人新世、世界の本当の姿
「口喧嘩で負けた? だから何? 痛くも痒くもねぇし!」
「それに俺、まだお前に利用価値アリ、ってことだろ? なら今回負けても問題ナシ! 次で巻き返せばOK!」
「俺が諦めねぇ限り、試合終了じゃねぇ!!」
……で、本題な。
「この世界、何がどうなってんだ⁉ 説明しろ!」
「なんで人間が動物に変わるんだよ! 何かのバグか? 仕様か? ポケ〇ンか⁉」
遊人は マシンガンのごとく、ティダに言葉を浴びせた。
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親のせいで劣勢? フザけんな。
口喧嘩がダメなら――別の戦場を作るまで。
それに、この世界……どれだけ大人たちにメチャクチャにされたか。
知らなきゃ、戦えねぇ。
知らなきゃ、生きる意味もねぇ!!
根掘り葉掘り聞かないと気が済まねぇ!
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「うーん……こりゃ悩ましいわねぇ」
ティダは即答せず、チラッと周りを見回した。
……次の言葉が余計な耳に入らないか、確認してる――そんな感じ。
そして、無意識に 指がイヤリングに触れた。
水滴型の小さなアクセサリー。
……いや、ただの飾りじゃねぇな。
遊人の 直感が告げる。
あれは――軍用の録音防止デバイス⁉
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同時に、鈴木思科が振り返り、軽く手を挙げた。
それを合図に、二人の士官が無言で前に進み、スッと六台の病床を押し出す。
動きがあまりにもスムーズすぎて、まるで工場の流れ作業か何かのようだった。
気づけば――
遊人を中心にしていた空間は、一瞬でガラリと無人に。
残されたのはティダ、情報官の鈴木思科、遊人、そして小猫の結菜だけ。
「本物みたいに演じるなんて……」
遊人は ゾワッと背筋が冷え、小さな結菜を抱きしめた。
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「地球の4分の1の人類が動物に変えられたのは、一種の『狩』からの“報復”と考えられる。」
「でも、これは“大決闘”の前の前菜にすぎない。」
「この術式は、主狩や他の狩が私たち五行旗に向けた『警告』とも言えるわ。」
「封印の地を諦め、狩を阻むことをやめろというメッセージね。」
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「……聞いたけど、意味が全然分からない。標準語で話してくれない?」
遊人は困惑した表情で尋ねた。
「『人新世』とか『並行宇宙』って聞いたことある?」
ティダが静かに問いかける。
「前者は聞いたことないけど、後者は映画で散々観たよ。」
「わざわざ1話分くらい解説しなくていいからね。」
遊人は 軽い調子で返しながら、心の中で思った――
(いや、まさかここで SF用語ぶっこみ 来るとは思わんかったわ!)
「『人新世』って聞いたことある?」
「じんしんせい……?」
遊人は首をかしげる。
「まぁ簡単に言うとさ、『人間が地球の支配者になった時代』って話。」
「ふーん? それって普通のことじゃね?」
「いやいや、昔は恐竜の時代とか、氷河期とかあったでしょ? それと同じで、今は『人間の時代』ってこと。」
「……なーるほど。で?」
「私たちは『人新世』の中で、人類の祖先が地球上に『八つの封印地』を築いたことを発見した。」
「封印地……って、何それ?」
「ざっくり言うと、地球にある『鍵』みたいなもん。
全部解放すれば、平行宇宙への扉が開く……らしい。」
「おいおい、まんま異世界転生フラグじゃねぇか!」
「まぁね。でも、もしかしたらエジプトのピラミッドとか、イギリスのストーンヘンジとかにも、同じような意味があるのかもしれないわ。」
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「で、その理由は?」
「……わかんない。」
「おい!」
「まだ解明されてないけど、でも、確実にわかってるのは――」
ティダが 指をスッと立て、遊人に視線を向ける。
「この八つの封印地の配置と特性が、中国の**『易経』の八卦**とぴったり対応してるってこと。」
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「……いや、待て待て。平行宇宙に行くのって、意外とアリなんじゃね?」
遊人は腕を組み、考え込む。
「そこには俺たちと似たような世界があるのか?」
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「うん、似てるよ。でも――たった一つだけ違う。」
ティダは 静かに言葉を区切る。
「そこには、人類という種が存在しない。」
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「……は?」
遊人の 眉がピクリと動く。
「しかも問題は山積みよ。例えば――」
ティダが 指を折りながら、順番に数え始める。
「その世界がここよりどう違うのか?
