巨狼、襲来ッ!!
「……国連の統計報告、見たんだけどさ。」
慎之助はスマホを睨みつけ、眉間に深い皺を寄せた。
その顔はまるで焦げたトーストみたいに。
「結果が出た。世界中で動物になった人間の割合……
だいたい四分の一らしい。」
「よ、四分の一っ!?!?!?」
陽翔は思わず息を飲み、目を剥いた。
「はぁ!? そんな数字アリかよ!? ってことは、
世界の二十億人が動物化したってこと!? いやいや、
頭おかしいだろそれ!!」
「しかも、まだ確定したわけじゃない。」
慎之助はため息まじりにスマホを突き出す。
「データは今も更新中らしい。
これからもっと増える可能性もあるってさ。」
「…………」
一瞬、場の空気が凍りついた。
陽翔はぎりっと奥歯を噛みしめた後、口を開く。
「……俺たち詩社、ちょうど四人。で、運命のクソ野郎は、
しっかり一人を選びやがったってわけか?」
「……悪い。」
遊人は淡々と答えながら、
肩にしがみつく小さな青い猫の頭を軽く撫でた。
「いやいや、別に責めてるわけじゃねーよ!!」
陽翔は慌てて手を振る。
「たださぁ、この確率、妙に出来過ぎてね?
国際的な占い師が国連で記者会見開くレベルじゃね?」
「それな……」
慎之助がふと顔を上げ、遊人を見る。
「……遊人、お前、結菜の母親に連絡してみたらどうだ?
こういう時、どうすればいいか相談してみろよ。」
「いや、無理。」
遊人は肩をすくめ、ダルそうに答えた。
「あの人、数日前に海外出張行っちゃってさ。
今どこにいるのかもわからん。
最悪、もうシロクマとかになってるかもしれないし?」
「……結菜の親、かなり前に離婚してたよな。」
陽翔はため息をつき、遊人の肩をポンポンと叩く。
「そんじゃまあ……お前が面倒見るしかねぇな。」
「……」
遊人は黙って結菜を見下ろした。
夕陽を映す青い瞳は、
まるで燃える宝石のように輝いていた。
「……大丈夫だよ。」
彼は静かに囁いた。
「世界が元に戻るまで、俺がちゃんと守ってやる。」
「にゃ……」
結菜の猫耳がピクッと震えた。
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そして、ふにゃん……と尻尾が遊人の腕に絡みつく。
まるで、**「わかってるにゃ。」**とでも言うように——。
「それにしても、世界こんなにメチャクチャになったしな?」
遊人は、ビニール袋をひらひらと振る。
「ついでにコンビニで、ちょっとばかし猫様のエサを拝借してきた。」
「お前……マジでやったのか!?」
陽翔の目が点になる。
「いやいや、ヤバくね!?
俺よりぶっ飛んでんじゃん!!」
「店員いなかったし。」
遊人は悪びれもせず肩をすくめる。
「これはな、"食料の再分配" ってやつだよ。
こういう時こそ、世の中はフェアでなきゃな?」
「フェアって何だよ!!」
陽翔は額を押さえた。
「お前、もう完全に終末モードの盗賊王じゃねぇか!!」
「ま、飢え死にするよりマシでしょ。」
遊人は無表情のまま、さらりと言う。
「てか、むしろ今の方が楽じゃね?
