タロットバスの災難
チャリを漕いで、
江雨んとこの小高い丘をぐいっと登る。
壁が見えたら、すかさず右折──
そのまま突き当たりの、廃墟じみたエリアへ。
……で。
見た瞬間、声が出なかった。
え、
ええええええぇぇええええええっ!?
タロットバスが──
謎の突風にブッ飛ばされて、
三階建ての高さまで巻き上げられてるっ!?
そのまま、
重力に引き戻されて……
ドンッ!!
って地面に激突ッ!!
ガッシャーーーン!!
車体のガラス、
ぜんぶ砕け散って、
車両は横倒しのまま、
草ボーボーの空き地に転がってた。
(ちょ、え、なにこれ……
ヤバすぎじゃね!?)
(薰、あの中にいたよな……?)
(てか、どんな怪力だよ!?
ギャグ漫画か!?)
(いやいやいやいや……
俺の目、バグってないよな!?)
タロットバス、
数百メートルは吹っ飛ばされてた。
横倒しのまま、
ドゴンと地面に沈み込んで、
車体のドアだけが──
ギィ……ギィ……って、
風に煽られて、
不吉な金属音を立ててる。
──その音の隙間に混じって、
かすかに、あいつの声が聞こえた。
「……ッ、ぐぅ……く、薰……っ!?」
(やばっ、まだ中にいるッ!?)
一秒でもムダにできねぇ!
俺は、ひっくり返った車体の下をよじ登って、
ブッ壊れたドアから──
跳び込んだ!
ぐらり、と傾いた車内。
床が壁で、天井が地面で──
なんもかんも、
グチャグチャだった。
──そして。
俺は見ちまったんだ。
車体の側面に、
ありえねぇモノが、残されてた。
それは……
バス一台分くらいデカい、靴の跡!
しかも──
鉄板の外殻が、10センチは凹んでる。
どんな脚力してんだよ!?
犯人、進撃の巨人ですか!?
てか何!?
遠距離から、空中で、
バスに「キック痕」ってアリなの!?
(どうやって蹴ったらそうなるんだよ!?
物理が泣くぞ!?)
気づけば俺は、ドアから車内に落ちてた。
天井の備品も、座席も、全部──
グチャグチャ。
破片と工具が床を転がって──
そのなかに、
──薰がいた。
ズタボロ……
いや、まさに七転八倒ってやつか──
いや違うな……もっと派手な……
まさに地獄絵図かよ、これ。
壁にもたれて、うっすら目を開けて、
息は、ある。
──ギリ、ある。
額と頭には、くっきりとした青アザ。
腕や胸も、ところどころに──
色がえげつない。
(よくもまぁこれで意識あるな、こいつ)
【塔羅バス──救出編】
「うわっ……センパイ、
マジでギリギリやん!」
「あと一歩遅かったら、
遺言代筆コースだったよ……!」
「……まだ……歩ける……」
「……とにかく、早く……
ここから……離れよう……!」
「……アイツが……追ってきたら……
今より……ひどいことになる……」
「ええ〜〜〜……」
「俺さぁ、
センパイが俺と蓮の精神的支柱になるの期待してたのに……」
「まさか……一番最初に崩れ落ちるとは……」
「支柱だよ……!
まだ……息してるし……」
「……っはは……!」
「ゾンビ王のときも、
心臓バクバクだったのにさ……」
「今度は、魔舞結社の本部で──」
「あの……金目で、
ボス格オーラ全開のヤバい人にバッタリとかさ……」
「もう……完全にホラーだったんだけど!?」
「いいか、覚えとけよ」
「今のラスボスは──」
「ゾンビ王なんかと、
比べもんになんないから」
(……薰のくせに、妙に静かだな)
(てか、笑ってるようで笑ってねーし)
「……だったらさ」
「せめて、犯人の名前だけでも教えてよ」
「俺が、そいつぶっ飛ばしてやるから」
「……バカ」
「教えるわけないでしょ」
「中二スピリッツ全開でさ、仇討ちとか言っちゃって」
「マジでやめてよね、そういうの……」
「ってかさ、今の君のレベルじゃ」
「足元にも及ばないっての」
「中二度で言えば、君──」
「私の足元にも及ばないし?」
「……は?」
「それ、めっちゃ俺のことナメてない!?」
「うん、ナメてるよ」
「アッハハ……!」
(おいおい……その笑い方、ツラすぎだろ)
「──で、俺ってさ」
「先輩にとっては、ただの応急処置係?」
「いや、それすら不合格」
「だって結菜の方が、包帯の巻き方うまかったし?」
「そこまで言うか!? マジで心えぐれるわ……」
俺は、
さっきまで薰の肩に回してた腕を、そっと外した。
「わああっ、ちょ、やめっ、いったーい!!」
「わかったって!