空間の鍵を開けようとしているのは誰なのか?
そいつの目的は何なのか?
そして、第八の封印地がどこにあるのか?」
遊人が「うわ、情報量多っ……」と呟く中、ティダはゆっくりと目を閉じた。
水滴のイヤリングを外し、尖った先をこめかみに当てながら、深く考え込む――。
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「姉さんさ、八割は知ってるけど、俺にどこまで教えるか悩んでるだけなんでしょ?」
遊人は ニヤリと笑いながら 言った。
「ふふ……君、見た目はバカっぽいけど、意外と鋭いわね。」
ティダが微笑む。
「それ、褒められてるって思っていいの? おばちゃん。」
「……は?」
瞬間、ティダの目がギラリと光った。
空気が変わった――否、殺気が走った。
「え、ちょ、今のナシ! 訂正しまーす!
ティダ様はお美しい若き女性でありまーす!!」
遊人が 土下座モーション に入る前に――
「今はケンカしてる場合じゃないだろう?」
鈴木思科が スッと間に入り、冷静な声を挟んだ。
「……チッ。命拾いしたな。」
ティダは 腕を組んで深呼吸し、気を取り直す。
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「正直に言うよ。」
ティダは視線を真っ直ぐにし、低い声で語る。
「人類が主導するこの世界には、どこか“抗う力”が存在しているんだ。」
「抗う力?」
「人間は工業の力で地球を作り変えようとした。」
「でも、地球もまた抵抗している――元の姿に戻ろうとする力。」
ティダは 腕を組みながら 言葉を区切る。
「それが具体化した存在が『狩』よ。」
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「え、それってつまり……地球の自己修復システム?」
遊人が眉をひそめる。
「そうとも言えるわ。」
ティダが頷く。
「『狩』は、人間以外の生物が形成した集団意識。
彼らは 人間を拒絶し、地球の八つの空間封印を解き放とうとしている。」
「そして――」
「そして?」
ティダは一拍置き、ゆっくりと視線を上げた。
「人間が存在しない世界へ逃げようとしているの。」
「……おいおい、バグ修正じゃなくて“アンインストール”しようとしてんのかよ!」
遊人が思わず頭を抱える。
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「じゃあさ、いっそのこと 人類を滅ぼせばいいんじゃない?」
「バカ、それができりゃ苦労しないでしょ?」
ティダが ため息をつく。
「それは分からないの。もしかしたら――
十狩は、人類の血で汚れた地球を望んでいないのかもしれない。」
「あるいは、今の地球は人類によって 汚されすぎて、もう元に戻せない から、彼らも住みたくないのかも。」
ティダは 少し目を伏せ、考え込むように呟いた。
「いずれにせよ……私の推測だけど――」
「だけど?」
ティダは息を吸い、静かに言葉を継ぐ。
「十狩が目指しているのは、一片の汚れもない、最初からやり直せる世界なんじゃないかと思う。」
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静寂が落ちる。
遊人は口を開きかけて――
ふと、ギクリ とした。
「……おい、ティダ。お前、もしかして――」
「何?」
「ちょっとカッコつけすぎじゃね? 台詞が ラスボスみたいになってるぞ。」
「は?」
「いや、“一片の汚れもない世界”って、まんま 最終決戦前の敵のセリフ だろ!?」
「はああああ!?」
ゴンッ!!!