毎日タダでスーパーの棚から物取れるんだぜ?」
「そういう問題じゃねえ!!」
「さて……」
遊人はポケットから小さなメモ帳を取り出した。
「明日、何を"調達"しようかな……」
ページをめくりながら、サラサラと書き込んでいく。
「猫缶、ミネラルウォーター、ジャーキー、
ドライフード、トイレットペーパー……」
ペンを止め、少し考え込む。
「……ついでに、高級ステーキとかもアリ?」
「終末メニューってのも、
ちょっとはこだわりたいじゃん?」
「お前、世界が滅びるの前提で生きてんのかよ!?!?」
陽翔が思わず叫んだ。
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「……なんだよ、これ。」
遊人は足を止め、目の前の光景に息を呑んだ。
学校の隣にある商店街の入り口——
そこは、高く張り巡らされた鉄条網と
黄色の警戒テープで完全封鎖されていた。
フル装備の警察と迷彩服の軍人たちが無言の圧を放ち、
"通行禁止" の壁となって立ちはだかる。
住民たちは入り口の外で口々に叫び、
何が起きたのか詰め寄っていた。
しかし、
軍人たちの表情はまるで無機質な機械のように冷たく、
一切の感情を見せない。
「……なんだよ、これ……?」
陽翔が眉をひそめる。
「動物の暴動か?
それとも核戦争でも始まったのか?」
「……近づかないほうがいい。」
慎之助が低く呟いた。
「今の時点じゃ、状況が全く読めない。」
「……ってか、俺どうやって寮に帰るんだよ?」
遊人は苛立ちを滲ませながら眉を寄せる。
「ここが最短ルートだぞ? これじゃあ俺、迂回するしか——」
「——動くな!」
突如、鋭い声が飛んだ。
住民の一人が入り口へと歩み寄った瞬間、
軍人の一人が即座に制止する。
「この区域は封鎖された。直ちに後退しろ!」
「封鎖? なんでだよ!?
俺たちの家がここにあるんだぞ!」
「ただ帰るだけだろ!?
通してくれよ!!」
住民たちが次々と声を上げるが、
警官の返答は冷たかった。
「現在、詳細は不明。
安全が確保されるまで待機してください。」
「待機って……中に家族がいるんだぞ!!」
「撤退!」
軍人の一声で、その場の空気が一瞬で凍りついた。
もう……これは"警告"ではない。"最後通告"だ。
陽翔はゴクリと唾を飲み込む。
「……ちょっと待てよ、さすがにこれはやりすぎだろ?
どんだけ厳戒態勢なんだよ?」
慎之助は静かに目を細める。
「……もしかして、
動物化した人間の中に暴走する奴が出始めたのかもしれないな。」
「それで政府が強制隔離を……?」
「可能性はある。」
「……ってことは?」
遊人が肩の上にいる結菜を指差し、乾いた笑いを漏らす。
「俺、これ抱えて通ろうもんなら、
確実に拘束されるってことか?」
「いや、確実にそうなるな。」
陽翔は肩をすくめ、ため息をつく。
「で、どうすんの?
まさか、このまま野宿する気じゃないよな?」
遊人は数秒沈黙し、ふと視線を横に向けた。
その先には、急斜面の山道——。
「……山を登る。」
「は!?!?」
陽翔が素っ頓狂な声を上げる。
「お前、あの崖みたいな急斜面を登るつもりか!?」
「拘束されるよりマシだろ。」
遊人は腕を軽く回し、ストレッチをしながら、
静かに斜面へと足を向ける。
「側道から寮の二階に直接入れば、問題なく帰れる。」
「問題しかねぇよ!!!」
陽翔は額を押さえ、心底呆れたように言った。
「……いや、でもお前ならやりかねねぇな。
なんで今更驚いてんだ、俺。」
慎之助は封鎖区域を一瞥し、静かに頷く。
「……気をつけろよ。」
「おう。」
遊人は軽く手を振り、結菜を抱えたまま、急斜面へと向かっていく。
********
「……ズルルル……」
「!?」
遊人の足が止まる。背筋がゾワリと逆立った。
今の……何の音だ?
「ニャ、ニャァアアアア!!!」
バッ!!
肩に乗っていた結菜が突然暴れ出した。
全身の毛を逆立て、
まるで悪夢から飛び起きたかのように、
爪を虚空に振り回す。
「お、おい!? 結菜、どうした!?」
遊人は驚いて彼女を抱きしめるが、
その震えは止まらない。
ガタガタ……!
