序章 今夜、俺には全身挫滅で死んでもしょうがない
無道── その名は「道を持たぬ者」と書くが、誰よりも自分の“道”に忠実な男。
北方の雪国――深夜。
「オイオイ、今夜はやけに賑やかだなァ……ッ!」
ビュオォォォォォォォ――!!! 吹き荒れる暴風雪。
目の前に広がる戦場。 白銀の雪ではなく、
赤黒い血と散乱する獣の死骸で染められていた。
「フン……コイツが“第七の封印の地”(だいななのふういんのち)の守護戦かよ。
ハッ……大したことねェな!」
無道は背中に幼子を背負う。
ボロボロの衣。返り血と獣の毛皮にまみれた姿。
戦場の中心に立ち尽くしていた。
「無道、諦めろ!」
対峙する十狩の“主狩”(しゅしゃ)。静かに宣告する。
( * 十狩の“主狩”
──十人の狩者を束ねる、頂点の存在。)
「お前こそ、封印を守る八人のガキの中で、
最後まで生き残った一人か?」
「ハッ……どうせ、俺以外はクズだろ。」
獣の牙のような鋭い笑み。その瞬間――
「喰らえッ!!!」
ドォォォォォン!!!!
夜闇の中。突如として猛獣が跳ね上がる。
狼の群れ。巨大な熊。猛禽の影。次々と解き放たれる野獣たち。
無道を押しつぶそうと襲いかかる。
「チッ……テメェら、本当にしつけのなってねェ犬共だなァ!」
ザシュッ!!! 無道の長鞭がしなる。
バチバチッ!! 雷電が駆け巡る。鞭の軌道が青白い稲妻を描く。
「雷の閃鞭」
バリバリバリィィィィィン!!!
雷鳴が炸裂。獣たちは雷の閃鞭に捕らえられる。
焼け焦げた肉の臭い。戦場に充満する。
だが――
「主狩ッ! こいつ……ッ!」
三つの影。無道の前方・左右。一斉に跳びかかる。
「待て! 無道は他の奴らと違う! こんな無茶は――」
「遅ェんだよ!!!」
無道、構える。
「雷の旋舞――ッ!!!」
シュバッ!!!
無道の鞭が、一閃。雷電が弧を描く。
瞬時に三体の影を吹き飛ばす。
ドォォォォン!!
吹き飛ばされた敵の屍。雪上に転がる。
「主狩!! 一撃でやられたぞ!!!」
「……問題ない。」
冷徹な声。
主狩は静かに告げる。トロツキーが手で印を結ぶ。
ズ……ズズ……ッ……
雷電に焦げた死体。蠢きながら起き上がる。
「――ッ!」
破れた体。欠けた腕。それでも尚、ゾンビと化した亡骸たち。
牙を剥く。無道へと襲いかかる。
「ハッ、とうとう死体まで使い回しかよ?」
無道は疲労を感じながらも笑う。
「はははっ!!!」
「……本物のクズは、お前の仲間だろうが!!!」
トロツキーの怒声が響き渡る。
無道は目を細めた。
「仲間だと……? フン! 俺がどうして、アイツらと仲間になれると思う!」
感情を抑えた声の奥。決して見せたくないものがあった。
――仲間のために流す、切実な涙が。
トロツキーは獰猛な笑みを浮かべる。
「その問いは……死後の世界で、アイツらに聞けよ!」
「もしお前が、アイツらに一筋の危険でも及ぼすなら――」
無道は怒りを込めて叫ぶ。
雷と炎に焼かれた長い鞭が一閃。
「バチィッ!!!」
ゾンビの群れが轟音と共に吹き飛ばされる。乾いた屍と化した。
「主狩!! どうしてこんな奴が、こんなに強いんだ?!」
トロツキーは憤怒の声を上げる。
主狩はただ、あくびをひとつしながら静かに答えた。
「確かに、彼は強い。だが、ここで終わりだ。」
――その時。
無道の頭上の天空。その厚い雲層を、
一座の巨大な尖塔が突き破る。剣の鋒のごとく、
天より無道の頭上へと落下してきた。
「ドォォォォォン!!!」
轟然たる巨響。
広場の中心――その塔の真下にいたのは、他ならぬ無道であった……。
ドォォォォォォン!!!
膨大な塵埃の海が巻き上がる。都市の雪を一瞬にして吹き飛ばした。
ガガガガガッ!!!
衝撃波が広場の家屋や鐘楼、建造物を次々となぎ倒していく。
降り積もった雪海が、塵に塗れた地へと舞い落ちた時。
三里先の夜闇の中――主狩たちの無傷の姿が、静かに浮かび上がる。
「……フッ。」
主狩は肩をすくめると、くるりと踵を返した。
「無道がどれほど強かろうと……今夜ここで死ぬ運命に変わりはない。」
淡々と告げる声。
「第七の封印はすでに崩れた。守護者の八人も、もういない。
今や最後の封印の地――第八の封印の守りは消えた。
さあ、俺たちで第八の封印を落としに行くぞ!」
「ハァ……。」
トロツキーが、皮肉げに肩をすくめる。
「それにしても……無道。子供なんか背負ってたせいで、
無駄に手間取ったんじゃないのか?」
ちらりと遠方を見やる。 雪塵に包まれた戦場。
だが――
ズッ!!
