賊車と、黎明のヒロインと、ちょっぴり悔しい朝
――目を覚ますと、
江雨礼堂の天窓から差し込む陽光が心地よかった。
陽翔はその光に包まれながら、ぐっと伸びをする。
まるで……でっかい猫みたいだ。
「ん……」
その動きに引っ張られるように、
隣のベッドで丸くなっていた遊人も、
もぞもぞと目を開けた。
「昨日、地べたで寝てたけど……
寒くなかったの?」
遊人はまだ眠たそうな顔で、
胸の上で丸くなっていた結菜をひょいっと抱き上げ、
床に置いてある猫缶の方へそっと移動させた。
視線を向けると、
ベッドのそばにはティダが用意してくれた温かいドーナツとスープが二人分並べられている。
「全然寒くなかったぞ。
俺んちなんて鉄板屋根のボロ屋だからな、
慣れっこだ」
陽翔はニカッと笑いながら、スープを手に取る。
「でも、雨降ってたし……
わざわざ夜に来ることないじゃん?
朝でいいのにさー」
遊人が寝ぼけた声で言うと、陽翔はドヤ顔で答えた。
「俺が来たい時に来る!文句あるか?」
「はいはい、勝手にしろっての」
遊人はめんどくさそうに返事をしながら、
ドーナツに手を伸ばす――と、次の瞬間。
「……っとぉ!?」
陽翔の手が素早く伸び、遊人の首を軽く引っ掛けると、
そのまま勢いよくベッドに引きずり込んだ。
そして、ポイっと適当に投げる。
「おー、いいじゃん!でもさ、
最近、力抜けてんじゃない?
全然バトってないのか?」
遊人は仰向けのまま、わざと陽翔を煽るように笑った。
「……相手がいなくなったんだよ」
「は?」
陽翔は肩をすくめながら、スープをすすり――
少し残念そうに言った。
「監兵楼には俺とまともにバトれる奴なんて、
もう残ってないんだ」
「それ、お前が強そうな相手に挑戦しまくったからだろ?
もうちょっと相手を大事にしろよ……」
遊人は軽く笑うが、その言葉には呆れが混じっていた。
「大丈夫だって。……聞いたか?
執明楼の交換学生、齊藤蓮がもうすぐ帰国するらしいぜ」
「へぇ?」
陽翔は腕を組みながら、不敵に笑う。
「俺の暇つぶし相手には、ちょうどいいだろ?」
「アイツって、器用さとテクニック重視のタイプだろ?
俺の単純な 力と美しさだけ のスタイルとは全然違うけどさ……」
陽翔は腕を組み、ふっと笑う。
「まあ、退屈ならアイツと『練習』するのもアリかな、なんてな」
「は? 『力と美』 なんて聞こえはいいけどさ、
お前のスタイルって、ただの 脳筋KO専門 だろ?」
遊人がニヤリと笑いながら、ドーナツをかじる。
「っていうか、そんなに急いで来なくてもよかったのに。
退院してからでも会えるだろ?」
「うるせえな!」
陽翔が腕を組みながら、ムッとした顔で言い返す。
「先輩も、太之助も、佐藤ちゃんも、それに……
正体不明の お姉さん までお見舞いに来てんだぞ?
俺だけ来なかったら、ヤバいだろ?」
「よく言うよ。放課後の時間、
全部工事現場に捧げてるくせにさ」
遊人はクスクス笑いながら肩をすくめる。
「別に来なくても、許してやるよ?」
「家が金ねえんだから、仕方ねえだろ!!」
「そういやさ、太之助が言ってたけど……
お前ん家にも 変な狼 入ってきたって?」
「あー、まあな。でも大したことねえよ」
陽翔はスープをすすりながら、軽く答えた。
「朝陽と大翔にドア閉めさせて、
俺はフライパンとヘラ持って――
夕飯作りながら目の前の狼を何匹かブッ飛ばしただけだ!」
「いや、普通それが大したことあるって言うんだよ!」
遊人は目を見開きながら、思わずツッコむ。
「てかさ、この町でトラブル起きてない家なんて ない だろ?」
「マジでさ……この世界どうなっちゃうんだよ……?」
遊人は大きくため息をつく。
「ここ数日、太之助からいろいろ話を聞くだけで……
もう ビビり疲れた んだけど? もう退院しないで、
このままここに引きこもってもいい?」
「いやいや、どんだけメンタル弱ってんだよ!」
陽翔は呆れた顔で遊人を見つめる。
「動物たちもほんと 謎 だよな。
集団で急に襲ってきたかと思えば、
何事もなかったかのように大人しくなったりしてさ」
「……住む場所に困ってるなら、結菜の家に泊まるのもアリだぞ?」
「は?」
「佐藤学妹が言ってたけどさ、
結菜の母ちゃん、
海外出張中にパリのデパートでガチョウになったらしいぜ?」
「……は!?」
「今は赤十字の保護受けてるとかなんとか」
「ちょ、待て待て! 情報量が多すぎるんだけど!?」
遊人が思わず叫ぶと、その瞬間――
「にゃあ」
吉田結菜が遊人の膝に飛び乗った。
「いや~……お義母さんも、大変な稼ぎ方してるよなぁ」
遊人は結菜の頭を撫でながら、冗談めかして言う。
「で? 結菜の家の鍵、持ってる?」
「誰がお義母さんだよ!?」
遊人が白い目を向けると、陽翔はケラケラと笑った。
「だって、そこに泊まるつもりなんだろ?
