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ティダ

「坊や、君にお兄ちゃんがいるなんて知らなかったよ?」

ティダがニッと笑いながら歩み寄る。


ゆったりとした草色のジャケットにパンツ。

金と銀が入り混じる長い髪を、肩へと流し——

まるで寝起きみたいな、脱力した雰囲気。


遊人の鼻先に、ほんのりアルコールの香りが漂った。


「いや、実のところ、こちらはただの――」

薫は肩をすくめる。


のんびりと立ち上がり、ティダを見据えると——


「久しぶりに顔を出しただけの先輩ですよ!」


「親戚なんて、とんでもない」


そう言って、猫のように気だるげに手をひらひらと振る。

ティダの目が細まる。


「ふーん?」

唇の端をくいっと持ち上げながら、軽く首を傾けた。

「遅れてすみません。ちょっと立て込んでいて、今やっとお見舞いに来れました」


ティダは相変わらずの笑顔で、さらりと言う。


「ふむ……じゃあ、俺は先に失礼します」

薫は軽く手を振ると、ゆるりと身を翻し、

その場を後にしようとした——が。

「というか、自分、酒とかタバコの匂いに敏感でしてね……」


「へぇ?」

ティダが少し驚いたように目を瞬かせる。

「さっき確かに酒は飲みましたけど、

タバコは昨晩吸ったんですよ?

それでも匂い、わかるんですか?」


「いやぁ、自分、結構敏感なんでね!」

薫は袖口を鼻にあて、ふっと顔をしかめた。

「ま、職業病ってやつですかね?」

そう言って、気だるげに息を吐く。


冬になると、彼は一回り大きなコートを好んで着る癖がある。

そのせいか、実年齢よりも少し幼く見える。

黄色の猫耳付きフード(もちろんフェイク)も相まって——

まるで学長というより、猫そのものだった。


「それで、この方は?」

薫はティダの隣に立つ男をちらりと見た。

軍服姿の屈強な体つき。

鋭い目つき。

まるでトム・クルーズばりの精悍な顔立ち——

なのに、一言も発しない。


ティダを一瞥しただけで、

まるで空気のように佇んでいる。

「えっと……彼ね?」

ティダは軽く肩をすくめた。

鈴木思科すずきしこ

うちの部隊の情報セキュリティ担当官——

というか、この学校の新任情報科教師になる予定の人よ。」


「意味わかんねぇ。」

遊人がぽかんとした顔で首をかしげる。


「簡単に言うと——この学校、

私たちの部隊の管理下に入ったの。」

ティダは冷静に言葉を修正する。

その隣で、鈴木思科はじっと中川薫を見つめた。

その一瞬、彼の眉がわずかに動く。


——何か、引っかかる。

まるで、どこかでこの男の気配を感じたことがあるかのように。


「じゃあ……俺は先に行くわ。」

薫はさらっと言いながら、

遊人の頭を雑にぐしゃっと撫でた。

まるで適当な別れの挨拶のように。


「先輩、この世界こんなになってんのに、

どこに客がいるってんですか?

絶対嘘だ!社員を放り出す口実でしょ!」

遊人が疑い全開で言い返す。


「お前を自生自滅に——じゃねぇや、

自己成長させてやんねぇとな!

じ・こ・せ・い・ちょ・う!

はは、じゃあな、グッバイ!」

薫は笑いながら、手をひらひら振る。

そのとき、ふと目に入った。


遊人の古びたリュック——オオカミに噛まれたのか、

ボロボロになってる。

……でも、その隣にはティダが用意した新しいリュックが置かれていた。


「……ま、いいか。」

薫は特に何も言わず、

軽く手刀で遊人の頭をポンッと叩くと、

そのまま振り返らずに去っていく。

去り際、ふっと遊人のバッグに何かを滑り込ませた。

タロットカード——《魔術師(The Magician)》


それが、何を意味するのか。

——遊人が気づくのは、もう少し先の話だった。


「先輩、また話せるの楽しみにしてるわ。」

ティダは軽く微笑みながら薫に手を振る。


でも——どこか名残惜しそうな顔をしていた。

対して、薫はあっさりと片手を上げるだけ。


さっぱりした態度でその場を去っていった。

________________________________________


「遊人、怪我は大丈夫?」

ティダは、薫が座っていた席にどっかりと腰を下ろし、

遊人をじっと見つめる。


「まあ……なんとか?でもさ。」

遊人はわざとらしく視線をそらしながら、

話題を変えるように続ける。


「この世界、いったいどうなってるんだよ?」

初対面で名前を知られていたこと。

薫の、あの妙な警戒心。


何かがおかしい。


ティダにも何か裏があるんじゃないか?


