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極北の都 ― スパイ対スパイ、狩のメンバーと情報本部

極北の都。


地球の北の果てにも、タバコの煙は漂う。

永遠の夜に、行き場なく揺れている。


雪って、音を飲み込むみたいだ。

だって、すべてが……こんなにも静かだから。――。

北の果て、あるコンピューター倉庫。


キーボードを叩く若者、20歳。

世界中を探して、答えを求める。

外は深夜の雪。音もなく、ただ静かに降り積もる。


「ブラックみたいに暗くて、人生みたいに苦い……」

少年がつぶやき、疲れた体が椅子ごと後ろに傾く。

右足一本で、かろうじて机を支えていた。


机にはモニターが10台。

倉庫に明かりはなく、その光だけ。

「コーヒーが苦いのは、

眼狩アイガリ』アンタの灰が入ったからじゃん。

詩人ぶってんじゃないよ!」

沈黙を壊したのは、ツインテールの少女。


「『魂狩ソウルガリ』ミロかよ……こんな時間に何?」



「それ、こっちのセリフ!何日寝てないの?持病あるんでしょ?」


「ふーん、健康を気遣うフリして、

俺のスタミナ確認してんだろ?」

藍は皮肉げに笑った。杉山藍。

二十代前半、細身で長身。

ハッカーのように繊細な空気をまとう。

二重まぶたの冷たい視線に、襟足まで伸びた髪。

クールで白い肌の青年だった。


ミロは藍より少し年下で、頭一つ分背が低い。

派手なファーコートの下は、スポーツブラだけ。

透き通るような乳白色の肌に、きれいに整った胸元。

小さな顔には、跳ね上がった濃いアイライン。


スタイル抜群の少女だ。ミロはただ、藍に向けて軽く笑った。


「俺にとっては『健康』だけで十分だけど、

お前に必要なのは『スタミナ』だろ?」

そう言いながら、藍は静かにタバコに火をつけた。


「アンタってさ、タバコには興味あるのに、

あたしの色気には興味ナシなんだ?」」

「うわっ、マジつれないんだけどー」

ミロは藍のデスクにそっと腰かける。 目の前には、白磁みたいにすらっとした脚が揺れている。



「ハッ、隣の火狩サマで満足してんじゃん?俺、必要?」


「べ、別にぃ?

火狩より少しくらい優しい人がいてもいいっしょ?」


「へー、アイツに雑に扱われる方が、

俺に塩対応されるよりマシだろ?ミロちゃん、

魂狩サマを大事にねw」

鼻で軽く笑うと、

藍はまた世界中のリアルタイム映像に視線を戻した。


「『むおん』は元気?もう結婚した?相手誰?」

ミロは藍のデスクの隅に置かれた写真立てを手に取る。

写真には鈴木思科とむおん、そして藍の三人。


「それ言うならお前こそ、

また既婚者狙い乙って感じじゃね?

残念だけど、『主狩』さんは今夜もログアウト中だよ」

藍は目を閉じ、

顔にプログラミング本を乗せながら淡々と返す。


「ふんっ!『主狩』様は世界中グルグルしてるくせに、

まだあの女見つかんないし!

そのうち諦めて、

あたしみたいな運命の女神がいることに気づくでしょ!」

ミロは早口でまくし立てる。


藍はわざと大きなため息をつき、

顔の本を床に落とした。


「はぁ?Come on!

あの女ってただの裏切り者じゃん?

自分を高く売って、

偉そうにしてるけど、

ぶっちゃけKYなだけでしょ!」



「まぁ、『主狩』さん、もう来てんじゃね?

忠犬『空狩』と一緒にログイン中。

お前も気づいてんだろ?」

藍は冷めた目でミロを見る。


「…主狩サマに聞かれたらマズくね?」


「さっきのグチ、聞かなかったことにしてよね」


「安心しろって。チクる趣味ねーし」

藍は淡々と言った。


「それより、『喚狩』どうするよ?

看板犬が勝手に消えて、

戻ったら主狩サマに閉じ込められるんじゃね?」

米洛言った



「喚狩は看板犬じゃない!

あたしの情報待ちだから!」

藍はムッとしながら言う


「はいはい、怒んなよ。

ただのジョークだって。

主狩サマには黙っとくからさ。

あたしたち仲間っしょ?」

ミロは軽く笑いながら、

藍のタバコに火をつける。


「でもさ、

『喚狩』が勝手に走って情報漏れてたらヤバくない?

アンタの情報、ホントに信用できんの?」


「おいおい、一応俺、元『藍夜無音』のメンバーだぞ?

情報力はガチだから」


「だよねー。アンタいなきゃ、

狩はまだ徒歩で結界探してるよ?

考えただけで足死ぬわ!」

ミロはわざとらしく不満げにソファに座り込んだ。


「はっ、舐めんなよ。

『藍夜無音』って組織のtittleは、

俺の名前『藍』が由来なんだぜ?」


「さっすが主狩サマ。特に『夢狩』不在の今、

アンタがウチらの情報屋ってわけね」


「…まぁな。これは俺なりの借りの返しだよ。

主狩サマに牢から救われた恩があるんでね。

でなきゃ、今頃まだ国防省の独房暮らしだ」


「でもさ、ネットって結局は人類の得意分野でしょ?

向こうがネットでカウンター仕掛けてくる可能性もあるんじゃね?」


「ぷっ…お前、

俺のスキル疑ってんの?ウケる。

国防省が俺を捕まえたのは、

俺が『頭痛』起こした時だけだぜ?」


「はいはい、疑いませんってば!で、

喚狩だけで動くの?