鍵がないなら、俺が開けてやるぜ!」
「……お前のやつ、開けるんじゃなくて 壊す って言うんだよ!」
遊人はジト目で陽翔を見ながら、ため息をつく。
「ははっ、行き方は一つじゃないってことさ」
陽翔はケラケラと笑いながら、肩をすくめた。
「お前、詩社の 恥 だぞ!? そんなに暴力的だと、
女の子にモテなくなるぞ?」
遊人は陽翔の胸をポンポンとこづきながら、ニヤニヤと笑う。
「暴力とか粗暴とか、関係ねーよ。それよりもさ――」
陽翔はスープをすすりながら、ぼそっと呟く。
「江雨学園で『監兵楼』の名前が出た時点で、
他の校舎の連中との縁なんて 終了 なんだよ。
昨日の夜もそうだった……
電車で マジで可愛い子 に出会ったんだけどさ、
チラッと見たら孟彰楼のバッジつけてて……
もう、その瞬間に ゲームオーバー って感じだったわ!」
「で? そのお姫様のお名前は?」
遊人が食い気味に質問すると、陽翔は少し照れながら答えた。
「孟彰楼一年の……姫野黎花 だよ」
「へえ~、名前まで フルで 覚えてるとか、珍しいじゃん?」
「……まぁな」
陽翔はどこか諦めたような表情を浮かべながら、
スープの中をぐるぐるとかき混ぜる。
「てかさ、お前 自分で言ってたよな?
読字障害がある って。でもさぁ、
学妹の名前はこんなに完璧に記憶できるのに、
なんで国語の教科書の古典は 一文字も覚えられねぇの?」
「…………」
「俺、詩社の部長としてさ!
国語のテストで3年間もお前にカンニングペーパー渡す苦労 しなくて済むんだから、もうちょっと頑張れよ、マジで」
陽翔は何も言わず、ただヘラヘラと笑うだけだった。
――その時、陽翔のスマホが鳴る。
スピーカー越しに、
重低音のエンジン音とともに慎之助のテンション高めな声が響いた。
「田中兄貴! 到着しましたぜ!!
もう抜糸済みか? まだ朝早ぇし、
俺のハチロクが活躍できるなら、
今のうちに行くぞ!」
「行くぞ! 行くぞぉ!」
遊人はテンション高く叫びながら、
ドーナツを自分の口と陽翔の口に 無理やり 押し込む。
そして、吉田結菜を抱き上げると、
さっと上着を羽織って勢いよく立ち上がった。
「ぐぅぉぉっ!?」
陽翔は口いっぱいに詰め込まれたドーナツのせいで、
喉を鳴らしながら もがく。
「おい、抜糸は? ティダには? ちゃんと話さねぇのか?」
「死にはしないさ!」
遊人はケラケラと笑いながら、陽翔の背中をドンっと叩く。
「ドーナツ三昧の日々 に感謝するのはまた今度だ。
あの人にはまだ 俺を利用するつもり があるから、
そう簡単には逃げられないって!」
礼堂の外には、
年季の入った野菜配送用の ボロ軽トラ が止まっていた。
運転席では、慎之助が窓から兵士に 軽く敬礼 している。
「おーい、そろそろ行くぞ!」
慎之助がアクセルを軽く吹かすと、
遊人と陽翔は無言で荷台に飛び乗った。
――ドンッ!!