「バカ遊人!!!!!」
ティダの拳が ズドンッ と遊人の頭に炸裂した――。
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「なんか ややこしく聞こえる けどさ、俺の直感ではめちゃくちゃ単純な話だよ。」
遊人は 腕を組み、ドヤ顔で言い放つ。
「行くべき奴は行けばいいし、残る奴は残ればいい。」
「別に戦う必要もないし、みんな楽になれるっしょ?」________________________________________
「……それ、本気で言ってる?」
ティダは ジト目 で遊人を睨む。
遊人は「え?」と首を傾げたが、ティダは 真剣な顔のまま 続ける。
「生物の連鎖の中で、たった一つの種が消えただけで、他の種も壊滅的な影響を受けるのよ。」
「へえ、俺らってそんな重要?」
「逆よ。人間は他の生物に依存しなければ生きていけない。」
「あー……そういうことね。」
「もし狩が多くの生物を連れて平行宇宙へ逃げたら?」
「えーっと、動物園が空っぽになる?」
「バカ、それどころじゃない!
人類にとって、それは――『自殺行為』と同じなの!」
バンッ!!
ティダが 机を叩く。
遊人は思わず ビクッ とするが、すぐに反論した。
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「ちょっと待った!!」
遊人は 指をピンと立て、鋭い目つきになる。
「さっき『万物はお互いに依存してる』って言ったよな?
なら、なんで動物たちは俺たちを捨てて逃げられるんだよ!?」
「……」
「こっちは彼らがいないと生きていけないのに、向こうは俺たちがいなくても困らないってこと?」
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ティダは一瞬、言葉を探し――
「まぁ、人類は食物連鎖の中で最も“特別な”存在だからね。」
「おいおい、まさか**『人間は万物の霊長だから』**とか言い出さないよな!?」
「違うわよ。」
ティダは 軽くため息をつき、遊人をまっすぐ見つめる。
「人類が特別なのはね――」
「……ゴクリ。」
「人間だけがいなくなっても、他の生物にとって何の不幸ももたらさない存在だからよ。」
「…………は?」
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「だから、十狩は人類を切り捨て、新しい世界への扉を開いて、他の生物たちを連れて行こうとしているの。」
「え、ちょっと待てよ?
それってつまり……
俺たち、人類って――
めちゃくちゃ図々しくね!?」
遊人は 顔をしかめながら、肩をすくめた。
「やっと気づいた?」
ティダが クスクス笑う。
『人間に生まれたこと』 に申し訳なさを感じた。
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「どうであれ、だから私たちの先輩たちはずっと『八つの封印の地』を守ろうとしてきたの。
でも――」
ティダは 指を一本立てた。
「残りは最後の一つだけ。」
「へえ、大変だな。……で?」
「そして――君を含む八人の守印者は、代々その封印を守る祖先の神器を司ってきたのよ。」
「ん? いや、待て待て待て……俺!?」
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「その最後の封印がどこか、俺は知らなくていいよね?」
遊人は 目を閉じ、ティダの次の言葉が精神的ダメージを与えることを覚悟する。
ティダは いたずらっぽく微笑み――
「ダメだよ。しかも――君はもうその場所にいるんだからね。」
「…………は?」
「ここ、江雨学園よ♪」
ティダは ぺろっと舌を出した。
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遊人の 脳内に衝撃が走る。
(――ちょっっっ!!!)
(フラグ回収早すぎんだろ!?)
(なに、この“主人公確定演出”!!)
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「……口喧嘩で負けてもいいから、一生平凡なNPCとして生きていたかったよ……。」
病床の上で、遊人は 絶望的な表情を浮かべながら、ティダに背を向けた。
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「でもね――」
ティダの声が すぐ後ろから響く。
「その責任を引き受けたら、私が君の両親の正体を探し出してあげるよ?」
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ピクッ。
遊人の 肩がわずかに動いた。
ティダの 自信満々な態度 に、遊人は 心を読まれていたことを悟る。
無言のまま――
遊人は 不承不承ながらも、もう一度体を翻してティダの方を向いた。