他の狩とか火狩には言わないの?」


藍はスッと人差し指を唇の前に当て、

小さく微笑む。

「他の狩は小喚をバカにしてるからな。

だからこそ、この大仕事はアイツに任せるんだよ」


「…結界、突破できるなら文句はないけど。

あたし、人間嫌いだけど、

血まみれの戦場はもっと嫌い。グロいの無理!」


「その時は、喚狩がすべての生物のヒーローになる。

火狩も他の狩も、もう馬鹿にできなくなるだろ」


藍はもう説明するのも面倒になった。

横でミロが甘えたり、頼んだり、

拗ねたりしてるが、

藍にとってはただの無音の演劇みたいなもの。


(…それにしても、国防省のホワイトハッカー。

どっかで見た技術だな…完全無欠に見えて、

俺がどんな手段を使っても先回りしてくる。)

藍は一人、沈思する。


「カッ、カッ、カッ!」

短く規則的なノック音。


「来た!主狩サマ!」

ミロが嬉しそうに振り返る。


「ねーよ。主狩サマがノックするか?

膝で考えろ、どうせ『空狩』だ」

肩をすくめる。

「入れ、蒼」

「ギ、ギ、ギーーッ」

サビついたドアノブが回る。


扉の向こうに立っていたのは、

日焼けした肌の少年。身長は170くらい。

細身で手足が長い。短いクセ毛に、

無造作な黒縁メガネ。厚い唇に、

彫りの深い目元。長いまつ毛の影が、

その鋭い眼差しをより際立たせていた。


無口だが、妙に頼りがいのある雰囲気。


「蒼、主狩サマは?」

「送ってもらっただけ。またすぐ出たよ」

「ほらな?」

俺は鼻で笑う。


「毎度のことだろ。あの女、

どんだけ手こずらせんのかね」

ミロの足がバネみたいに跳ねる。

「はぁ!?もうムカつく!」

「バンッ!!」

思い切りドアを蹴り、怒りのまま飛び出していった。


「はいはい、お姫様のご乱心っと」

蒼が呆れ顔で呟く。


「姫か?まぁ、ミロいなかったら、

この建物、男臭すぎるか」

俺も苦笑。


「それより、俺はお前の方が気になるけどな」

蒼が白い封筒を取り出す。

「……見たな?」

思わず声が震えた。


「俺は、空間を掌握できる。

触っただけで、わかる」

蒼の視線が、ふっと天井に逸れる。


「…こんなタイミングで診断書とか、笑えねぇな…」

藍は平静を装う。でも、封筒を取る手が震えた。


「おかしいよな。狩は人類を終わらせる側。

それが、健康診断は人間の病院?」

蒼は言葉を失った。


「…まだまだ笑える話、あるかもな」

唇を震わせる。空のコーヒーカップを手に取り、

ごまかすように口元に運んだ。


「例えば?」

蒼の表情が険しくなる。

「俺は、計画外の出来事が嫌いだ」


「計画外?山ほどある。例えば…俺の『頭痛』。

例えば…風狩」

藍は封筒を見つめながら、話題を逸らす。


「ここ最近さ、『風狩』のヤツ、

全然見つかんねぇんだよな。」

蒼はぼそっと呟いた。


「……恋に落ちたんじゃね?」


「WHAT!!俺たち、戦いの真っ最中だろ!?」

蒼の顎が外れそうになる。


「冗談だよ、ハハ」


「主狩もそうだ。みんな、どこか本気じゃない」

藍の視線が封筒に落ちる。


「閣下、『主狩サマ』には敬語を使うべきです」

蒼が真っ直ぐ藍を見据えた。


「はいはい。唯一真面目な『空狩内務府総管』を、

主狩サマが先に帰したのは正解だな」

藍は適当に流す。


「閣下、ここ数日、主狩サマに同行し…

疲れました。少し休ませていただきます」

蒼の視線が、封筒に落ちる。


「おやすみ。ゆっくりどうぞ」

藍はパソコンチェアの背を向けたまま、

軽く手を振った。



「…カチャ。」

扉が閉まる。


次の瞬間、藍の指が電撃のように動いた。

封筒を引き裂く。

目に飛び込んできた、血のような赤い文字。



「衫山藍:脳癌・末期」



藍の眼球が吊り上がる。

息が詰まる。天井まで届きそうな、宇宙規模の溜息。

……ただ、天井を見上げる。

表情が、喪服のように固まる。

でも、涙は出ない。


「……来るべきものが、来た。」

「時間がない。もう、他人の目なんか気にしてる場合じゃない。」


人生の終焉。

藍は考える。

—本当に、やり残したことはないか?

ある。


国防省の白帽ハッカー。もし『こいつ』が俺を狙ってるなら…

餌を撒く。

逆探知する。

身元を割り出す。

奴が隠したがっている『本当の場所』を暴く。

モニターに映る、無数の世界中の地点。

藍の視線が、徐々に絞られていく。

狩猟対象は、一つ。



江雨学園。



「……あのとき、むおんの手を振り払ったのって、いつだっけな」


思い出すつもりなんてなかったのに、ふと、浮かんできた。


最後に――


むおんが、


何も言わずに。


指を、ゆっくり動かして、


手話で、こう伝えてきたんだ。


「そっか……恋人っていうより、姉妹みたいだね。」


……笑ってた。


いつもの、あの、

何もかも見透かしてるくせに、何も責めない笑顔で。


「鈴木思科、お前をあぶり出す。」

「俺と、最後に会わせるためにーー。」


閉じる瞳に、抗えない記憶。

藍は本を顔に乗せる。

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