軽トラは、一気に校門へ向けて走り出した。
「もうすぐ俺ん家だ! 豪華な飯 で遊人の生還を祝うぞ!」
「お、いいね!」
「ついでに、結菜との 末永い幸せ もな!!」
「いや、結菜の名前が出ない会話はできんのか!?」
遊人が 即座に ツッコミを入れる。
「むしろさ、いっそこう言えばいいんじゃね?
"新婚初夜に送り出す!" ってよ」
「……」
遊人は 返す言葉もなく沈黙 するしかなかった。
「まあ、相手が 猫で良ければ の話だけどな?」
「クッ……!!」
慎之助が ニヤリ と笑いながら畳みかけると、
遊人は 完全に言葉を失った。
ここ数日会ってなかったのに、
慎之助の 口撃スキル は 遊人の傷が癒える速度に比例して進化 しているようだった。
――だが、その瞬間。
校門に差し掛かったところで、
慎之助が 急ブレーキを踏んだ。
「うおっ!?」
荷台にいた遊人と陽翔が前に投げ出されそうになる。
「ど、どうした? またハチロクがぶっ壊れたのか?」
遊人が バランスを取りながら 慎之助を見ると――
「前回みたいに、俺と陽翔が車を押すパターン?」
だが、慎之助は 珍しく真剣な表情 で前方をじっと見つめていた。
「Come on!」
慎之助は 軽くハンドルを叩きながら 口を開く。
「この車は将来、
お前と吉田家のウェディングカー になるんだぞ?
そんな簡単に壊れちゃ困るんだけど!」
「お前、まだ言うか!?」
遊人が 思わず叫ぶ が――慎之助の視線は、
窓の外に向いていた。
ただ、その表情は 何かに夢中になっているようだった。
一方、陽翔は無言でため息をつく。
彼も何かに注目していたが、
どうやら 慎之助とは別のものを見ているらしい
「何だよ、今度はまた美人か?」
遊人が興味津々に慎之助を見る。
慎之助は ニヤリ と笑い、肩をすくめながら言った。
「お前には分からんだろうな……!」
「何が?」
「この数日、江雨武道界ムラに とんでもない波乱 が起きてるの、
知らねぇだろ?」
「知らねぇよ。老人ホーム――いや、
大礼堂 にこもりっぱなしだったしな」
遊人は面倒くさそうにため息をつく。
「……で、何の話だよ?」
すると慎之助は ドヤ顔 で校門を指さし、堂々と宣言した。
「俺が見てるのは、剣道部の新星! 姫野明羽だ!」
その瞬間、遊人の目の前を二人の女子生徒が通り過ぎる。
一人は孟彰楼のジャケットを羽織った ショートカットの少女。
「聞いたぜ……今年、剣道部の新しい部長を決めるにあたって、
アイツが部内の “四天王”全員に挑戦状 を叩きつけたって話」
「……マジかよ」
「上下の部長職を 同時に制覇 して、さらに 東棟・
孟彰楼の棟長の座まで狙う つもりらしいぜ」
陽翔は感心したように ふっと息を漏らす。
だが、彼の視線は姫野明羽ではなく――
その隣を歩く少女に向けられていた。
昨夜、バスで助けた学妹。姫野黎花――。
黎花の右肩には、
社会福祉課と動物保護団体の腕章 が付けられている。
腕章には 「姫野黎花」 の名前が記されていた。
「……ん?」
遊人はその名前を見た瞬間、ハッと気づく。
「姫野黎花、姫野明羽……?」
「……いやいや、待て待て待て!