もう口ゲンカは降参だから!!」
(……声出すたびに顔歪んでんのに、
ツッコまずにはいられない俺もどうかしてる)
「ったくよ〜……」
「わざわざ来てやったのに、
活躍の場もくれないってどういうこと?」
「……俺が君を待ってたのはね」
「君が来てくれることが、無事であるって証拠だから」
「──助けてほしいから、じゃないよ」
(……ズルいこと言いやがって)
(それ、最強に救われるやつだろ)
【崩れかけの塔羅バス──真相編】
「なあ、センパイ……」
「俺ら、別の次元に生きてたりする?」
「ケガしてんの、俺じゃなくて、アンタだよ!?」
「むしろさ」
「俺が“安否確認”に来たって状況でしょ?」
「……ふふ」
「じゃなかったら、君は今、血だらけになってたよ」
「……は?」
「え、ちょ……俺のケガ回避って、まさか──」
「え、何その話……全然ついてけないんだけど!?」
「私は──」
「君の存在を“見えない”ようにするために」
「《魔術師》のカードを切ったんだよ」
「そのおかげで、あの魔王が何度も錯覚した」
「たとえば──
君の首の後ろにある“雷字”の刻印とかね」
「でも、その代償として──」
「タロットバスは、
あいつに【鉄くず】になるまで蹴り飛ばされた」
「ついでに、私の体も、ほぼ同じ状態」
(……まじかよ)
(俺……そんなこと一言も聞いてねぇぞ……)
【バスの残骸──無駄に中二なやり取り】
「大丈夫」
「今すぐにでも、仇討ちしてやるからな!」
「俺のまわりにはな──」
「“神器” (じんぎ)持った仲間が山ほどいるんだわ」
**神器**:特殊能力武器、パワーアイテムの意
「マジで、タイマンから団体戦まで対応可能なんで」
「ふぅん?」
「中級の三狩に、下狩三人、片付けたくらいで──」
「もう“兄貴分”気取りですか?」
「翌日、全滅コースにされても知らないよ〜?」
「つーか、蓮に聞いてみなよ」
「“昔の聖火部隊”の毛一本にも及ばないって、
言われるから」
「うぅ……」
「そこまでディスらんでもええやろ……」
(いやいや、今のって完全に幼児に言い
聞かせるテンションだったよな)
【廃墟バス──まだ続く中二いじり】
「なぁ、中二病の後輩くんさ──」
「まずは“八卦の使い手”を八人、
ちゃんと集めてからにしよ?」
「で、みんなで
“正道初級クラス”に団体申し込みして──」
「そこから
“モンスター討伐ごっこ”の練習、始めない?」
「……それ、地味に刺さるんだけど……」
(マジで誰も集まってくれないのよ、うちのチーム……)
「君を呼んだ、もうひとつの理由」
「それは──」
「“風字人”を探し出すため」
「時間が足りないから、来てもらったんだよ」
「……ってことは?」
「今の俺にできるのは、とりあえず……」
「ティーダに全部報告しておくこと、か」
「今は──喋らないこと」
「大きなことを成すには、
まずは身を潜めておくことだよ」
「剣の真髄は、鋭さじゃない」
「“隠す”こと、なんだ」
「考えて、落ち着いて、力をつける」
「……いいね?」
(……なにこの、満点の無力感)
俺はひっくり返ったバスの外壁に背を預けて、
ペタッと座り込んだ。
「もうさぁ……」
「中二魂、じゅーぶん発散させたでしょ?」
「気づいてないかもだけど、さっきから──」
「ずっと喋ってるの、君のほうだけだよ?」
「……ほんとはね」
「大事なのは、私が言いたいことの方なんだよ」
「……あーーーッ、そっか!!」
「俺、まだ聞いてなかったじゃん!」
「で、今って──」
「何すりゃいいの?!」