なぜクラスメイトの母親だけが逆齢の美少女なのか!? 前編
「……おい、ここかよ。」
陽翔が花屋の看板を指差しながら、
思わず苦笑する。
「めっちゃ分かりやすいとこにあるじゃん。」
慎之助も頷く。
「そりゃ、花莫思も安心して行っちまうわけだ。」
「てか、火事んとこで時間かけすぎたな……
もう着いてるだろ、アイツ。」
遊人が店内を覗き込む。
——シュワァァ……
店の奥から、香ばしい油の音とともに、
ふわっと鼻をくすぐるソーフィッシュの匂い……
くっそ、誰だよ、こんな飯テロしてんの。
「……ヴィーガン素魚フライ?」
慎之助が首を傾げる。「え、待て、もう飯作ってんの?」
「学弟、料理できるんか?」
陽翔が驚いてカウンター越しに覗く。
「はは、意外だった?」
花莫思はフライパンを軽く振りながら笑う。
「うちの母さんさ、
大きい花市場まで仕入れに行くことが多くて、
家事はわりと放置されるんだよねー。
ちょっと天然というか、
花と商売以外はマジでポンコツでさ。
まあ、俺、記憶障害あるけど、
料理のことは忘れてなかったみたいで、助かったわ!」
「学弟、お前、
美術科なんか行ってる場合じゃねぇだろ!」
遊人が箸を持ち上げながら真顔で言う。
「即、製菓科に転科しろ!」
「いや、マジで。江雨が知ったら、
学姐たちの人気者になるぞ?」
陽翔がニヤリとしながら言う。
「結菜に紹介してもらえば、
初年度で童貞卒業コース確定だな。」
「野菜買うときはうちの店でな!
学弟割引しとくわ!」
慎之助が調子に乗って便乗する。
「はは、いやいや……でも母さん、
いつ帰ってくるんだろ?」
花莫思はそう言いながら、
ふと慎之助の手元に目をやる。
「……てか、田中学長、その黒い包帯、何?」
「これは……
左腕に封印された炎殺黒龍波を抑えるためのものだ……」
「お前、生まれつき左手の力入んねぇだけだろ。」
遊人がツッコミつつ、
棚の花を嗅ぎながら何かを探している。
「フッ、騙すならまず味方からだ。
俺の真の力を知られるわけにはいかん。」
「うん、お前の三寸不滅の詭弁能力だけは認めるわ。」
「こいつ、生まれつき左手の筋力が弱いだけじゃん。
えっと……なんだっけ? 筋萎縮症?」
陽翔があっさり暴露する。
「違ぇよ!
それは医者の無能が適当に言っただけのクソ診断だ!」
慎之助がムキになる。
「利き手が右か左かってだけで、人それぞれだろ!」
「俺の左手も、ちょっと力が入りにくいだけで、
ちゃんと動くし!」
「てか、遊人、お前の首筋のアレもそうだろ!」
「お前の左手と同じで、
遊人の首にも変な紋様の胎記があるんだよ。」
「え? なんで俺が巻き込まれる?」
花の香りを嗅いでいた遊人が、思わず手で首を隠す。
もともと長めの髪がカバーしてるはずなのに。
「でも遊人の首、ちゃんと動くし?」
陽翔がククッと笑う。
「チッ……」
慎之助はムスッとしながら顔を背ける。
「ま、慎之助の左手のこと、あんまり広めんなよ。」
陽翔が花莫思に言う。
「この3年間、慎之助を狙ってきた雑魚ども、
俺と遊人で何人拳で黙らせたと思ってんだ?」
「了解。学長たち、ほんと仲間想いっすね!」
「仲間想いじゃねぇよ。」
陽翔は腕を組む。
「この学校で慎之助を殴れるのは、俺と遊人だけだ。」
「おい、やめろ!」
慎之助が顔を赤くする。
その時——
「……バラ、か。」
遊人がふと立ち止まる。
「え? 食えんの?」
慎之助が思わず聞く。
「いや……さっきの郵便局の前の子、
あの子の香り、ずっと気になってて。」
「それなら、それ、
うちの母さんが今朝イギリスから持ってきたバラだよ。」
花莫思がフライパンを振りながら答える。
「出発前に、ずっとその花の手入れしてたし。」
「……ふぅん。」
遊人はバラの花に手を伸ばし、
香りを確かめるようにそっと嗅いだ。
——ギィィィィィィッ!!!
店の外から、古い自転車の急ブレーキ音が響いた。
「——母さん帰ってきた!」
花莫思がパッと表情を明るくする。
しかし、その場にいた慎之助と陽翔は——
店のドアの向こうに現れた女性の姿を見た瞬間、
思わず絶句した。
「……え?」
陽翔が目を丸くする。
「なんか……見覚えある顔だな……」
「……そりゃそうだろ。」
慎之助がゴクリと唾を飲む。
「だって……火事んとこで会った、
あの赤髪の女の人……!」
——彼女は、あの燃える路地で出会った謎の美女だった。
赤髪が陽光を受けて輝く。
少女のような可愛らしさと、
大人の余裕を兼ね備えた笑顔を浮かべながら、
彼女は気まずそうに舌をペロッと出した。
「……あれ? 偶然ねぇ。
まさか、また会えるとは思わなかったわ。」
「いや、偶然ってレベルか?」
陽翔の目が思わず上に泳ぐ。
「学弟、お前、イケメンなのは知ってたが……」
慎之助がじっと彼女を見つめながら、ぼそりと呟く。
「……母ちゃん、若すぎね?」
「はは、まあね。」
花莫思は鍋をひっくり返さないようにしながら、
無造作に答える。
「母さん、若くして俺を産んだから。」
「でもね、アラサーって言わないでよ?」
彼女はクスッと笑う。
「ほら、私まだ大学生になれる年齢よ?」
「えっと、じゃあ……火煉さん、ですか?」
遊人がようやく彼女を見つめ、落ち着いた声で問いかける。
「うん、花火煉。」
彼女は微笑みながら遊人の近くに寄ると——
ふわりと手を伸ばし、彼の首筋をやさしく撫でた。
「燃える火と、今日の炎……ふふっ。」
花火煉は、艶やかに微笑みながら囁く。
「私の名前、花火煉。
ね? ピッタリでしょ?」
月のように美しく、
艶やかな微笑みを浮かべながら——
彼女は、そう囁いた。