結菜の青い瞳が恐怖に染まり、
キョロキョロと周囲を見回している。
——まるで、何か"ヤバいモノ"が近くにいるみたいに。
「……クソッ」
嫌な感覚が全身を駆け巡る。
結菜だけじゃない。空気が変だ。
これは……知っている感覚だ。
何かに——狙われている。
だが、振り返るわけにはいかない。
遊人は結菜の瞳に映った"ソレ"を見た。
——人間じゃない。
——しかも、絶対に"優しいモノ"じゃない。
「っ……」
無意識に後ずさる。だが——
「バキッ……!」
枯れ葉を踏んだ瞬間、音が響いた。
「ガサッ!!!」
前後左右、さらに頭上の茂みからも、
一斉に"影"が飛び出す——!
「……狼!?」
いや……違う。
ただの狼じゃねぇ。
「グルルル……!!」
目の前の巨狼が低く喉を鳴らした。
漆黒の毛並み、通常の狼を遥かに超える巨体、
額には禍々しい白い掌形の紋様。
そして、なにより——
ヨダレを垂らしながら、
異常なまでにギラついた牙。
「クソが……!」
背後の狼が身を沈める。
——次の瞬間、前方の狼が跳んだ!!
「ッ……!」
遊人は思考する暇もなく、手近なものを掴み、
本能のままに投げつけた。
「ガンッ!!!」
石が狼の額を直撃。一瞬だけ 動きが止まる。
その僅かな隙を見逃すはずがなかった——
「……行くぞ!!」
遊人は結菜を抱えたまま、
山道の斜面に向かって飛び込んだ——!
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「ニャアアアアア!!!」
「黙ってろ!! 今逃げてんだよ!!!」
バサバサッ!!
枯れ葉を蹴散らしながら猛スピードで滑り降りる。
その直後——
「ガァアア!!!」
振り返るまでもない。
奴らは追ってきている。しかも——速ぇ!!
遊人の視界の端、山肌を駆け降りる三匹の狼が、
まるで悪霊のように迫ってくる。
爪が地面を削り、**バチバチッ!**と火花が散る。
「クソッ……!!」
鼓動が加速する。
全身にアドレナリンが駆け巡る。
生き延びるための選択肢は——
「……そこだ!」
遊人は視界の隅に映った洞窟に、
躊躇なく飛び込んだ!!
「ドンッ!!!」
最初の狼が止まり切れず、
洞穴の入口に頭を思い切りぶつける。
「は、はぁっ……!!」
遊人が息をつく暇もなく——
「ガウッ!!!」
「ッ……!? くそ、まだいるのかよ……!!」
見上げた先、洞窟の天井。
二匹目の狼が、既にそこにいた——!
「ニャアアア!!」
「クソがああああ!!!」
深い藍色の月明かりの下、
狼が真上から 飛びかかってくる!!
遊人は本能的に 防御態勢を取る。
——持っているものは、背負っていたボロいリュックだけ。
「ガブッ!!!」
狼の牙が、リュックを噛み砕いた。
「クソッ……!!!」
だが——
次は、素手しかない。
「ガブッ!!!」
狼の牙が、リュックを噛み砕いた。
——その瞬間。
「ゴシャァァッ!!!」
圧倒的な衝撃力。
遊人の体が、弾き飛ばされる。
「ッ……ぐあっ!!」
脳が揺れる。
背中から**ゴロゴロゴロッ!!
と洞窟の岩肌を転がり、硬い地面にドスン!!
**と叩きつけられた。
「……ッ!!」
肺の空気が一瞬で押し出され、呼吸ができない。
「ニャ……ア……」
結菜の小さな体も、無慈悲に宙を舞った。
バチィッ!!!
岩に叩きつけられた青い小猫の身体が、
力なく地面に落ちる。
「……ク、ソ……」
視界が揺れる。
全身が悲鳴を上げる。
耳鳴りがうるさい。
……意識が、遠のいていく。
朦朧とした意識の中、狼が牙を剥き、
ゆっくりと迫ってくるのが見えた——。
だが、もう……動けない。
目の前が、闇に塗りつぶされていく——。