名前の中に『黎』と『明』が入ってるってことは……
本当に姉妹なのかよ!?」
思わず目を見開く遊人。
「え、何聞いた今? これ何の冗談? 明羽って、本気で 命が惜しくないのか!?」
遊人は 絶句 しながら慎之助の袖を引っ張る。
「刺激を求めるにしても、こんなやり方はないだろ……!」
この世界には、自分と同じく “生無可恋”(生きる気力がない) を感じる奴がいるらしい。
しかも、その自己完結的な方法が 派手すぎて度肝を抜かれる……。
「……いや、アイツは本気だぜ?」
慎之助は 真剣な眼差し で姫野明羽を見つめる。
「しかも、姫野明羽は 2日前、
剣道部の最強と名高い “監兵楼自動車整備科 3年生・邵莫謙” を倒してるんだぜ?」
「……マジかよ?」
慎之助の目には、単なる尊敬だけじゃない――
何か 別の強い好奇心 が宿っていた。
慎之助がじっと校門口の 姫野姉妹 を見つめている――。
一方、陽翔の表情は また別の意味で 微妙だった。
傻眼というより、なんとも言えない気まずさ。
(……もし今ここに本があれば、公車のときみたいに顔を隠せたのにな)
陽翔は心の中でそう願った。
なぜなら――
その瞬間、姫野黎花と視線がぴたりと交わってしまったからだ。
「慎之助、孟彰楼の学妹がそんなに珍しいか?」
陽翔は肘で慎之助の右腕を コツン と小突く。
「ずいぶん長いこと見てんじゃねぇよ!」
慎之助は チラリ と笑みを見せるが、
陽翔の気持ちはそれどころではなかった。
(……マジで予想外だろ、これは。)
再び 姫野黎花と顔を合わせるなんて、想定外にもほどがある。
しかも、こんな オンボロの小貨車の荷台から だなんて。
陽翔は内心でため息をつきながら、もう一度 現実を確認 する。
(やっぱり……監兵楼は、気質系美少女とは縁がない。)
「おいおい、ちょっとくらい見たっていいだろ?」
慎之助がぼそりとつぶやく。
「学妹を眺めるくらい、料金なんか取られないってのに!」
「田中家には学長も学弟も待ってるんだろ?」
陽翔が 軽く毒を吐く。
「いっそ一日中ここで見てたらどうだ?」
「そんなキツイこと言うなよ~!」
慎之助は肩をすくめ、ハンドルをクルクルと回しながら笑う。
「俺がハンドル握ってるからこそ、お前らどこへでも行けるんだろ?」
「なんかさ、これ田中家の泥棒車にでも乗っちゃった気分だわ!」
遊人がケラケラ笑いながら言う。
「ははっ!その通りだ。これはまさに 賊車 だな!」
慎之助がわざと車体を グラッ と揺らす。
「どんなに助けを呼んだって、ここじゃ誰にも届かねぇよ!」
そのまま、慎之助は 姫野明羽をもっとよく見える角度 に車を止めた。
――だが、それは同時に、明羽の隣にいる姫野黎花からも、彼らがよく見えるようになったということでもある。
陽翔は、黎花がこちらに顔を向けたのを確認し――
さらに、こっちを追うような動きをしているのに気づく。
「……っ!」
陽翔は一瞬 心臓が跳ねる のを感じる。
(……やべぇ!!)
慌てた彼は、とっさに慎之助の左手を怪力でぎゅっと掴んだ。
「あいたたたっ!!」
慎之助が悲鳴を上げる。
「おい、やめろって!! 指が持ってかれるぅぅ!!」
陽翔の顔が、能面 のように変化する。
その場の空気が、一瞬で 青い鬼火が燃え上がるような 怪しい雰囲気に包まれた。
「…………」
慎之助を じとぉ……っ と睨みつける。
その瞳からは、「俺、めっちゃ悔しいんだけど!!」
とでも言わんばかりの訴えが溢れていた。
「ぶはっ!!!」
遊人はそれを見て 爆笑 する。
気まずい陽翔、
不服そうな慎之助、
そして笑い転げる遊人――
三人三様の表情が、車内をカオスな空間へと変えていく。
「わかったよ!! 行くってば!!」
慎之助は 仕方なく 弱点の左手を 握り潰されそうになりながら、
ハンドルを切った。
「弱点を見抜いて、そこを狙うのが俺の戦術さ!」
陽翔が 得意げ に笑う。
「で? 慎之助の弱点って結局 美女なの? それとも左手?」
遊人がニヤニヤしながら茶化す。
「両方だよ! 文句あるか!?」
慎之助は 不機嫌そうに顔を背けながら、
前方へ視線を戻した。
「遊人、ここ数日ずっと軍隊に拘束されてたんだろ?」
陽翔がふと話題を変える。
「退屈しなかったか?」
「退屈どころじゃない!!」
遊人は 思いっきり身を乗り出しながら、不満をぶちまける。
「傷の治りが早いのがバレた途端、体力トレーニングに、
長鞭を使った戦法まで叩き込まれたんだぞ!?」
「おお……また地獄だったか?」
「一回、中川薫に会いに抜け出したけど、
速攻で捕まって、連れ戻されたしな!!」
「ははっ、さすが軍隊。スパルタすぎるだろ、それ。」
陽翔が肩をすくめる。
「そのティダって姉さん、一回会ってみたいな。」
陽翔が ワクワク したように身を乗り出す。
「彼女の部下って、タフそうなやつばっかりだろ?