そんな疑念が、遊人の中でふつふつと膨らんでいた。


「世界の4分の1の人間が動物に変えられた。」

ティダは少し眉をひそめ、

斜め向かいに座っている——パンダを指さす。

「……でも、それで終わりじゃないのよ。」


「は?」

遊人の顔が一気に険しくなる。


「どうやらね、ある特定の時間になると——

地球上の動物たちが、

一つの意識を持つようになる。」

「そして、その瞬間、人間を襲い始めるの。」


「……は?」(二回目)

遊人は反射的にティダを見返す。


「それは、もともと人間だった動物たちも例外じゃない。

そして、その時間が過ぎると、

何事もなかったかのように静かになる。

その原因は、まだ解明されてないんだけどね。」

ティダの目は真剣だった。


遊人はごくりと唾を飲み込みながら、

ティダの指差すパンダを見た。

——今は、ただのパンダ。

でも、もし次の"その時間"が来たら?

「……冗談、だろ?」

遊人の声から、冗談めいた軽さは完全に消えていた。


「だから俺、昨日山でオオカミに噛まれたのか……。」

遊人はぼんやりと呟いた。


まるで、現実をゆっくりと飲み込んでいるように。

「そうね。」

ティダは静かに頷きながら、遊人の首元をじっと見つめる。

「でも意外なことに——君の回復は驚くほど早いわ。」

「普通なら頸動脈を噛まれたら、死ななくても後遺症は避けられない。それなのに、君はこうして私と普通に会話できている。」


そう言いながら、ティダは優しく遊人の首に手を触れた。

「……原因ってなんだろう?もしかして俺、運が良すぎたとか?」

「あとほんの数ミリでもズレてたら死んでたってやつ?」

遊人は自嘲気味に笑う。


「正直、こんなギリギリの死線を越えたの、人生で初めてだし……何て言えばいいか分からないな。」

「生き延びられたことに感謝すべきじゃない?」

「いや、むしろいっそのこと死んでたほうが良かったって気がする。」

遊人がポツリと漏らした、次の瞬間——

バンッ!!!

「おいおいおいおいおい!」

突然、ティダが拳をテーブルに叩きつけた。

「お前、何言ってんの!?バカじゃないの!?」

遊人、ビクッ。

「え、ちょ……」

「生きてんのよ!?生きてるのよ!?ならまず生存バフに感謝しなさいよ!!」

ティダは机をバンバン叩きながら、

完全に居酒屋のオヤジみたいなノリでキレ始めた。


「てかさー、昨日オオカミに噛まれたってことは、

マジで死ぬ可能性あったわけじゃん!?」

「それを乗り越えたんなら、

"俺ツエー"くらいのテンションでいなさいよ!!」

「ナヨナヨしてる暇があったら、

プロテインでも飲んで筋肉つけろ!!!」

「てかお前、絶対タンパク質足りてねぇだろ!?

普段何食ってんの!?」

ティダの圧がすごい。


遊人、完全に沈黙。


「……あの、ティダさん?」

ようやく冷静になった遊人が、おそるおそる口を開く。


「え?」


「……さっきから話が変な方向にいってません?」


「……あ。」


ティダ、はっとして拳を止める。


「……まぁ、そうね。」

「でも、つまりはそういうことよ!」

「生き延びたなら、そのバフは有効活用しろ!それが戦士の心得よ!」

——なんだか、妙に説得力がある気がする。


遊人は無言で、首元の包帯に手を当てた。

「……まぁ、生きてるなら、何か意味があるんだろうな。」


「そうそう!それでいいのよ!」

ティダは満足げに頷きながら、思い出したように言う。


「で?今日のタンパク質の摂取量は?」


「え、まだ何も食ってないけど?」


「バカかお前は!!!」


「別に死ぬのは構わないけど……命を救ってくれたのは、善意だってわかってる。」

遊人はかすかに笑い、軽く息を吐く。

「……俺、別に『助かった……! 生きててよかった!』とか思ってるわけじゃないからな?」

「……?」

「むしろ、こう考えてた。」

「もし俺が死んでたら——ワンチャン異世界転生してたかもしれねぇのにな、って。」

「孤児が死ぬ→異世界で貴族の子供になってチートスキルゲット。

……そのルートの方が、ぶっちゃけ今よりマシだったんじゃね?」

遊人はドヤ顔で語りながら、ベッドに寝転がった。


ティダの顔が一瞬、無になった。

「は?」

「お前さ……何言ってんの?」

「え? いや、だってさ?」



「最近の異世界モノってさ、『今の人生に嫌気が差したヤツが転生して最強になる』ってのが定番じゃん?」

「俺みたいなニートで孤児の凡人にはさぁ……」


「ふーーーーん。」

ティダは腕を組んだまま、深いため息をついた。

「……そんなこと言ってるから、猫にぶん殴られるんじゃない?」

「ニャアアアア!!!」

「ぎゃああああああ!!!」

結菜が再び遊人の顔面に猫パンチをお見舞い!

「いてぇぇぇぇぇえ!? お前、ツンデレの猫かよ!!」


「つーかさぁ! 人生リセットしたいとか言ってると、猫様に『リジェクト』されんぞ!!」

「この子はただ……お前にちゃんと生きてほしいだけなんだよ!」


「とはいえ、このまま結菜が遊人の顔面を占拠し続けたら、話どころじゃないな……。」


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