彼らが数歩進んだ瞬間。
ドォォォォン!!!!
「ッ!?」
広場の中心。 突如、奔る雷光!!!
積もる雪海。 大破したビルの瓦礫。 死屍累々の残骸――
それらすべてが、雷撃の衝撃波で四方に弾き飛ばされる!!!
その中心。 血に濡れた額。
……無道が、立ち上がる。
白銀の嵐の中。
「言い間違えたな。」
牙を剥くように、無道が笑う。
「俺が子供を背負ってても……お前たちは勝てねェ!!!」
主狩は振り返りもせず、冷笑を浮かべたまま言い捨てる。
「……自分のことは、どうでもいいってか?」
「せめて……背負ってるガキのこと、考えたらどうだ?」
――その時。
「オギャァァァァッ!!!」
悲愴な夜空に響く。 赤子の泣き声。
「……チッ。」
無道の目が鋭く光る。
「雷奔、雷刃ッ!!!!」
彼の全身が雷を纏う。
ビリビリビリッ!!!
その姿は……まるで雷そのものだった。
稲妻と化した無道が、閃光のごとく戦場を駆ける!!!
「バチィッ!! バチバチバチバチッ!!」
主狩の周囲を駆け抜けるたび、火花が炸裂し、
巨大な雪煙が舞い上がる!!!
爆響と吹雪の渦。 ぼんやりと浮かび上がる、二つの影。
雷が纏う長い鞭が――鋼の剣へと硬化する。
「雷剣……ッ!!」
無道の刃が振り下ろされる――!!
だが。
ガギィィィン!!!!
主狩は、手刀で眉間の前一寸にて受け止めた。
「お前……まだそんな体力が残ってるのか?」
苛立ちを隠さず、主狩が言い放つ。
「第七の封印は、すでに崩れた。たった一人で……何ができる?」
「決めつけんな……ッ!!!」
無道の冷笑。
「俺が負けを認めねェ限り、
テメェも勝利を口にするんじゃねェ!!!」
無道は跳躍!!!
十歩分の距離を一瞬で開ける。
そして――
再び雷を纏った。
「雷奔、雷影ッ!!!!」
稲妻の螺旋。
シュババババッ!!
主狩の周囲を疾走する影。 視認不可能な速度。
「ザザザザザッ!!」
雪塵が渦を巻く。
「……残像か?」
トロツキーたちが、思わず息を呑む。
戦場の外から見ても、
無道の影が無数に分裂していた。 雷と雪の幻影。
「……最後は、俺に一撃を入れるつもりか?」
主狩は目を閉じる。
「ならば……待つまでのこと。」
直感に頼る。 無道の出現の瞬間を待ち受ける。
――そして。
「ここかッ!!!」
主狩の爪が、左背後を裂く――
「ズバァッ!!!」
しかし。
ただの雪衣だった。
「……なっ!?」
主狩が振り向いた、その瞬間。
右背後。
無道が――
「飛び出したッ!!!!!」
「クソッ!! 貴様……!!」
両腕を主狩の肩へとがっしり組む。
ビリビリビリッ!!!!
電撃が迸る。
「バチバチバチバチッ!!!」
「やめろッ!! 貴様、道連れにする気か!? ……
背中のガキのこと、忘れたのか!?」
数歩先の雪地。 魔法陣。
中央に赤子。
その泣き声が、主狩の心を僅かに揺るがせた。
「……この子は、もう俺には必要ねェ。」
無道のかすれた声。
「母親が願いを託した……この子には、必ず良い仲間が現れる。」
「バチバチバチッ!!」
雷撃が主狩を拘束。
「……まだ終わらねェぞ!!!」
――戦場が、再び閃光に包まれるッ!!!!
だが――
この夜の物語は、まだ終わらない。
――広場より十里先。
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ティーダ視点
ゴォォォォォ……!!
吹雪の中、ティーダが駆けていた。
護衛の一団を引き連れ、
雪煙の向こうの戦場を目指して、必死に走る。
「ティーダ!! 間に合うと思うのか!?」
護衛が叫ぶ。
「わかんない! わかんない!!」
ティーダは、ただひたすら、無我夢中で走る。
「……遅かった。鐘楼も、第七の封印も、もう……見えない。」
「結界は……どうなる?」
「そんなの……どうでもいい。」
「……は?」
「でも――第七の封印は、『アニキ』無道にとって、
すごく大事なものだったんだ!」
護衛は唇を噛みしめる。
「……すまない。」
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無道視点:
その瞬間。
ビリビリビリビリッ……!!!
「グゥッ……!!!」
無道の雷電の鞭が、主狩を強く締め上げる。
「子供よ……俺の願いは、ただ一つ……」
雪原に響く、最後の言葉。
「お前たちは……俺や仲間たちと同じ結末を迎えるな……!!!」
ゴゴゴゴゴ……!!!
無道の瞳に、雷の全エネルギーが集束する――!!
そして。
「――原子雷爆!!!!」
ドオオオオォォォォン!!!!!!
閃光が、戦場を呑み込むッ!!!!
雷。炎。吹雪。血。
そして――
慟哭の声と共に。
雪夜の嘆きが、この赤子を未来へと導く。
………………。
数年後。
彼は、もはや。
この世界の傍観者ではない。
――第八の封印を守る、新たなる主役となるのだから。