは**“死”だけだ。」
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学校正門:地獄開幕
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「……こいつら、誰かに操られてるんじゃねぇか?」
兵士が、額に“第三の眼”を持つ青獅子の群れを見つめる。
体が震え、恐怖に満ちた声で呟いた。
——もはや、それは理性を失った人間の声だった。
「……違う。」
「こいつらは……心の底から、人間を憎んでる。」
「狩に操られていようがいまいが、関係ねぇ。」
「こいつらは——自らの意思で、人間を狩ってる。」
「……まるで、何百年も前から人間に狩られ続けた、その報復みてぇに。」
「これは——」
「千年越しの、純粋な復讐だ。」
「……ま、遺言はもうクラウドにアップしてあるしな。」
「ハハ……最期にSNS更新する暇もなしか」
——その言葉と同時に、ティーダは静かに視線を落とす。
カチャッ……
降魔杵ごうましょに巻き付けられた封印の布に、手をかける。
ゆっくりと、それを解き始める。
杵の表面には、無数の傷跡。
静かに、副官の閉じることのできなかった瞼の上へとかけた。
「……すまない。」
「せめて、静かに眠らせてやる。」
フッ……
風が吹いた。
——そして。
ティーダは降魔杵を腰のホルスターにしっかりと納める。
右手に電子長鞭を強く握りしめた。
——今、彼女にできることは、ただひとつ。
戦うこと。
最後の瞬間まで——。
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戦場は、もはや戦線を維持できる状況ではなかった。
正門前、生存者——三十名。
もはや、一列に並ぶことすら困難。
それでも彼らは、最終防衛陣形を組み上げる。
二重の同心円を作り、最後の砦を築く。
——だが、それは生存のための最低限の防御に過ぎなかった。
「空を抑えろ!!クソッたれな怪鳥どもに突破させるな!!」
負傷した兵士たちは第二防衛線へ下がり、銃を構える。
だが——
弾丸をすり抜けるかのように亡霊のごとく舞い上がる。
獣の狂気に抗うには——己が獣よりも獣にならねばならない。
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もともと百人以上いたはずの国防軍の精鋭部隊。
——今、立っているのは、わずか三十名足らず。。
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最初、彼女とともに最前線を支えていた三名の分隊長も、すでに倒れていた。
死体は……どこかにあるのだろう。
だが、今の彼女には探す余裕すらない。
「……クソッ……」
ティーダは奥歯を噛み締める。
もし、師匠から授かったこの降魔杵がなければ——
とっくに彼女も、この地獄の土に還っていた。
この武器には、現代電子兵器の鋭さや破壊力はない。
——だが。
杵の表面には、かつての高僧が刻み込んだ**『楞嚴經』の文字。
それは、単なる装飾ではない。
"念"が刻まれた法具——
それゆえ、獣たちの狂乱すら、わずかに抑え込んでいた。
青獅子たちは、襲いかかる直前、ほんの一瞬だけ——躊躇する。
彼女の視線の先には、累々と横たわる獣の死骸。
——電子鞭、エネルギー切れ。
ティーダの手の中で、最期の頼みの綱だった武器が沈黙する。
——法蘭奇、戦闘不能。
横たわる分隊長。
……すでに動かない。
「クソッ……」
奥歯を噛み締める。
震える指で、倒れた仲間の電子鞭を引き抜いた——。
あるのは、ただ戦うことだけ——。
その時だった。
……ズシン。
……ズシン。
……ズシン。
「……?」
不気味な足音が、ゆっくりと響く。
まるで、死神が刻むカウントダウンのように。
——咚。咚。咚。
そして、それは現れた。
否——
"五つの巨影"が、姿を現した。