俺も 一戦交えてみたいぜ!」
「お前にも 会う機会はそのうちあると思うよ。」
遊人が ニヤリ と笑いながら言う。
「……で?」
陽翔が 興味津々に 遊人を見つめる。
「ティダがインフィニティ・ガントレットをお前に渡したって本当か?」
「そうだよ。西側国防部の特殊装備 で、
彼女が使ってる革手袋と 同じタイプ だ。」
陽翔が腕を組みながら、静かに言う。
「中には電子ムチが内蔵されてる。 最初に見た時は――」
彼は一瞬、遠くを見るように目を細めた。
「『俺の人生、急に特撮ヒーロー路線に進んだのかよ!?』 って、
本気で思ったぞ。」
「マジか!!」
遊人が バッと 身を乗り出す。
「それ、超カッコいいじゃん! でも、初対面でそんなに信用しちゃっていいのか? もしかして、助けたのには裏があるとか?」
「いや、俺は何も話してない。」
陽翔は静かに首を振る。
「でも、彼女の武器を見た瞬間――
生まれた時から手元にある遺品を思い出したんだ。」
遊人は、ふと考え込む
「……またその遺品かよ?」
慎之助が めんどくさそうに 顔をしかめる。
「ヤバそうだって!俺を巻き込むなよ!!」
「お前に巻き込まれる方が怖いわ。 足引っ張るなよ!」
遊人が 即座に 言い返す。
「ふざけんな!!俺が足引っ張るわけねーだろ!!」
慎之助が舌を出しながら、ニヤリと笑う。
「学長があの装備、見たことあるって話してたぞ。」
陽翔が口を挟むと、慎之助が ピクッ と反応する。
「……それよりさ。」
慎之助が ニヤリ としながら、妙なことを言い出した。
「あれ、電熱線みたいにして焼肉グリルに使えないかな?
家の電気代、浮きそうじゃね?」
「は!?」
遊人が ガバッ と振り向く。
「ブラックテックを焼肉器具って……
人類の科学技術、なめてんのか!?」
「慎之助の頭の中は、全部食い物で埋まってるからな。」
陽翔が肩をすくめる。
「誰が気にするかよ!!」
慎之助が 堂々と胸を張る。
「食は何より大事なんだ!
ここに来た以上、俺のルールに従え!!」
「どうやら賊車どころか、土匪のアジトに連れてこられたな……。」
遊人が 皮肉っぽく 呟く。
ゴオオオ……ッ
エンジン音を響かせながら、車はそのまま坂道を上り――
田中家の蔬菜果物雑貨店に到着した。
************
田中家は、テクノパークの隣にあるこの小さな町の、
岩山の頂上に建つ店 だ。
……いや、もともとは 小さな教会 だったらしい。
改装されて今は店になっているが、
その面影はまだ残っている。
山のてっぺんからは、
海沿いに並ぶ風車を一望できる最高のスポット でもある。
見下ろせば、青い海と、その間を駆け抜ける路地が広がっている。
まるで、一枚の風景画の中に迷い込んだような場所 だ――。
「親父が体調崩してさ。」
慎之助が車を止めながら、窓の外を眺める。
「母さんが獣医に連れて行ったから、
今日はお前ら好きにやれよ!」
「ほう、好きにやれってことは、
田中家の全財産使って焼肉パーティーしてもOKってことか?」
遊人が ニヤニヤ しながら慎之助をチラリと見る。
「ただし、家を壊すのは勘弁な!」
慎之助が キッパリ と宣言する。
「お前の親父、今度はどうしたんだ?」
陽翔が車を降りながら、慎之助に問いかける。
「……獣医が言うにはよ。」
慎之助は 一拍置いて、腕を組みながら続ける。
「アヒルに酒はダメなんだってよ。」
――シーン。
車内が一瞬、静寂に包まれる。
誰も言葉を発せない。
微妙な空気 が漂った。
「…………は?」
遊人が ぽかん と口を開ける。
「お前の親父って、もしかして……また酒飲んでぶっ倒れたのか?」
「いや、今回はアヒルが飲んだ。」
「アヒルが!?」
遊人と陽翔の声が見事にハモる。




